2015年09月30日

(25)評価は難しい

 関西リーグ第3節、龍谷大との試合は、極めて評価が難しい。評価の基準をどこに置くかによって180度異なる結論が出る気がする。コップの水が半分になっているのを見て「まだ半分ある」と思う人なら満足できる結果だったかも知れないが、「もう半分しかない」と思う人にとっては、課題山積という結論が出てくるだろう。
 たいていの場合、僕は「まだ半分ある」と思う人間であり、このコラムでもよい方の側面に光を当てて書くことを心掛けている。人は褒められた方がモチベーションが上がると信じているからだ。僕自身、人からあれこれと言われると、それだけで「うるさい!ほっといてくれ」といいたくなるし、逆に、少しでも褒められると、それだけで有頂天になり「よっしゃ、今日も頑張っていこう!」と元気が出てくる。70の爺さんにしてこんな調子だから、20歳前後、成長途上の青年たちにとっては、外野からあれこれいわれても、うっとうしいだけだろう。
 それは承知の上で、今回は普段とは調子を変え、少々意地悪な目で試合を振り返ってみたい。
 まず最初に、最終スコアは49−0となったが、本当にそれだけの力量差はあったのか。
 僕はなかったと見る。それは、双方がベストのメンバーでスタートした最初の攻撃シリーズが証明している。
 先攻のファイターズは、相手キッカーが微妙な位置に蹴り込んだキックをWR木下が判断よく確保し、自陣36ヤードからの攻撃。しかし、第1ダウンはQB伊豆から木下へのパスがオーバースローとなって失敗。第2ダウンは野々垣のランで7ヤードを進めたが第3ダウンのパスが相手DBの好守にはばまれてまた失敗。せっかくの好位置からの攻撃を簡単にパントに追い込まれた。
 これに対して、龍大の攻撃は自陣ゴール前14ヤードから。難しい位置からの攻撃だったが、相手はパスとラン、そしてQBのキープやドロープレーをキーに、テンポよく攻めてくる。あれよあれよという間に3度のダウンを更新し、わずか8プレーで関学ゴール前30ヤードまで攻め込んできた。
 ここでLB陣とDB陣が奮起し、何とかパントに追い込んだ。しかし、ここでスピードのある強力なRB2人を有する相手がランプレーに特化して攻め込んでいたらどうだったか。パスだけでなく走る能力も高いQBを加えた3人で右や左に揺さぶられたら危なかったのではないか。
 このピンチをしのいだファイターズの攻撃は自陣28ヤードから。ここは慎重にRB高松と野々垣のランを中心に陣地を稼ぎ、ようやく最初のダウンを更新。次の攻撃で伊豆からWR亀山へ34ヤードのパスが通って相手ゴール前28ヤード。さらにTE山本、WR水野への短いパスを通してゴール前12ヤード。そこから高松が2度のラッシュでようやくTD。西岡のキックも決まって7−0。
 主導権を握ると、いまのファイターズは地力がある。次の龍大の攻撃を守備陣ががっちり受け止め、簡単に攻守交代。相手パントが悪く、相手陣48ヤードからファイターズの攻撃が始まる。ここは確実に計算できる山口、野々垣のランでぐいぐいと陣地を進めてゴール前3ヤード。相手が中央のランプレーを警戒している逆をついて伊豆がWR前田泰一への3ヤードのパスを決めてTD。14−0となって、攻守ともに落ち着きを取り戻した。
 その後、ファイターズは第2Q9分に野々垣のラン、第3Qに入っても高松、山口が確実なランプレーでTDを重ね、第4Qの半ばからは控えのQB百田を投入する。攻守のメンバーも次々に2枚目、3枚目の顔ぶれに交代している。その中には、DB横沢、LB稲付など期待の1年生の顔も見える。
 期待の百田は、自陣ゴール前から3年生WR芝山に95ヤードのTDパスを通すなど、8回の試投で7回のパスを成功させた。長いパスを受けた芝山や前田耕作、渡辺らとともに、大いに自信をつけたに違いない。
 しかし、これはあくまでファイターズが主導権を握ってからの得点経過であり、論評である。この試合全体についての評価を、その裏側の事情(試合後、龍大のヘッドコーチ村田さんから聞いた話なども参考になる。村田さんはその昔、ファイニーズのヘッドコーチをしておられた頃から、親しくしている友人である)まで含めて、辛口の量りにかけたら、どんな答えが出るか。
 答えは平均点以下である。理由を箇条書きにしてみよう。
 1、相手には、QBをはじめRBやWRなどスキルポジションに強力な選手がいたが、ラインはそれほど強くはなかった。
 2、相手は元々、選手層が薄いのにけが人が続出し、途中からはファイターズに対抗出来るメンバーが組めなくなっていた。特にラインには1、2年生が多く、ファイターズの2枚目とは明らかに力量差があった。そこで挙げた得点を、自分たちの能力で勝ち取ったと思うと大きな勘違いになるのではないか。
 3、相手QBの能力は高かったが、点差が開いてからは淡泊なプレーになっていた。
 4、一方、ファイターズはパスが思うように通らなかった。QBのコントロールが悪かったのか、レシーバーのボールへの執着心が薄かったのか。僕には判断する材料はないが、少なくとも昨年の木戸君や横山君、樋之本君なら確実にキャッチしていたようなボールを捕球できなかったのは事実である。
 5、なるほど、この日の百田君のパス成功率は高かった。それは称賛に値する。しかし、久方ぶりに試合に復帰した彼にいうのは酷かもしれないが、最初の短いパスを失敗したことが気になる。よーし、百田君頑張れ、という仲間の信頼を、この一投でくじいたからだ。
 これは先発した伊豆君にも、あるいはどのチームQBにも言えることだが、チームの信頼があってこそ、QBはそのミッションが果たせる。例え勝負の行方が見えていたとしても、短い1本のパスさえおろそかにしてはならないのである。
 勝負がかかる緊張した場面で、決めるべきパスが決まらないとどうなるか。昨年のライスボウルで、ここぞというパスが1本通らなかったばかりに逆転に追い込まれた例を挙げるまでもないだろう。
 社会人に勝って日本1になるというのなら、最も厳しい状況を想定して試合に臨まなければならない。相手はオールジャパン級のメンバーであり、フットボールの本場から来た強力な選手たちである。ランも通らなければパスもはじかれるという場面が連続するということは、容易に想像出来る。逆に、どんなに気合いを入れても相手のランが止まらないという苦い経験もしている。それはこの4年間、先輩たちが身にしみて味わったことである。
 龍大との試合、そして先日の京都大との試合。双方がベストメンバーを組んできたときの苦しい立ち上がりを見ただけでも、まだまだ「社会人に勝って日本1」というようなことを口にするのはおこがましいのではないか。攻守のラインも、レシーバーも、デフェンスバックも、まだまだ体を鍛え、技術を習得していく必要がある。1本目のメンバーが次々にけがをし、控えのメンバーで戦ったチームに勝ったからといって、それを喜んでいるようでは、話にならない。

付記
 お知らせが一つあります。30日発売の「タッチダウン11月号」に僕が書いた原稿が掲載されます。見出しでいうと「KGリベラルと大阪商人の知恵」。堂々4ページです。興味のある方は本屋さんに走って下さい。多分、アメフットの専門記者なら誰も書かないし、思いもつかない話だと自負しています。
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2015年09月24日

(24)メンタルコーチ

 ラグビーのワールドカップイングランド大会で、日本代表が南アフリカに勝ち、日本中が盛り上がっている。僕の働いている和歌山県田辺市の新聞社でも、これまで高校ラグビーの県予選ぐらいしか見たことのない記者がにわかに専門家のような口ぶりで、あれこれと解説してくれるくらいだから、東京や大阪など大都市圏では、大変な騒動になっているのは想像に難くない。
 そんな中で一つ、興味深い記事を見つけた。共同通信が配信した「南ア戦勝利、陰の立て役者」という記事である。スポーツ心理学者であり、代表のメンタルコーチを務めている兵庫県立大学准教授、荒木香織さん(42)を取り上げ、彼女が日本代表のメンタル面をどのようにサポートしたかを報じている。
 例えば、正確なキックで勝利に貢献したFB五郎丸選手がプレースキックを蹴る前の動作である。拝むように両手を合わせ、前屈みになってからキックを蹴る「ルーティン(決めごと)を一から一緒に作り上げた」と書き、それは「どんな状況でも蹴ることに集中できる」ようにするための決めごとだったと表現している。
 五郎丸選手だけでなく、重圧でナーバスになっていく選手に「W杯や五輪のような非日常では、緊張して当たり前」と説き、ニュージーランド代表などの研究事例を挙げて意識的な呼吸法など具体的な対処法を授けたそうだ。同じ話は、毎日新聞も社会面で扱っていたから、目にされたファンも多いだろう。大きな大会になればなるほど、目の前のプレーに集中することが難しいことを考えると、選手を精神的に支えるコーチの存在が脚光を浴びるのはよく理解出来る。
 しかし、読後、一呼吸置いてみると、実はこうしたルーティンやメンタル面のサポートは、ファイターズではとっくに標準になっているのではないか、という気がしてきた。
 例えば、TDの後のキックやフィールドゴールを狙うとき、ファイターズのキッカーはみな、独特のルーティンを持っている。ボールがスナップされる位置からホールダーの位置までを自分の歩幅で正確に計り、蹴る場所が決まったらゴールポストに向けてまっすぐ片腕を伸ばし、ボールの軌道を頭に描く。大西志宣君、堀本大輔君、三輪隼也君、そして千葉海人君、西岡慎太朗君と続くファイターズのキッカーは、すべて一連のその動作を判で押したように繰り返す。まるで神様、仏様に祈るような動作だが、そうした約束事を何一つ違えずに繰り返すことで、目の前のキックに集中する環境をつくっているのである。
 ことはキッカーに限らない。チーム全体でいえば、前島先生による試合前のお祈りは、選手の精神性を高めるための重要な儀式だし、大きな試合の前に、必ず全員で「Fight on, KWANSEI」を歌うのも、チームをひとつにし、士気を高めるためのルーティンである。
 もとをたどれば、理由やきっかけが明確な決めごともあるし、個人が自分で決めた約束事もある。メンタルサポートというよりは「験担ぎ」に類することも少なくない。それでも、そうした決めごとを墨守することによって、それぞれの部員、指導者がそれぞれ目の前の試合に全力を投入できる精神状態を作り上げてきたのである。
 ファイターズはそれを一歩進めて、学問的な裏付けのあるメンタル面のサポートに、他のチームに先駆けて取り組んできた。10年以上も前から、臨床心理を専門とする池埜聡人間福祉学部教授をメンタルサポートのスタッフ(現在は副部長)として迎え、選手や部員の不安を取り除くための助言をもらっている。その助言は、ときには選手のプレーをサポートする場合もあるし、部活動そのものに対する不安を取り除く場合もある。
 例えば、三輪君が3年生のとき、秋のシーズンで一度もフィールドゴールを決められなかったのに、4年生では100%成功させたことの背景を考えれば、メンタルコーチの役割の一端を理解してもらえるのではないか。
 小野ディレクターからの伝聞だが、池埜先生は2013年度にアメリカのUCLAへ1年間留学した際に学んできた「マインドフルネス」という新しい領域の研究成果を応用し、昨年度三輪君に集中力を高めるトレーニングを行った。三輪君も「とても大きな効果があった」とシーズン終了後、その成果を小野さんに打ち明けたという。
 こういう専門家やトレーナーに支えられて、選手たちは日ごろ鍛えた力をグラウンドで発揮しているのである。
 ラグビー日本代表の大活躍で、一躍脚光を浴びたメンタルコーチとルーティンワーク。しかしファイターズは、10年以上も前からその役割の重要性に目を向け、専任のコーチを雇ったのと同様の活動を専門家に担ってもらっている。毎試合、お祈りの時間を持って下さる前島先生も含め、そういう役割を快く引き受けて下さる先生方の存在がファイターズという「人が育つ」組織を支えているのである。
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2015年09月15日

(23)京大がすごい

 2015年の関西リーグ第2節。例年とは全く異なる時季に迎えた京大との試合は、前回のコラムで予想した通りの厳しい展開だった。
 9月13日午後5時、ファイターズのキックオフで試合開始。自陣23ヤードから始まった京大の攻撃は、まずは中央のランで4ヤード、次はパスで14ヤードと簡単に陣地を進める。ここでロンリーセンターの体型からパスで3ヤード。思わぬ奇襲でファイターズ守備陣を揺さぶった次のプレーは、エースレシーバーへの長いパス。それがずばりと通っていきなり先制のTD。187センチの身長と40ヤード4.6秒のスピードを持つ相手に、鉄壁を誇るファイターズのDB陣が太刀打ちできない。試合開始から1分37秒、わずか4プレーでの鮮やかな先制攻撃だった。
 「これは容易な相手ではないぞ」と観客席がざわめく。ファイターズの攻撃は、相手の反則もあって自陣35ヤードから。QB伊豆がこの試合から復帰したWR木下に4ヤードのパスを通した後、RB野々垣へのスイングパス。これを受けた野々垣が51ヤードを独走して相手ゴール前7ヤード。相手のパスインターフェアの反則もあってゴール前2ヤードでダウンを更新。ここは1年生RB山口が中央のダイブプレーを一発で決めてTD。西岡のキックも決まって7−7。最初の攻撃シリーズでなんとか同点に追いつく。
 しかし、この日の京大は、先日の立命戦とは全く違ったチームだった。攻めては大胆なパスをびしびし通すし、中央のランプレーも進む。逆にファイターズの攻撃はハンドオフのミスでターンノーバーを喫したり、45ヤードのFGを失敗するなど、今ひとつ波に乗れない。何とかLB山岸を中心にした守備陣の踏ん張りで均衡を保つのが精一杯という状況が続く。
 第2Qも終盤。ここでファイターズDB小池が値千金のパス・インターセプト。関学陣35ヤード付近から相手QBが投じたパスを見事に奪って、チームを奮い立たせる。
 前半の残り時間は1分11秒。自陣20ヤードから始まった攻撃を伊豆が見事にリードする。まずは自身のスクランブルで11ヤード、続いて木下への29ヤードパスをヒットさせて相手陣40ヤードに進む。ここで再び伊豆がスクランブルで13ヤードを獲得、ゴール前27ヤードに攻め込む。残り時間は37秒。FG圏内に入ったところで伊豆からWR松井に27ヤードのパスが通ってTD。14−7と均衡を破る。
 このパスをこともなげにキャッチしたのは1年生。春はけがでJV戦にも出場しておらず、この日が大学生としては初めての試合。相手が反則すれすれの激しいプレーを連発している京大ということもあって、相当緊張していたはずだが、185センチの長身とスピードのある走りで相手DBを寄せ付けず、さも当然のようにパスをキャッチ、残る5ヤードを走り切ってTDに結び付けた。
 さすがは鳥内監督が記者会見で「関学史上最高のレシーバーになりますよ」と豪語し、大村アシスタントヘッドコーチが桃山大戦の後「次は木下と松井で勝負します」と自信たっぷりに話していた通りの逸材である。
 後半はファイターズの攻撃でスタート。自陣25ヤードから、野々垣のラン等でダウンを更新した後、再び伊豆が木下へ31ヤードのパスを通してゴール前23ヤードに前進。山口のランや相手の不要な反則などでゴール前4ヤード。ここで伊豆が木下にゴール左隅に浮かしたパスを成功させTD。21−7とリードを広げる。
 これで試合が落ち着くかと思う間もなく、京大の反撃が始まる。中央のランプレーをキーに陣地を進め、ランをカバーすればパスを通す。変幻自在の攻撃で3Q6分38秒にFG、10分14秒にはTDを挙げて、5点差に追い上げる。この辺の迫力は、全盛期の京大攻撃そのもの。守るファイターズの面々も、普段とは勝手の違う試合の進行に、どこか浮き足立っているようにも見える。
 しかし、そういう状況でも、伊豆は落ち着いてプレーをリードする。自陣18ヤードから始まった攻撃シリーズ、木下へのパス2本で陣地を進め、最後はRB高松が右サイドを切れ上がってTD。12点差をつけてチームを落ち着かせる。
 続くファイターズの攻撃シリーズでも、伊豆のドロープレーやスクランブルをキーに時間を消費しながら陣地を進める。相手守備陣が仕掛けてくるブリッツを逆手にとったようなプレーコールが功を奏し、野々垣、山本らのランプレーが前半とは見違えるように進む。仕上げはまたも高松。右オフタックルを抜け、そのまま26ヤードを駆け上がってTD。得点は35−16、残り時間は2分少々。ようやく結末が見えた。
 しかしながら、この試合では、どんな状況にあっても関学に的を絞り、真っ向から立ち向かってくる京大の意地と恐ろしさをまざまざと見せつけられた。シーズン開幕前、相手の監督が「関学−京大戦に1万人の観客を動員しよう」と豪語されていた理由がよく分かった。
 実際、勝つための準備は十分になされていた。攻めては鉄壁を誇るファイターズのDB陣を突破してTDパスを通し、中央のランを面白いほど進める。守っては反則も辞さない激しいカバーでレシーバーに詰め寄る。毎回のようにブリッツを仕掛け、QBの動きを制約する。シーズンをかけてライバルを研究し尽くした成果がたっぷりと堪能出来た。こういう試合を現場で見ることができる幸せを実感した。
 こういう試合が続けば、関西学生リーグはさらに盛り上がる。少なくとも来年の関学−京大戦は、もっと収容力のあるスタジアムを用意しないと大変なことになりそうだ。
posted by コラム「スタンドから」 at 09:07| Comment(1) | in 2015 season

2015年09月10日

(22)はや京大戦

 まだ9月。フットボールシーズンは始まったばかりというのに、今週末はもう京大との戦いである。毎年、シーズン最後の関京戦で雌雄を決していた往事を知る人間にとっては「なんじゃ、こりゃ!」というしかない。
 振り返れば、ファイターズとギャングスターズの戦力が拮抗し、互いに食うか食われるかの戦いをスタートさせたのは、1975年から。ファイターズは最上級生にQB玉野、RB谷口、WR小川というスター選手を擁し、甲子園ボウルでも連覇をスタートさせていた。
 当時、僕は朝日新聞の阪神支局員で、関学も重要な取材源にしていたから、フットボール部にもちょこっと顔を出し、監督だった武田先生に「何かニュースになることはないですかね」なんて聞いていた。そのとき、初めて書いたのが、いまでいうスナッパー、吉川宏さんの話。「フットボールには、目立たないけれども、重要な役割を受け持つ選手がいる。キッカーもそうだし、キッカーに安定したボールを供給するスナッパーもそうだ」といって、武田先生から紹介されたのがきっかけだった。
 その記事が首尾よく写真付きで社会面に掲載され、それがきっかけで、チームが甲子園ボウルで勝利した後、武田先生を「ひと」欄で紹介するという、支局の下積み記者にしては望外な幸運にも恵まれた。
 76年には、京大出身の新人記者を連れ出して「母校の活躍ぶりをよく見ておきなさい」なんて調子こいていたら、あにはからんや結果は0−21。あまりの出来事に、西宮球場からの帰りのことはすべて記憶にない。
 そういう試合を重ねることで関京戦は、関西リーグの天下を分ける戦いと注目され、毎年、3万人から4万人もの観客が詰めかけるキラーカードとなった。
 そんな京大との決戦について書き始めると夜が明ける。そこで今夜は、どうしても現役の諸君に伝えておきたい試合を二つ取り上げてみたい。
 一つは1983年、両チームとも全勝で迎えたリーグ最終戦。ファイターズが28−30で敗れた試合である。その日、ファイターズはエースQB小野をけがで欠き、1年生の芝川が先発したが、前半で14−30とリードを許していた。後半になっても、ファイターズは反撃のきっかけをつかめない。苦し紛れに3Q半ば、数日前まで松葉杖をついていた小野を起用、局面の転換を図る。
 すると、それまで京大の強力な守備陣に抑えられていたオフェンス陣が奮起。走れなくても4年生エースがフィールドに立ったことで、生まれ変わったような攻撃を展開する。前半、押しまくられていたディフェンスも相手を完封。試合の主導権を取り戻し、ついに2本のTDを決めて28−30と追い上げた。差は2点。残り時間は少ない。当然、2ポイントコンバージョンでを選択、小野がパスを投じる。
 そこで相手がインターフェアの反則。小野ディレクターによると、これは意図的にとった反則だという。ゴールまでの半分、1.5ヤード地点にボールを進めところで、ベンチが選択したのは、足首の捻挫で思うように動けないエースQBではなく、元気のよい1年生QBにボールを持たせて飛び込ませるランプレー。しかし、わずかに届かず、試合終了。優勝はかなわなかった。
 当時もいまも、僕はベンチの作戦を批判するのは好みではない。勝敗は外野の声ではなくグラウンドに帰すと信じているが、この場面だけは別である。なぜ後半、チームを炎の集団に変えた選手を交代させたのか、勝負には勢いこそが肝心なのに、その流れを理屈で断ち切ってしまったのかと、今も残念でならない。
 この話は、小野さんとはもう50回以上は話したことだが、勝負の綾は、理屈だけではない。勢い、集団の圧力、ある種の熱狂状態があってはじめて、選手は120%の力を発揮し、その総和であるチームは150%の力を発揮できる。そこから必勝の道が開けると、僕は信じて疑わないのである。
 もう一つ、記憶から消えない試合がある。2004年、佐岡主将の代が宿敵立命館を破った直後に迎えた京大戦である。その前節、2年連続で敗れていた立命と死闘を演じ、30−28で勝ったばかりのファイターズは、試合直後からどこかちぐはぐだった。立ち上がりから主導権を握っていたが、相手パントをゴール前でリターナーがファンブルし、攻撃権を奪われたのをきっかけに、あれよあれよという間に14点を奪われ、逆転されてしまった。
 相手の得点は、リターナーのファンブル、QBのバックパスの失敗という、ともにファイターズのミスにつけ込んだもの。攻め合い、守り合いでは、圧倒的にファイターズが押していただけに、勝負の怖さを存分に思い知らされた。まさかあの立命に勝ったチームが、そのときすでに優勝戦線から脱落していた京大に敗れるなんて、ファイターズのファンも選手も想像だにしていなかったに違いない。
 しかし、そういうことが起きるのが京大との戦いである。それは1970年代後半からの両チームの歴史が証明している。それを語り継ぐ歴史の証人も、監督、コーチ、スタッフに何人も存在する。いや現役選手以外の全員がその証人と言ってもよい。
 そういう歴史を刻んできたチームとの戦いである。開幕2節目の試合だといって、ゆめゆめ軽視できる相手ではない。必勝の決意で臨んでもらいたい。
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2015年09月03日

(21)ワクワク開幕

 秋というにはほど遠い暑さだが、待望のフットボールシーズンが始まった。ファイターズの初戦の相手は桃山学院。関西リーグには37年ぶりの復帰だという。
 8月30日午後5時。王子スタジアムの天候は何とか持ち直して曇り。風もほとんどない。摩耶山から六甲山にかけ、頂上付近は白いガスがかかっている。おかげで多少とも暑さは和らぎ、この時季としては絶好のフットボール日和である。チームから配られたメンバー表を見ているだけで、ワクワクしてくる。
 先発メンバーには、攻守とも昨年の優勝を支えた面々が数多く顔を揃えている。オフェンスライン(OL)では、TEの松島が欠けただけだし、ディフェンスに至っては大半が昨年から先発や交代メンバーで出場していた選手たちだ。
 それでもQBの伊豆は、秋のリーグ戦では初めての先発だし、WRの3人も一新された。RBの先発は、なんと1年生の山口(横浜栄)である。よほど期待されているのだろう。RBに限らず、秋の初戦に1年生がスタメンに名を連ねるというのは近来、記憶にない。しかし、春のJV戦での活躍や夏合宿の取り組みなどを見て、首脳陣は「ぜひ使ってみたい」と登用したのだろう。
 ディフェンスでも、LBの山本祐輝やDBの松嶋という新鮮な顔が見える。ともに春の試合で頭角を現したメンバーだ。そういう新しい名前を見ると、季節が一回りしたと実感する。
 ファイターズのキックで試合開始。シーズン初戦はどんな選手でも緊張するというが、いまのファイターズにとっては、杞憂でしかない。最初のランプレーをLB山岸のタックルで止めた後の2プレー目。相手QBの投じたパスをいきなり松嶋がインターセプト。たった2プレーで攻撃権を奪取し、相手陣27ヤードからファイターズの攻撃が始まる。
 まずは伊豆からWR水野へのパス、山口のランでダウンを更新。3プレー目に伊豆からピッチを受けたRB野々垣が16ヤードを走り切ってTD。西岡のキックも決まって7−0。早々にファイターズがペースをつかむ。
 続く相手の攻撃を簡単に抑え、自陣40ヤード付近から2度目の攻撃シリーズ。ここも山口と野々垣のランですいすいと陣地を進め、仕上げは再び野々垣のラン。絶妙のカットバックで24ヤードを走ってTD。2点コンバージョンも成功させて15−0と引き離す。
 相手の続く攻撃もDL藤木、LB山岸のタックルで簡単に抑えて攻守交代。ファイターズの3シリーズ目も、WR池永へのパス、伊豆のキープなどで陣地を進め、仕上げは1年生山口。伊豆からオプションピッチを受けると、そのまま24ヤードを駆け上がってTD。期待に違わぬ活躍ぶりに場内がどよめく。
 ここまでに要した時間は10分足らず。ファイターズOLの圧力の強さとDLの反応の速さがやたらと目につく。2Qに入っても守備陣が相手を完封。3分57秒には野々垣が46ヤードを独走して自身3本目のTD。2Q終了間際には伊豆からTE山本へのTDパスが決まって、前半だけで36−0。勝敗の帰趨は見えた。
 こうなると、後半の関心は、どんな交代メンバーが登場し、どんな風に活躍してくれるかという点。期待の1年生QB光藤はいつ登場するのか。OLの交代メンバーは先発の面々にひけをとらないだろうか。パスキャッチがもう一つピリッとしないレシーバー陣はどこで覚醒するか。けがから回復したデフェンスの交代メンバーがどれだけ動けるのか。早くメンバーをチェンジして、そういった点を確かめたいというぜいたくな考えが頭をもたげてくる。
 自分でも欲張りだとあきれながら「いやいやシーズンは長い。余裕のあるうちに交代メンバーの底上げをし、誰がけがをしても対応できるようにして置かなければ」と、まるで監督やコーチになった気分でグラウンドを眺めている。
 やがて期待に違わず、次々と新しいメンバーが登場する。その大半は、春の試合やJV戦での活躍、そして夏合宿で顔と名前が一致するようになった選手だが、そのうち名前を聞いたこともないし、素顔も知らない選手が活躍し始める。DBの泉、1年生RBの中村(啓明学院)らである。とくに中村は光藤のハンドオフを受け、あれよあれよという間に中央を抜け出し、22ヤードを走り切ってTDまで奪ってしまった。
 閑さえあれば練習を見に行っているのに、全く知らない選手が活躍したというのは新鮮な驚き。同時に、こういう選手が出てくるからファイターズは強いんだ、と感心した。
 さて、次週は京大戦。9月の半ばに京大と当たるというのも、これまた記憶にないが、相手は京大である。ゆめゆめ油断できるチームではない。じっくり練習に取り組み、互いの力が出し切れる試合を期待している。
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2015年08月27日

(20)ああ10年、333回

 高校生の夏休みを利用して毎週1度、開催している勉強会でのことである。先日は、実際のスポーツ選抜入試を想定して、過去問にチャレンジしてもらった。
 チームのスタッフが用意してくれた昨年の問題を見て驚いた。村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋)から出題されているではないか。
 「おお懐かしい。この本については、僕も以前、このコラムで書いたことがある」。そう思って、過去のコラムを繰ってみると、ありました。2007年11月10日に「苦しみは選択事項」というタイトルで書いている。
 そこにはこんな言葉がある。「この本の急所に当たる言葉が『痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル(選択事項)』であり、オプショナルとしての苦しみを通して学んだメモワールを綴ったのがこの本である」「気持ちの持ち方ひとつ、取り組む姿勢ひとつで、すべての景色が変わってくる。諸君の人生のありようまでが変わってくる。苦しみを力に替え、エネルギーにして、勝利への道を突っ走ってもらいたい」
 そのコラムを読み返しながら、毎年、飽きもせず、同じようなことを書いているな、としばし感慨にふけった。
 振り返れば、このコラムをファイターズのホームページに書き始めたのは2006年5月。柏木君が主将、いまオフェンスのコーチをしてくれている野原君が副将の時代だった。それから数えて今季は10シーズン目。その間、チームは甲子園ボウルに6回出場し、5度の優勝を飾っている。
 その間に書いたコラムは、前回までで計333回。毎回、ざっと2000字を書いたとすると66万6千字、400字詰め原稿用紙にして1665枚になる。
 そのうち甲子園ボウルを制覇した5シーズンは、部員にプレゼントするためにその年のコラムを冊子「栄光への軌跡」にまとめて発行しているから、それぞれの年に関しては、即座に手元で原稿を確認できる。いま、2007年版の「栄光への軌跡」を懐かしく読み返しながら「よくぞまあ、書き続けてきたことよ」と半ばあきれ、半ば感心している。
 「塵も積もれば山となる」か、それとも「ただのマンネリ」か。評価は読む人に任せるが、本人としては、ファイターズという魅力たっぷりのチームにこの10年、ずっと伴走し、その成長ぶりをつぶさに観察し続けてこられたことに、ある種の幸福感と充実感を味わっている。
 よい機会だから、最近、このコラムを読んでくださるようになった読者に、僕がなぜ、このコラムを書くようになったか、そのいきさつを紹介しておきたい。ちょうど「苦しみは選択事項」というコラムを書いた前の週、2007年11月1日にそのことについて書いているので、興味のある人は過去のコラムから引っ張り出して読んでもらうと、事情は明らかだが、ひとことでいえば、こんな話である。
 そもそもファイターズのOBでもない、ただの新聞記者(それもスポーツの担当ではなく、生粋の社会部記者)の僕に「ファイターズを中心にしたスポーツコラムを書いてほしい」と声を掛けてくれたのが、当時、オフェンスのコーディネーターをされていた小野コーチだった。
 僕はその4年前から、朝日新聞のニュースサイト「アサヒ・コム」に、その名も「スポーツ・ジャーナル」というコラムを毎週書き続けていた。いまは亡き親友がそのサイトの編集長をしていた縁で依頼された仕事だったが、それを書きながら、いつも日本のスポーツジャーナリズムの底の浅さに不信感を持っていた。試合に勝った負けたのことしか関心がなく、なぜ勝ったのか、なぜ敗れたのか、スポーツを通して何を学び、どのように自己実現を図ったのか、というような部分に光を当てたコラムがほとんどないことにいらついていた。
 スポーツの専門家が書かない(書けない)のなら、僕が書いてやる。スポーツを興行とか娯楽とか趣味とかいう視点ではなく、もっと文化的、教育的な側面からとらえる見方があってもよかろう。そのためには「素人」の視点こそが不可欠だ。ならば、僕がチャレンジしてやる。そういう野心と心意気でスタートしたのがこのコラムである。
 以来、10年。そのトータルが333回、66万字である。当初の目的が達成されたかどうかは、読者の判断に委ねるしかないが、少なくとも僕は「目指す方向性は間違っていなかった」と思っている。
 それはこの春、プリンストン大学を招いた際に関西学院大学が開催したシンポジウム「プリンストン大学と考えるグローバル人材の育て方」の中で、双方のパネリストが「課外活動は、人間力を育む」として「文化としてのスポーツ、教育の一環としての課外活動」に焦点を当てて議論を交わしいるのを聴いて、確信に変わった(アリソン体育局副局長の基調講演日本語訳)。
 今季もいよいよ関西リーグが開幕する。リーグが始まれば、最終の立命戦まではあっという間。首尾よくライバルたちを倒して甲子園、東京ドームへと駒を進めることができたとしても、ほんの4カ月余の期間である。
 けれども、その短い時間の中で、橋本主将を中心にしたファイターズの諸君は、必ずや心に刻む試合を演じてくれるに違いない。そう思うと、週末の開幕戦が待ちきれない。
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2015年08月19日

(19)夏合宿

 先週末の2日間、休みを利用して東鉢伏に出掛け、ファイターズの夏合宿を見学してきた。監督、コーチ、スタッフ、そして選手が全員、ここが勝負どころと気合いを入れて取り組んでいた。張り詰めた空気。とても半端な取材が出来る雰囲気ではない。2日間、じっとグラウンドの片隅で目に映る光景を眺めていた。以下、そこで見たことの一端を報告する。
 @練習の密度
 合宿といっても、部員たちが一日中、グラウンドに出ているわけではない。日によってスケジュールは異なるが、午前の練習はJVは8時半から9時半、Vチームは9時半から11時、その後少しばかりアフター練習をすることもある。Vチームが練習をしている時間、JVのメンバーは体幹トレーニングなどに取り組む。
 昼食後、簡単なミーティングや休憩をとり、午後の練習はおおむね3時から。ここもJVチームが先にグラウンドで練習、その後にVチームの練習。6時にはすべてを切り上げて食事。その後入浴や洗濯を済ませ、ミーティングが続く。日によっては、ほかに早朝、食事前に短い練習を組み込む日もあるし、キッキングの練習をする日もある。
 こうした時間の流れを見れば、意外に練習時間が短い、と感じられる方も多いだろう。しかし、問題は時間ではない。密度である。とにかく練習の開始から終了まで、途中サプリメント補給の短い休憩を挟んで、秒刻みで練習メニューが進んでいく。一つのメニューから次のメニューに移るまでの移動も、スタッフを含めた全員が駆け足。手を抜いて休憩する時間もない。
 これは上ヶ原のグラウンドでも同じことだが、合宿に来ると練習の密度がさらに濃密になる。事前にその日のスケジュールと練習メニューを全員に周知し、全員が秒刻みで行動することが習慣になっているからこそ可能なことだろう。
 密度だけではない。練習の内容がまた濃い。オフェンスとディフェンスがガチンコで対決し、互いに譲らない。仲間内の練習だからといって手をゆるめたりする部員は一人もいない。当然、けが人も出るが、それも織り込み済みのように思えるほどの迫力のある練習が続く。
 僕が夏合宿の見学をするようになって10年ほどになるが、チーム内の競争と練習内容の濃度は毎年、より激しくなっているように思える。
 A合宿に参加するOB
 ここ数年に限っても、合宿の激励に来てくれるOBは毎年増えている。今年は古いOBの姿も目立った。もちろん、練習台を務めてくれる若手OBも多い。僕が出掛けた日にはなんと最近4年間の主将が全員顔を揃え、練習に加わってくれた。11年卒業の松岡君、12年の梶原君、13年の池永君、そして14年の鷺野君である。それぞれの学年の仲間を誘い合ってきているから、まるで同窓会のようだ。
 現役の頃とはまるで違った体型になったOBもいるが、それぞれがファイターズの歴史に残る名選手であり、学生相手に4年間負け知らずのチームを築いた闘将である。それが練習を手伝い、後輩たちに胸を貸してくれた。梶原君のような社会人チームの現役選手もいるし、鷺野君のように「合宿に備えて急きょ、筋トレをしてきました」というOBもいる。
 こうした「オールスターメンバー」に加えて5年生でアシスタントコーチを務めている面々が練習台を務めてくれるのだから、現役選手にとっては何よりの刺激になる。仲間内の練習だけでは気付かない気付きも得られる。当然、練習の内容は濃くなっていく。本当にありがたいことだ。
 久々に顔を出してくれた古いOBが増えたことも含め、ファイターズというチームが先輩たちの魂のふるさと、帰るべき場所になっているからこそのことだろう。ここに、ファイターズの特徴があり、それがチームの財産になっていると痛感する。
 そんな感想を夜、一緒にテーブルを囲んだOB会の役員の方々に話すと、こんな答えが返ってきた。「ファイターズが懐かしくて帰って来るOBはもちろん多い。けれども最近は、自分が現役の頃にやり残したことに再度挑戦しようという気持ちで会に貢献してくれるOBが増えています」
 なるほど。そうしたOBも含めて「現役を支援する活動」が盛んになってきたのか。ファイターズ・ホールの設立に尽力し、OB会費の納入率を上げ、夏合宿の激励に訪れるOBが年々増えていくというのは、同じ根っこから育った兄弟なんだ、とこれまたチームの奥行きの深さに感動する。
 B平郡君に誓う
 8月16日は、平郡雷太君が2003年にこの東鉢伏で亡くなられた日。部員、コーチは全員午前6時半にグラウンドの前に集合し、鳥内監督の言葉を聞いた後、黙祷を捧げた。彼を知っている現役の部員は一人もいないが「平郡雷太」という名前は、全員が知っている。上ヶ原の第3フィールドを見下ろす「平郡君のヤマモモ」の根方にある「平郡君の碑」に毎日頭を下げ、プレートに刻まれた文章を読んでから毎日の練習に取り組んでいるからである。
 この合宿にも、平郡君への誓いを刻んだプレートが持ち込まれ、グラウンド入り口の机の上に置かれている。選手たちはグラウンドに降りる前には必ず「平郡さん、勇気を与えて下さい。僕らが高き頂きに挑むために」の言葉で始まるこの誓いを読んで、練習に取り組む。その意味で、平郡君もまた、毎年、この合宿に参加し、後輩たちを励ましてくれる得難い先輩である。
 こういう先輩に終始見守られ、励まし、叱咤されているファイターズというチーム。その濃密な練習とOBとの絆、チームのたたずまいの一端をご紹介できるのは、何よりもうれしいことである。
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2015年08月10日

(18)ファイターズ・ホール

 7日も雷、8日も雷。上ケ原の第3フィールドは朝方、快晴の天気だったのに、夕方は2日続けて雷が襲来し、2日ともチーム練習が中止になった。10日から始まる夏合宿を前に、監督・コーチも選手たちも、いい加減に勘弁してくれ、という気持ちだったろう。
 でも、地震、雷、火事、親父。ぐだぐだ文句を言っても勝てるわけがない。ピカッ、ゴロゴロ、バリバリ、ドーンという賑やかな天の協奏曲を聞かされては、練習は中止するしかない。
 ということで、今日はチームから少し離れて、ファイターズ・ホールの紹介をしたい。
 このホールのことは、OBの皆さんにとっては、これまでも節目節目に会議があり、その都度、進行状況も報告もされているようなので、いまさら、ということになるかも知れないが、一般のファンの方には、まだ正式なお披露目が終わっていない。そこで今回はその詳細をご紹介したいと思い、OB会長の竹田行彦さんに取材した。
 ファイターズ・ホールは、西宮市上ケ原山手町の住宅街の一角にある。学生会館からは約300歩、第3フィールドまでは400歩ほど。昔の高等部と「松本商店」の間の通りを山側に突き当たったところの道路の上といえば、関学で学んだ人なら迷うことなく到着できる。ライトブルーの塗装をした瀟洒な2階建てが目的のホールである。
 この施設は、鉄骨木造2階建ての民家(敷地は110坪、建物は66・52坪の2階建て)をOB会が購入し、全面的に改装した。費用はあわせて約1億円。「建築関係の仕事に携わるOBたちが全面的に協力し、相場より相当安い価格で改装工事と外構工事を引き受けてくれたので助かりました」と竹田会長。
 以前は立派な庭のあった正面に、駐車スペースと自転車置き場が新設されている。とんとんと短い階段を上がれば玄関である。室内に入れば、米田満先生の寄贈になる戦後再スタートしたばかりの頃のユニフォームが迎えてくれる。まるでセーターのように見える立派な仕立てだ。戦後、すべての物資が窮乏していた時代に、誰がどういう手立てで、このような立派なユニフォームを調達されたのか。ファイターズの「兵站部門」の底力を目の当たりにする気持ちである。
 玄関を入って右手の部屋がOBの方々を迎える応接室兼事務室兼管理室。真新しいフローリングの床、優勝カップやトロフィー、チームの関係資料や懐かしい試合を収録したDVDなどが壁面に飾られている。聞けば、ホールを管理するOBが在室の時には、室内の見学やDVDの鑑賞も可能だという。
 しかし、このホールの心臓部は、玄関を入って正面の広間。ここは食堂にもなり、小規模なミーティングの場所にもなる。そして一角は治療スペースになっていて、専門的なメンテナンスを受けることも受けられるようになるそうだ。
 グラウンドからほんの数分の距離に、こうした施設が出来ることで、通院時間やそれに伴う交通費などが不要になり、部員の負担は大いに軽減する。けがなどの早期治療が可能になり、回復を早める効果も期待できる。チームからOB会に「是非ともこうした設備をつくってほしい」という要望に応えた施設だという。
 もう一つある。1階に設置された風呂場である。建物の規模の割には大きな風呂で、練習後の部員がさっさと入浴することができる。これもまた「シャワーだけでは疲労はとれない。ゆっくり入浴できる設備がほしい」というチームからの要請に応えた設備である。
 そして2階。この日は見学できなかったが、ここの3室で4年生6人が共同生活をしている。毎日の練習やミーティングが終わり、解散した後もチームの運営について話し合い、互いの意思疎通をよくするためだ。自宅通学でも、4年生になると学校の近くに下宿し、24時間フットボール漬けの生活を送る幹部は以前からいたので、希望者に対して世間相場より安い部屋代でバックアップしようという目的だという。
 こうしたある場面では現役学生の集会所であり、治療施設であり、宿泊施設。またある場面ではOBたちの心のふるさと、帰るべき場所となる施設。それがファイターズ・ホールである。
 この施設をOB会が作り上げた。すごいことである。さすがは1460人のOB会員を擁し、そのうち会費支払いが免除となる65歳以上の会員を除く8割以上が年間2万円の会費を納入する(昨年度の納入率は88%、最近の卒業生では納入率100%の学年もあるそうだ)ファイターズOB会である。母校を応援し、後輩たちのため
に、少しでもよい環境をと努力される姿には頭が下がる。
 しかし、それでもまだ、ホールの購入や改装に要した資金がすべてまかなえたわけではなく、OB会は今後10年間に3千万円の寄付を募るそうだ。今後は運営にも費用がかかる。大事業に取り組むファイターズOB会のパワーには敬意とともに驚きを禁じ得ない。
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2015年07月28日

(17)開かれたチーム

 ファイターズの諸君はいま、前期試験の終盤戦。部活動も制約を受け、チームとしての練習も停止されている。上ヶ原の第3フィールドを訪ねても「暑熱順化期間」ということで、試験の終わったメンバーが交代で日中の短時間、グラウンドに集まり、暑さに慣れるために体を動かしている程度である。本格的な夏の練習は8月1日から始まる。
 その、いわば空白期間を利用して、先日、大阪の朝日カルチャーセンターで開かれた小野宏ディレクターの講演の話をしたい。
 講演のタイトルは「アメリカンフットボールの本当の魅力」。これに2014シーズンのターニングポイント、という副題がついている。目次でいえば
1、立命戦の戦略
2、甲子園ボウル 爆発したインサイドパワーシリーズ
3、ライスボウル第4ダウンギャンブルの裏表
4、スーパーボウルのプレー選択は大失敗か
5、1983年関京戦〜2ポイントで考える人生哲学
 それぞれのシーンを、ビデオで再現しながら、コーチの視点で具体的に解説された。
 聴衆は約130人。試合会場でいつも一緒になる知人やアメフットが大好きと公言される関学の先生らの顔が見える。参加者の名簿を拝見すると、選手の保護者も何人かはお見えになっていたようだ。今年で4年目という人気講座であり、わざわざ東京からお見えになった方もいる。他大学の関係者らしき人も散見される。
 そうした中で、関西リーグの優勝を決める立命戦で展開した「クイックノーハドル・オフェンスの意図と実際」について、最初のタッチダウンにつながる10プレーについて、1プレーずつ解説。なぜ、ここでWRへのドロップバックパスを選んだのか。なぜRB橋本に3回連続で中央のランプレーをコールしたのか。10プレー目で橋本がファンブルしたボールを、なぜC松井がカバーし、TDに結び付けることができたのか。その前に、なぜこのクイックノーハドル・オフェンスを選んだのか。そこにどういう意図があったのか。そしてそれは、どのような効果を挙げたのか。成功に導くために、選手やスタッフはどのような行動をしたのか、というようなことについて、具体的な解説が続く。
 コアなアメフットファンなら、誰もが知りたい内容であり、ライバル校にとっては大金をはたいてでも入手したい情報である。それを惜しげもなく公開し、それぞれに懇切丁寧な解説を付ける。そして、急所なる点については、この日、特別ゲストとして関係者席に座っていた大村アシスタントヘッドコーチにマイクを向け、現場の生の感覚を聞き出す。聞いていて、ここまで情報を公開して大丈夫かいな、と心配になるほどのサービスぶりだった。
 これは立命戦の解説だけではない。日大と戦った甲子園ボウルで展開した「インサイドパワー・シリーズ」の狙いと成果、そのための工夫と勘所。パスとランの有機的な組み合わせ、それぞれの裏に秘められたフェイクプレー。さらには、ライスボウルで徹頭徹尾追求した第4ダウンギャンブルの狙い。それぞれについて、これまた丁寧な解説を続け、フットボールがいかに知能を使うスポーツであり、かつ合理的なスポーツであるという点について力説する。
 その上に、おまけが二つ。今年のスーパーボウル、24−28で迎えた最終盤、ゴール前1ヤードで追い上げるシーホークスが選択したプレーの解説と、小野さん自身がQBとして出場した1983年、京大との戦いの最終局面の解説。
 二つの解説を聴きながら、フットボールのコーチは、なんと緻密に試合展開を考えているのか、一つ一つのプレーコールに、そこまでの深い意味があるのか、とあらためて感慨を覚えた。そして、理詰めに考え、あらゆる可能性を考慮した選択であっても、時には理屈通りには行かないのがフットボールであり、それも魅力の一つなんだと感じ入った。
 フットボールには、競技そのもののおもしろさに加えて、その背後に宿っているコーチやプレーヤーの人生哲学までを視野に入れて楽しめるスポーツである。その面白さ、楽しさを広く知ってもらいたい。そして文化としてのフットボールを広くこの社会に普及させたい。そんな小野さんの願い、ひいてはファイターズの希望を込めて開かれたのがこの日の講演だった。
 そういう大きな目的から考えれば、たとえチームにとっては秘密にしておきたいプレーであっても、惜しみなくその内実を公開する。その考え方が広く共有され、フットボールの奥行きの深さに目覚めたファンが仲間を誘ってスタジアムにきてくれるのなら、それで満足。一人でも多くのフットボールファンを開拓することが、トップチームの使命であり、責任だと割り切って解説を続ける。それに現場のコーチも全面的に協力する。
 お二人の姿を目の前に見て、ファイターズは本当に開かれたチームであることよ、こうした姿勢があるから、常に新しい戦術、戦略を考え、導入し、それを遂行することが出来るチームに育っていくのだよ、と感じ入った次第である。
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2015年07月21日

(16)続・スタッフの力

 前回のコラムでは、ファイターズはスタッフが支えていると書いた。しかし、なぜスタッフが成長するのか、という点までは書ききれなかった。そこで今回は、その点について僕なりの考えを書いてみたい。
 まずは、スタッフについて語る上で必要と思える二つの場面を紹介しよう。
 一つは数年前、王子スタジアムでの出来事だった。選手証を首からぶら下げた控えの選手数人が一般客の入場するゲートから入ろうとしているのを見とがめた女子のマネジャーが「あんたら、どこから入ってんの。選手の出入口に回りなさい」と厳しく注意した。選手たちが不服そうな表情をすると、重ねて「選手は選手専用の出入口から出入りすることに決まってんねん。ちゃんと守って」とより厳しく命令する。その剣幕に押されて、大の男数人がすごすごと選手入口に回るのを見たとき、ファイターズのマネジャーは男女関係なく、すごい権力を持っていることを実感した。
 もう一つある。これは2年前、秋のシーズンも深まったころのことである。上ヶ原の第3フィールドでチームが練習中、準備したメニューが一区切りついた時を見計らって女子のトレーナーの一人が「スタッフ、全員集まって!」と声を掛け、主務をはじめスタッフ全員にハドルを組ませた。そこで「あんたら、やる気あんのん。スタッフがこんなことで、チームを勝たせられんのん」と怒鳴り上げた。
 わざわざ練習を止めてまで、スタッフをしかり飛ばしたその剣幕。彼女の言い分には確かな理由があったのだろう。男女問わず、集まったスタッフ全員が彼女の檄に従い、全力疾走で練習に戻って行くのを見て「これはすごい。こんなチームは日本中、どこを探してもないぞ」と僕は恐れ入った。
 ここにあげたマネジャーもトレーナーも、日ごろは優しい女子大生である。普段、顔を合わせても礼儀正しい応対をしてくれる。ともに嫌な思いをしたことは一度もない。しかし、いざ鎌倉!というときには、大の男でもしかり飛ばすエネルギーを全開にする。
 その凄さはどこからくるのか。
 僕のたどり着いた答えは一つである。彼女らには、日ごろから全力でチームのために尽くしているという自負があるからだ。日本1を目指すチームに男と女の区別はない。選手とスタッフという違いもない。同じ目標に向かって、学生生活のすべてを捧げているという自負を持ち、そのための行動を24時間、365日とり続けているという自信があるからだ。だから、ちんたらしている人間が許せない。心の底から声を上げてしかり飛ばすことが出来るのである。
 実際、ファイターズにおいてマネジャーやトレーナー、そしてアナライジングスタッフが担っている役割は果てしなく大きい。いま紹介した場面は、たまたま女子のことだったが、男子スタッフもそれぞれが自分の役割を全うするために全力を挙げている。マネジャーの中には、単位を取るのが苦手な部員のために、わざわざ勉強会を開き、授業のポイントを指導している部員がいるし、選手の栄養管理のためのメニューを準備するトレーナーもいる。選手から転向してきたメンバーも多いアナライジングスタッフは、練習の段取りを整え、ビデオを編集する。練習が始まればダミーとなって選手の当たりを受け止め、パスを受け続ける。
 グラウンドで称賛を受けるのは選手だが、その活躍を支えているのはこうしたスタッフであることは、当の本人が知っているし、選手もまた熟知している。同じ目標に向かってともに戦う仲間だとチームの全員が承知、承認しているから、当然、それぞれの役割に対する敬意も生まれる。互いをリスペクトする土壌があるから、スタッフが時に激しい怒声を浴びせても、その指摘に理由がある限り、上級生、下級生、選手、スタッフ、男と女、関係なく全員が一つになれる。
 だからこそ、監督やコーチも、女子のトレーナーが練習を止め、スタッフをしかり飛ばす現場を目撃しても、黙って見ているのだ。
 鳥内監督に先日、なぜファイターズの女子スタッフは敬意を払われるのか、と聞いてみた。答えは「うちに必要なスタッフは何でもどーんと受け止める肝っ玉母さんか、ばりばり仕事のできるキャリアウーマンタイプ。それ以外は要りませんねん」。
 なるほど、と思った。それは女子部員に限ったことではない。アナライジングスタッフもトレーナーもマネジャーも、それぞれの現場で全力を尽くす。それが特別のことではなくチームの標準になる。その標準をクリアし、なお一段上のレベルにチームを引き上げよと全員が努力する土壌があるから、その努力はリスペクトされる。
 創部以来、20歳前後の学生が主体となってそういう環境を作り、育て続けてきたからこそ、人は育つのである。

追記
ちなみに、今回紹介した二人の女子スタッフは卒業後、ともに誰もが知っている名門企業に就職。うち一人は、入社式で新入社員の代表として「入社の辞」を述べたと聞いている。これもまた、ファイターズが人を育てる組織であることの証拠であろう。
posted by コラム「スタンドから」 at 08:31| Comment(1) | in 2015 season