2015年09月03日

(21)ワクワク開幕

 秋というにはほど遠い暑さだが、待望のフットボールシーズンが始まった。ファイターズの初戦の相手は桃山学院。関西リーグには37年ぶりの復帰だという。
 8月30日午後5時。王子スタジアムの天候は何とか持ち直して曇り。風もほとんどない。摩耶山から六甲山にかけ、頂上付近は白いガスがかかっている。おかげで多少とも暑さは和らぎ、この時季としては絶好のフットボール日和である。チームから配られたメンバー表を見ているだけで、ワクワクしてくる。
 先発メンバーには、攻守とも昨年の優勝を支えた面々が数多く顔を揃えている。オフェンスライン(OL)では、TEの松島が欠けただけだし、ディフェンスに至っては大半が昨年から先発や交代メンバーで出場していた選手たちだ。
 それでもQBの伊豆は、秋のリーグ戦では初めての先発だし、WRの3人も一新された。RBの先発は、なんと1年生の山口(横浜栄)である。よほど期待されているのだろう。RBに限らず、秋の初戦に1年生がスタメンに名を連ねるというのは近来、記憶にない。しかし、春のJV戦での活躍や夏合宿の取り組みなどを見て、首脳陣は「ぜひ使ってみたい」と登用したのだろう。
 ディフェンスでも、LBの山本祐輝やDBの松嶋という新鮮な顔が見える。ともに春の試合で頭角を現したメンバーだ。そういう新しい名前を見ると、季節が一回りしたと実感する。
 ファイターズのキックで試合開始。シーズン初戦はどんな選手でも緊張するというが、いまのファイターズにとっては、杞憂でしかない。最初のランプレーをLB山岸のタックルで止めた後の2プレー目。相手QBの投じたパスをいきなり松嶋がインターセプト。たった2プレーで攻撃権を奪取し、相手陣27ヤードからファイターズの攻撃が始まる。
 まずは伊豆からWR水野へのパス、山口のランでダウンを更新。3プレー目に伊豆からピッチを受けたRB野々垣が16ヤードを走り切ってTD。西岡のキックも決まって7−0。早々にファイターズがペースをつかむ。
 続く相手の攻撃を簡単に抑え、自陣40ヤード付近から2度目の攻撃シリーズ。ここも山口と野々垣のランですいすいと陣地を進め、仕上げは再び野々垣のラン。絶妙のカットバックで24ヤードを走ってTD。2点コンバージョンも成功させて15−0と引き離す。
 相手の続く攻撃もDL藤木、LB山岸のタックルで簡単に抑えて攻守交代。ファイターズの3シリーズ目も、WR池永へのパス、伊豆のキープなどで陣地を進め、仕上げは1年生山口。伊豆からオプションピッチを受けると、そのまま24ヤードを駆け上がってTD。期待に違わぬ活躍ぶりに場内がどよめく。
 ここまでに要した時間は10分足らず。ファイターズOLの圧力の強さとDLの反応の速さがやたらと目につく。2Qに入っても守備陣が相手を完封。3分57秒には野々垣が46ヤードを独走して自身3本目のTD。2Q終了間際には伊豆からTE山本へのTDパスが決まって、前半だけで36−0。勝敗の帰趨は見えた。
 こうなると、後半の関心は、どんな交代メンバーが登場し、どんな風に活躍してくれるかという点。期待の1年生QB光藤はいつ登場するのか。OLの交代メンバーは先発の面々にひけをとらないだろうか。パスキャッチがもう一つピリッとしないレシーバー陣はどこで覚醒するか。けがから回復したデフェンスの交代メンバーがどれだけ動けるのか。早くメンバーをチェンジして、そういった点を確かめたいというぜいたくな考えが頭をもたげてくる。
 自分でも欲張りだとあきれながら「いやいやシーズンは長い。余裕のあるうちに交代メンバーの底上げをし、誰がけがをしても対応できるようにして置かなければ」と、まるで監督やコーチになった気分でグラウンドを眺めている。
 やがて期待に違わず、次々と新しいメンバーが登場する。その大半は、春の試合やJV戦での活躍、そして夏合宿で顔と名前が一致するようになった選手だが、そのうち名前を聞いたこともないし、素顔も知らない選手が活躍し始める。DBの泉、1年生RBの中村(啓明学院)らである。とくに中村は光藤のハンドオフを受け、あれよあれよという間に中央を抜け出し、22ヤードを走り切ってTDまで奪ってしまった。
 閑さえあれば練習を見に行っているのに、全く知らない選手が活躍したというのは新鮮な驚き。同時に、こういう選手が出てくるからファイターズは強いんだ、と感心した。
 さて、次週は京大戦。9月の半ばに京大と当たるというのも、これまた記憶にないが、相手は京大である。ゆめゆめ油断できるチームではない。じっくり練習に取り組み、互いの力が出し切れる試合を期待している。
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2015年08月27日

(20)ああ10年、333回

 高校生の夏休みを利用して毎週1度、開催している勉強会でのことである。先日は、実際のスポーツ選抜入試を想定して、過去問にチャレンジしてもらった。
 チームのスタッフが用意してくれた昨年の問題を見て驚いた。村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋)から出題されているではないか。
 「おお懐かしい。この本については、僕も以前、このコラムで書いたことがある」。そう思って、過去のコラムを繰ってみると、ありました。2007年11月10日に「苦しみは選択事項」というタイトルで書いている。
 そこにはこんな言葉がある。「この本の急所に当たる言葉が『痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル(選択事項)』であり、オプショナルとしての苦しみを通して学んだメモワールを綴ったのがこの本である」「気持ちの持ち方ひとつ、取り組む姿勢ひとつで、すべての景色が変わってくる。諸君の人生のありようまでが変わってくる。苦しみを力に替え、エネルギーにして、勝利への道を突っ走ってもらいたい」
 そのコラムを読み返しながら、毎年、飽きもせず、同じようなことを書いているな、としばし感慨にふけった。
 振り返れば、このコラムをファイターズのホームページに書き始めたのは2006年5月。柏木君が主将、いまオフェンスのコーチをしてくれている野原君が副将の時代だった。それから数えて今季は10シーズン目。その間、チームは甲子園ボウルに6回出場し、5度の優勝を飾っている。
 その間に書いたコラムは、前回までで計333回。毎回、ざっと2000字を書いたとすると66万6千字、400字詰め原稿用紙にして1665枚になる。
 そのうち甲子園ボウルを制覇した5シーズンは、部員にプレゼントするためにその年のコラムを冊子「栄光への軌跡」にまとめて発行しているから、それぞれの年に関しては、即座に手元で原稿を確認できる。いま、2007年版の「栄光への軌跡」を懐かしく読み返しながら「よくぞまあ、書き続けてきたことよ」と半ばあきれ、半ば感心している。
 「塵も積もれば山となる」か、それとも「ただのマンネリ」か。評価は読む人に任せるが、本人としては、ファイターズという魅力たっぷりのチームにこの10年、ずっと伴走し、その成長ぶりをつぶさに観察し続けてこられたことに、ある種の幸福感と充実感を味わっている。
 よい機会だから、最近、このコラムを読んでくださるようになった読者に、僕がなぜ、このコラムを書くようになったか、そのいきさつを紹介しておきたい。ちょうど「苦しみは選択事項」というコラムを書いた前の週、2007年11月1日にそのことについて書いているので、興味のある人は過去のコラムから引っ張り出して読んでもらうと、事情は明らかだが、ひとことでいえば、こんな話である。
 そもそもファイターズのOBでもない、ただの新聞記者(それもスポーツの担当ではなく、生粋の社会部記者)の僕に「ファイターズを中心にしたスポーツコラムを書いてほしい」と声を掛けてくれたのが、当時、オフェンスのコーディネーターをされていた小野コーチだった。
 僕はその4年前から、朝日新聞のニュースサイト「アサヒ・コム」に、その名も「スポーツ・ジャーナル」というコラムを毎週書き続けていた。いまは亡き親友がそのサイトの編集長をしていた縁で依頼された仕事だったが、それを書きながら、いつも日本のスポーツジャーナリズムの底の浅さに不信感を持っていた。試合に勝った負けたのことしか関心がなく、なぜ勝ったのか、なぜ敗れたのか、スポーツを通して何を学び、どのように自己実現を図ったのか、というような部分に光を当てたコラムがほとんどないことにいらついていた。
 スポーツの専門家が書かない(書けない)のなら、僕が書いてやる。スポーツを興行とか娯楽とか趣味とかいう視点ではなく、もっと文化的、教育的な側面からとらえる見方があってもよかろう。そのためには「素人」の視点こそが不可欠だ。ならば、僕がチャレンジしてやる。そういう野心と心意気でスタートしたのがこのコラムである。
 以来、10年。そのトータルが333回、66万字である。当初の目的が達成されたかどうかは、読者の判断に委ねるしかないが、少なくとも僕は「目指す方向性は間違っていなかった」と思っている。
 それはこの春、プリンストン大学を招いた際に関西学院大学が開催したシンポジウム「プリンストン大学と考えるグローバル人材の育て方」の中で、双方のパネリストが「課外活動は、人間力を育む」として「文化としてのスポーツ、教育の一環としての課外活動」に焦点を当てて議論を交わしいるのを聴いて、確信に変わった(アリソン体育局副局長の基調講演日本語訳)。
 今季もいよいよ関西リーグが開幕する。リーグが始まれば、最終の立命戦まではあっという間。首尾よくライバルたちを倒して甲子園、東京ドームへと駒を進めることができたとしても、ほんの4カ月余の期間である。
 けれども、その短い時間の中で、橋本主将を中心にしたファイターズの諸君は、必ずや心に刻む試合を演じてくれるに違いない。そう思うと、週末の開幕戦が待ちきれない。
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2015年08月19日

(19)夏合宿

 先週末の2日間、休みを利用して東鉢伏に出掛け、ファイターズの夏合宿を見学してきた。監督、コーチ、スタッフ、そして選手が全員、ここが勝負どころと気合いを入れて取り組んでいた。張り詰めた空気。とても半端な取材が出来る雰囲気ではない。2日間、じっとグラウンドの片隅で目に映る光景を眺めていた。以下、そこで見たことの一端を報告する。
 @練習の密度
 合宿といっても、部員たちが一日中、グラウンドに出ているわけではない。日によってスケジュールは異なるが、午前の練習はJVは8時半から9時半、Vチームは9時半から11時、その後少しばかりアフター練習をすることもある。Vチームが練習をしている時間、JVのメンバーは体幹トレーニングなどに取り組む。
 昼食後、簡単なミーティングや休憩をとり、午後の練習はおおむね3時から。ここもJVチームが先にグラウンドで練習、その後にVチームの練習。6時にはすべてを切り上げて食事。その後入浴や洗濯を済ませ、ミーティングが続く。日によっては、ほかに早朝、食事前に短い練習を組み込む日もあるし、キッキングの練習をする日もある。
 こうした時間の流れを見れば、意外に練習時間が短い、と感じられる方も多いだろう。しかし、問題は時間ではない。密度である。とにかく練習の開始から終了まで、途中サプリメント補給の短い休憩を挟んで、秒刻みで練習メニューが進んでいく。一つのメニューから次のメニューに移るまでの移動も、スタッフを含めた全員が駆け足。手を抜いて休憩する時間もない。
 これは上ヶ原のグラウンドでも同じことだが、合宿に来ると練習の密度がさらに濃密になる。事前にその日のスケジュールと練習メニューを全員に周知し、全員が秒刻みで行動することが習慣になっているからこそ可能なことだろう。
 密度だけではない。練習の内容がまた濃い。オフェンスとディフェンスがガチンコで対決し、互いに譲らない。仲間内の練習だからといって手をゆるめたりする部員は一人もいない。当然、けが人も出るが、それも織り込み済みのように思えるほどの迫力のある練習が続く。
 僕が夏合宿の見学をするようになって10年ほどになるが、チーム内の競争と練習内容の濃度は毎年、より激しくなっているように思える。
 A合宿に参加するOB
 ここ数年に限っても、合宿の激励に来てくれるOBは毎年増えている。今年は古いOBの姿も目立った。もちろん、練習台を務めてくれる若手OBも多い。僕が出掛けた日にはなんと最近4年間の主将が全員顔を揃え、練習に加わってくれた。11年卒業の松岡君、12年の梶原君、13年の池永君、そして14年の鷺野君である。それぞれの学年の仲間を誘い合ってきているから、まるで同窓会のようだ。
 現役の頃とはまるで違った体型になったOBもいるが、それぞれがファイターズの歴史に残る名選手であり、学生相手に4年間負け知らずのチームを築いた闘将である。それが練習を手伝い、後輩たちに胸を貸してくれた。梶原君のような社会人チームの現役選手もいるし、鷺野君のように「合宿に備えて急きょ、筋トレをしてきました」というOBもいる。
 こうした「オールスターメンバー」に加えて5年生でアシスタントコーチを務めている面々が練習台を務めてくれるのだから、現役選手にとっては何よりの刺激になる。仲間内の練習だけでは気付かない気付きも得られる。当然、練習の内容は濃くなっていく。本当にありがたいことだ。
 久々に顔を出してくれた古いOBが増えたことも含め、ファイターズというチームが先輩たちの魂のふるさと、帰るべき場所になっているからこそのことだろう。ここに、ファイターズの特徴があり、それがチームの財産になっていると痛感する。
 そんな感想を夜、一緒にテーブルを囲んだOB会の役員の方々に話すと、こんな答えが返ってきた。「ファイターズが懐かしくて帰って来るOBはもちろん多い。けれども最近は、自分が現役の頃にやり残したことに再度挑戦しようという気持ちで会に貢献してくれるOBが増えています」
 なるほど。そうしたOBも含めて「現役を支援する活動」が盛んになってきたのか。ファイターズ・ホールの設立に尽力し、OB会費の納入率を上げ、夏合宿の激励に訪れるOBが年々増えていくというのは、同じ根っこから育った兄弟なんだ、とこれまたチームの奥行きの深さに感動する。
 B平郡君に誓う
 8月16日は、平郡雷太君が2003年にこの東鉢伏で亡くなられた日。部員、コーチは全員午前6時半にグラウンドの前に集合し、鳥内監督の言葉を聞いた後、黙祷を捧げた。彼を知っている現役の部員は一人もいないが「平郡雷太」という名前は、全員が知っている。上ヶ原の第3フィールドを見下ろす「平郡君のヤマモモ」の根方にある「平郡君の碑」に毎日頭を下げ、プレートに刻まれた文章を読んでから毎日の練習に取り組んでいるからである。
 この合宿にも、平郡君への誓いを刻んだプレートが持ち込まれ、グラウンド入り口の机の上に置かれている。選手たちはグラウンドに降りる前には必ず「平郡さん、勇気を与えて下さい。僕らが高き頂きに挑むために」の言葉で始まるこの誓いを読んで、練習に取り組む。その意味で、平郡君もまた、毎年、この合宿に参加し、後輩たちを励ましてくれる得難い先輩である。
 こういう先輩に終始見守られ、励まし、叱咤されているファイターズというチーム。その濃密な練習とOBとの絆、チームのたたずまいの一端をご紹介できるのは、何よりもうれしいことである。
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2015年08月10日

(18)ファイターズ・ホール

 7日も雷、8日も雷。上ケ原の第3フィールドは朝方、快晴の天気だったのに、夕方は2日続けて雷が襲来し、2日ともチーム練習が中止になった。10日から始まる夏合宿を前に、監督・コーチも選手たちも、いい加減に勘弁してくれ、という気持ちだったろう。
 でも、地震、雷、火事、親父。ぐだぐだ文句を言っても勝てるわけがない。ピカッ、ゴロゴロ、バリバリ、ドーンという賑やかな天の協奏曲を聞かされては、練習は中止するしかない。
 ということで、今日はチームから少し離れて、ファイターズ・ホールの紹介をしたい。
 このホールのことは、OBの皆さんにとっては、これまでも節目節目に会議があり、その都度、進行状況も報告もされているようなので、いまさら、ということになるかも知れないが、一般のファンの方には、まだ正式なお披露目が終わっていない。そこで今回はその詳細をご紹介したいと思い、OB会長の竹田行彦さんに取材した。
 ファイターズ・ホールは、西宮市上ケ原山手町の住宅街の一角にある。学生会館からは約300歩、第3フィールドまでは400歩ほど。昔の高等部と「松本商店」の間の通りを山側に突き当たったところの道路の上といえば、関学で学んだ人なら迷うことなく到着できる。ライトブルーの塗装をした瀟洒な2階建てが目的のホールである。
 この施設は、鉄骨木造2階建ての民家(敷地は110坪、建物は66・52坪の2階建て)をOB会が購入し、全面的に改装した。費用はあわせて約1億円。「建築関係の仕事に携わるOBたちが全面的に協力し、相場より相当安い価格で改装工事と外構工事を引き受けてくれたので助かりました」と竹田会長。
 以前は立派な庭のあった正面に、駐車スペースと自転車置き場が新設されている。とんとんと短い階段を上がれば玄関である。室内に入れば、米田満先生の寄贈になる戦後再スタートしたばかりの頃のユニフォームが迎えてくれる。まるでセーターのように見える立派な仕立てだ。戦後、すべての物資が窮乏していた時代に、誰がどういう手立てで、このような立派なユニフォームを調達されたのか。ファイターズの「兵站部門」の底力を目の当たりにする気持ちである。
 玄関を入って右手の部屋がOBの方々を迎える応接室兼事務室兼管理室。真新しいフローリングの床、優勝カップやトロフィー、チームの関係資料や懐かしい試合を収録したDVDなどが壁面に飾られている。聞けば、ホールを管理するOBが在室の時には、室内の見学やDVDの鑑賞も可能だという。
 しかし、このホールの心臓部は、玄関を入って正面の広間。ここは食堂にもなり、小規模なミーティングの場所にもなる。そして一角は治療スペースになっていて、専門的なメンテナンスを受けることも受けられるようになるそうだ。
 グラウンドからほんの数分の距離に、こうした施設が出来ることで、通院時間やそれに伴う交通費などが不要になり、部員の負担は大いに軽減する。けがなどの早期治療が可能になり、回復を早める効果も期待できる。チームからOB会に「是非ともこうした設備をつくってほしい」という要望に応えた施設だという。
 もう一つある。1階に設置された風呂場である。建物の規模の割には大きな風呂で、練習後の部員がさっさと入浴することができる。これもまた「シャワーだけでは疲労はとれない。ゆっくり入浴できる設備がほしい」というチームからの要請に応えた設備である。
 そして2階。この日は見学できなかったが、ここの3室で4年生6人が共同生活をしている。毎日の練習やミーティングが終わり、解散した後もチームの運営について話し合い、互いの意思疎通をよくするためだ。自宅通学でも、4年生になると学校の近くに下宿し、24時間フットボール漬けの生活を送る幹部は以前からいたので、希望者に対して世間相場より安い部屋代でバックアップしようという目的だという。
 こうしたある場面では現役学生の集会所であり、治療施設であり、宿泊施設。またある場面ではOBたちの心のふるさと、帰るべき場所となる施設。それがファイターズ・ホールである。
 この施設をOB会が作り上げた。すごいことである。さすがは1460人のOB会員を擁し、そのうち会費支払いが免除となる65歳以上の会員を除く8割以上が年間2万円の会費を納入する(昨年度の納入率は88%、最近の卒業生では納入率100%の学年もあるそうだ)ファイターズOB会である。母校を応援し、後輩たちのため
に、少しでもよい環境をと努力される姿には頭が下がる。
 しかし、それでもまだ、ホールの購入や改装に要した資金がすべてまかなえたわけではなく、OB会は今後10年間に3千万円の寄付を募るそうだ。今後は運営にも費用がかかる。大事業に取り組むファイターズOB会のパワーには敬意とともに驚きを禁じ得ない。
posted by コラム「スタンドから」 at 21:42| Comment(0) | in 2015 season

2015年07月28日

(17)開かれたチーム

 ファイターズの諸君はいま、前期試験の終盤戦。部活動も制約を受け、チームとしての練習も停止されている。上ヶ原の第3フィールドを訪ねても「暑熱順化期間」ということで、試験の終わったメンバーが交代で日中の短時間、グラウンドに集まり、暑さに慣れるために体を動かしている程度である。本格的な夏の練習は8月1日から始まる。
 その、いわば空白期間を利用して、先日、大阪の朝日カルチャーセンターで開かれた小野宏ディレクターの講演の話をしたい。
 講演のタイトルは「アメリカンフットボールの本当の魅力」。これに2014シーズンのターニングポイント、という副題がついている。目次でいえば
1、立命戦の戦略
2、甲子園ボウル 爆発したインサイドパワーシリーズ
3、ライスボウル第4ダウンギャンブルの裏表
4、スーパーボウルのプレー選択は大失敗か
5、1983年関京戦〜2ポイントで考える人生哲学
 それぞれのシーンを、ビデオで再現しながら、コーチの視点で具体的に解説された。
 聴衆は約130人。試合会場でいつも一緒になる知人やアメフットが大好きと公言される関学の先生らの顔が見える。参加者の名簿を拝見すると、選手の保護者も何人かはお見えになっていたようだ。今年で4年目という人気講座であり、わざわざ東京からお見えになった方もいる。他大学の関係者らしき人も散見される。
 そうした中で、関西リーグの優勝を決める立命戦で展開した「クイックノーハドル・オフェンスの意図と実際」について、最初のタッチダウンにつながる10プレーについて、1プレーずつ解説。なぜ、ここでWRへのドロップバックパスを選んだのか。なぜRB橋本に3回連続で中央のランプレーをコールしたのか。10プレー目で橋本がファンブルしたボールを、なぜC松井がカバーし、TDに結び付けることができたのか。その前に、なぜこのクイックノーハドル・オフェンスを選んだのか。そこにどういう意図があったのか。そしてそれは、どのような効果を挙げたのか。成功に導くために、選手やスタッフはどのような行動をしたのか、というようなことについて、具体的な解説が続く。
 コアなアメフットファンなら、誰もが知りたい内容であり、ライバル校にとっては大金をはたいてでも入手したい情報である。それを惜しげもなく公開し、それぞれに懇切丁寧な解説を付ける。そして、急所なる点については、この日、特別ゲストとして関係者席に座っていた大村アシスタントヘッドコーチにマイクを向け、現場の生の感覚を聞き出す。聞いていて、ここまで情報を公開して大丈夫かいな、と心配になるほどのサービスぶりだった。
 これは立命戦の解説だけではない。日大と戦った甲子園ボウルで展開した「インサイドパワー・シリーズ」の狙いと成果、そのための工夫と勘所。パスとランの有機的な組み合わせ、それぞれの裏に秘められたフェイクプレー。さらには、ライスボウルで徹頭徹尾追求した第4ダウンギャンブルの狙い。それぞれについて、これまた丁寧な解説を続け、フットボールがいかに知能を使うスポーツであり、かつ合理的なスポーツであるという点について力説する。
 その上に、おまけが二つ。今年のスーパーボウル、24−28で迎えた最終盤、ゴール前1ヤードで追い上げるシーホークスが選択したプレーの解説と、小野さん自身がQBとして出場した1983年、京大との戦いの最終局面の解説。
 二つの解説を聴きながら、フットボールのコーチは、なんと緻密に試合展開を考えているのか、一つ一つのプレーコールに、そこまでの深い意味があるのか、とあらためて感慨を覚えた。そして、理詰めに考え、あらゆる可能性を考慮した選択であっても、時には理屈通りには行かないのがフットボールであり、それも魅力の一つなんだと感じ入った。
 フットボールには、競技そのもののおもしろさに加えて、その背後に宿っているコーチやプレーヤーの人生哲学までを視野に入れて楽しめるスポーツである。その面白さ、楽しさを広く知ってもらいたい。そして文化としてのフットボールを広くこの社会に普及させたい。そんな小野さんの願い、ひいてはファイターズの希望を込めて開かれたのがこの日の講演だった。
 そういう大きな目的から考えれば、たとえチームにとっては秘密にしておきたいプレーであっても、惜しみなくその内実を公開する。その考え方が広く共有され、フットボールの奥行きの深さに目覚めたファンが仲間を誘ってスタジアムにきてくれるのなら、それで満足。一人でも多くのフットボールファンを開拓することが、トップチームの使命であり、責任だと割り切って解説を続ける。それに現場のコーチも全面的に協力する。
 お二人の姿を目の前に見て、ファイターズは本当に開かれたチームであることよ、こうした姿勢があるから、常に新しい戦術、戦略を考え、導入し、それを遂行することが出来るチームに育っていくのだよ、と感じ入った次第である。
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2015年07月21日

(16)続・スタッフの力

 前回のコラムでは、ファイターズはスタッフが支えていると書いた。しかし、なぜスタッフが成長するのか、という点までは書ききれなかった。そこで今回は、その点について僕なりの考えを書いてみたい。
 まずは、スタッフについて語る上で必要と思える二つの場面を紹介しよう。
 一つは数年前、王子スタジアムでの出来事だった。選手証を首からぶら下げた控えの選手数人が一般客の入場するゲートから入ろうとしているのを見とがめた女子のマネジャーが「あんたら、どこから入ってんの。選手の出入口に回りなさい」と厳しく注意した。選手たちが不服そうな表情をすると、重ねて「選手は選手専用の出入口から出入りすることに決まってんねん。ちゃんと守って」とより厳しく命令する。その剣幕に押されて、大の男数人がすごすごと選手入口に回るのを見たとき、ファイターズのマネジャーは男女関係なく、すごい権力を持っていることを実感した。
 もう一つある。これは2年前、秋のシーズンも深まったころのことである。上ヶ原の第3フィールドでチームが練習中、準備したメニューが一区切りついた時を見計らって女子のトレーナーの一人が「スタッフ、全員集まって!」と声を掛け、主務をはじめスタッフ全員にハドルを組ませた。そこで「あんたら、やる気あんのん。スタッフがこんなことで、チームを勝たせられんのん」と怒鳴り上げた。
 わざわざ練習を止めてまで、スタッフをしかり飛ばしたその剣幕。彼女の言い分には確かな理由があったのだろう。男女問わず、集まったスタッフ全員が彼女の檄に従い、全力疾走で練習に戻って行くのを見て「これはすごい。こんなチームは日本中、どこを探してもないぞ」と僕は恐れ入った。
 ここにあげたマネジャーもトレーナーも、日ごろは優しい女子大生である。普段、顔を合わせても礼儀正しい応対をしてくれる。ともに嫌な思いをしたことは一度もない。しかし、いざ鎌倉!というときには、大の男でもしかり飛ばすエネルギーを全開にする。
 その凄さはどこからくるのか。
 僕のたどり着いた答えは一つである。彼女らには、日ごろから全力でチームのために尽くしているという自負があるからだ。日本1を目指すチームに男と女の区別はない。選手とスタッフという違いもない。同じ目標に向かって、学生生活のすべてを捧げているという自負を持ち、そのための行動を24時間、365日とり続けているという自信があるからだ。だから、ちんたらしている人間が許せない。心の底から声を上げてしかり飛ばすことが出来るのである。
 実際、ファイターズにおいてマネジャーやトレーナー、そしてアナライジングスタッフが担っている役割は果てしなく大きい。いま紹介した場面は、たまたま女子のことだったが、男子スタッフもそれぞれが自分の役割を全うするために全力を挙げている。マネジャーの中には、単位を取るのが苦手な部員のために、わざわざ勉強会を開き、授業のポイントを指導している部員がいるし、選手の栄養管理のためのメニューを準備するトレーナーもいる。選手から転向してきたメンバーも多いアナライジングスタッフは、練習の段取りを整え、ビデオを編集する。練習が始まればダミーとなって選手の当たりを受け止め、パスを受け続ける。
 グラウンドで称賛を受けるのは選手だが、その活躍を支えているのはこうしたスタッフであることは、当の本人が知っているし、選手もまた熟知している。同じ目標に向かってともに戦う仲間だとチームの全員が承知、承認しているから、当然、それぞれの役割に対する敬意も生まれる。互いをリスペクトする土壌があるから、スタッフが時に激しい怒声を浴びせても、その指摘に理由がある限り、上級生、下級生、選手、スタッフ、男と女、関係なく全員が一つになれる。
 だからこそ、監督やコーチも、女子のトレーナーが練習を止め、スタッフをしかり飛ばす現場を目撃しても、黙って見ているのだ。
 鳥内監督に先日、なぜファイターズの女子スタッフは敬意を払われるのか、と聞いてみた。答えは「うちに必要なスタッフは何でもどーんと受け止める肝っ玉母さんか、ばりばり仕事のできるキャリアウーマンタイプ。それ以外は要りませんねん」。
 なるほど、と思った。それは女子部員に限ったことではない。アナライジングスタッフもトレーナーもマネジャーも、それぞれの現場で全力を尽くす。それが特別のことではなくチームの標準になる。その標準をクリアし、なお一段上のレベルにチームを引き上げよと全員が努力する土壌があるから、その努力はリスペクトされる。
 創部以来、20歳前後の学生が主体となってそういう環境を作り、育て続けてきたからこそ、人は育つのである。

追記
ちなみに、今回紹介した二人の女子スタッフは卒業後、ともに誰もが知っている名門企業に就職。うち一人は、入社式で新入社員の代表として「入社の辞」を述べたと聞いている。これもまた、ファイターズが人を育てる組織であることの証拠であろう。
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2015年07月16日

(15)スタッフの力

 いま、ネットで台風情報をチェックしていたら、リクルート担当の小桜マネジャーから電話があった。
 「明日の勉強会、午後3時の時点で阪神間に警報が出されていたら、中止にします。学校が休校になるので、課外活動についても、それに準じた扱いになるということです。よろしくお願いします」
 こんな内容だった。必要なことが要領よくまとめられているので、即座に話が了解できる。当方から連絡をとる前に、適切な電話を入れ、礼儀正しく必要な情報を伝えて、すぐに電話を切る。簡単なことだが、社会人でもこれが出来ない人が少なくない。こういう電話連絡一つをとっても、ファイターズスタッフのレベルの高さが分かる。
 これは小桜君だけではない。いつも部室に陣取っている主務の西村君、マネジャーの五嶋さんや重田君。部室を訪ね、用件を依頼して彼、彼女らの応対に不愉快な思いをしたことは一度もない。
 もちろん、マネジャーはグラウンドでの練習も仕切っている。トレーナーの毛利君、平田君、田中君ら、アナライジングスタッフの加納君や押谷君らを加えたスタッフが日本1のチームを動かしているということを折に触れて実感する。
 さて、勉強会の話である。この勉強会とは毎年、この時季にスポーツ選抜入試で関西学院大学を受験したいという高校生を対象に、小論文を指導する集まりである。監督やコーチをはじめ、ファイターズの誇るリクルートスタッフが勧誘したメンバー10余人が先週末から参加している。
 関東のメンバーは、ファックスなどでのやりとりになるが、関西地区のメンバーは毎週末、部活動の終わった後に西宮市内の会場に集合し、僕が提示した課題を基に小論文を書く。僕がそれを添削し、講評や注意点を書きこんで翌週の勉強会で返却する。書き方の実際についてもそれなりに指導するが、基本は高校生が「自分の考え」をまとめて文章に紡ぐこと。60分という時間制限の中で800字を書くのだから、日ごろ、まとまった文章を書き慣れていない高校生にとっては、なかなかの難行だ。
 けれども、これは毎年のことだが、回数を重ねるごとに急激に上達する。最初の1、2回こそ書きやすいテーマを与えるが、それをクリアすると、少々書きにくそうなテーマでも、何とか制限時間内に、規定の分量を書き上げる。その内容もしっかりしている。もともと運動神経の発達している生徒だから、ちょっとしたコツを指摘しても、それを理解するのが早いのだろう。書くことに不安がなくなると、ますます上達する。
 振り返れば、こうした「特訓」を始めたのは1999年の夏。あの平郡君と池谷君が第一期生である。今は取り壊されて新しい高層ビルの建設が始まっている大阪・中之島の朝日新聞に集まってもらい、社内にある従業員専用の喫茶室などで、寺子屋のような指導を始めたのがスタートである。喫茶店のおばちゃんたちが物珍しそうに眺めていた光景が懐かしい。
 次の佐岡君たちの代になると、人数が増えたので、1階に新設された読者のサービスコーナーや地下の喫茶店に場所を変えて、飲み食いをともにしながら勉強した。どうみても高校生とは思えないイカツイ体つきの兄ちゃんたち(佐岡君や石田貴祐君ら)が本社の受付に集合する様子を見て、受付のかわいい女性が目を白黒させていたことを思い出す。
 この勉強会を世話してくれるのが担当のマネジャー、小桜君。昨年と1昨年はいま主務をしている西村君。卒業生でいうと、新しい順に多田健一郎、鈴木裕章、森田義樹、蔀保裕、酒井祐輔、岩辺憲昭、佐々木啓、水野康二、祝翼、澤井紘平という名前が浮かんでくる。1年間の付き合いだった人もいるし、2年、3年とつきあったマネジャーもいる。出合った当初は「頼りない子やなあ」と思ったメンバーもいるが、4年生の時にはそれぞれチームを支えるスタッフとして活躍してくれた。
 こういうメンバーとつきあっていると、ファイターズという組織は、実はスタッフで持っているという気がしてならない。逆にいうと、毎年毎年、選手とともにスタッフが成長を続けているからこそ、大学選手権で勝ち続けることが可能になるのだろう。
 では、こういうスタッフはどうして成長していくのか。その話はまた機会を改めて説明したい。
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2015年07月09日

(14)躍動するKGブルー

 遅くなったが、4日夕、雨の降りしきる王子スタジアムで行われた「NEW ERA BOWL」の報告をする。
 一言で言えばファイターズの選手たちが存分に活躍し、その力量を見せつけた試合だった。
 もちろん、ファイターズが所属する「BLUE STARS」の主力となったUCLAの4人は別格の動きを見せた。強くてスピードがあり、リズム感がある。何よりも体幹のバランスがよいから、少々のタックルはふりほどいてしまう。立ち上がり、いきなり61ヤードのキックオフ・リターンを決め、QB伊豆から2本のTDパスをキャッチしたWRリッキー・マーヴレイ。最初の攻撃で左サイドを駆け上がって19ヤードを獲得したRBジョーダン・ジェームス。彼は第1Q終了間際に70ヤードを独走してTDを挙げた選手だが、余裕がありすぎてゴール直前で宙返りをしたために反則をとられた選手でもある。さらにヘルメットをKGブルーに塗って登場したDBトニー・ダイは攻守両面で活躍したし、191センチのWRテイラー・エンブリーは、相手DBにとって、とてもやっかいな選手だった。
 こういう強力な援軍がチームに溶け込んで活躍したから、試合は終始、ブルーチームが主導権を握って展開した。その中心になったのがKGブルーのヘルメットを着けたファイターズのメンバーである。主将の橋本を中心に松井や清村らが活躍したOL陣。彼らに守られて雨の中、重くなった皮のボールを自在に投げ分けた伊豆。記録は17回投げて7回の成功に終わっているが、失敗の多くは初めて顔を合わせた他チームのレシーバーと呼吸が合わなかっただけで、急所では正確なパスを投じ、終始、試合を有利に進めた。
 守備陣の活躍はさらにすごかった。LBの山本祐輝は立ち上がり、相手が勢いに乗りかかった途端に相手パスをインターセプト。約50ヤードをリターンしてゴール前4ヤードに迫った。同じくDB小池は鋭い出足でロスタックルを奪ったかと思えば相手パスを自在にカットする。当然のようにインターセプトも奪った。1年生の時から大きな試合で活躍してきた選手だが、この日はもう一段階上のゾーンに入ったような活躍ぶりだった。試合後、優秀選手に贈られるギャツビー賞を受賞したが、UCLAの選手がいなければMVPに選ばれても不思議ではないほどだった。
 ほかにも突き刺すようなタックルを見舞ったDB岡本、インターセプトを奪ったDB菊山、守備陣の中心としてチームを指揮したLB山岸。DLでは真ん中から再三鋭い突進を見せた浜、鋭い動きでボールキャリアに襲いかかった安田。この日活躍したファイターズの選手の名前を挙げて行けばきりがない。
 それはつまり、彼らがブルースターズの勝利に大きく貢献したということ。秋のリーグ戦で戦う他のチームにとっては、混成チームでありながら、まるでファイターズの単独チームであるかのように躍動する面々は脅威に写ったに違いない。
 しかし、これがファイターズの本当の力ではない。実は、けがなどが原因で出場できなかったメンバーがほかに何人もいる。中心選手では、副将のLB作道、DB田中、WR木下が出場していないし、DLの柱となる松本も小川も出ていない。2年生でレギュラーとして活躍しているDB小椋、WR亀山、OL井若も出場していない。ランアタックの中心になるRB橋本、池永、山本もメンバー表になかった。
 こうした選手たちが夏の合宿で鍛え、秋になれば戦列に復帰してくる。もちろん、この日の試合で自信をつけた面々が簡単にスタメンの座を譲るとも思えない。当然チーム内の競争は激化する。その競争の中から、さらにもう一段階上の舞台に上がってくる選手も出てくるだろう。第2、第3の小池選手の登場である。
 もちろん、ライバルチームの中にも、秋にはやっかいな相手になりそうな選手が何人もいた。この日の試合で、まるでアメリカからの招待選手のような走りを見せた龍谷大のRB藤本、岩崎、関大ではQB石内、立命ではLB浦野、長谷川選手らである。ブルースターズの仲間として活躍した近大の塚本、神戸大の岡本選手らも、それぞれ特別の対策が必要な選手である。
 上には上がある。それはこの日、アメリカからの招待選手や上記選手らの活躍で思い知った。いつまでも喜んでいる場合ではない。試合後のインタビューで橋本主将が発言した通り、この日の収穫、教訓を自分のものにすることが大切である。そこから道が開ける。
 17日からは前期試験。まずその難関をクリアし、暑さに耐える体を取り戻した上で、8月からの鍛錬、合宿、そして秋のシーズンへと駒をすすめてほしい。
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2015年07月01日

(13)巨樹の物語

 いま、仕事の合間に『木霊(こだま)の物語』という本を編集している。僕の務めている和歌山県田辺市の新聞社、紀伊民報の紙面に、2年間100回に渡って連載した巨樹・巨木の物語を1冊の本にまとめ、出版する作業である。
 原稿の校閲から表紙の作成、推薦の言葉の依頼、そしてあとがきの執筆まで、1冊の本を仕上げるためには、気を遣う作業が山ほどある。それでも楽しく取り組めるのは、取り上げた100本の巨樹それぞれに、興味の尽きない100の物語があるからだ。
 それぞれが興味深い。源平争乱の歴史を背景にした樹木があれば、熊野詣での人たちが眺めた樹木もある。500年、1000年の歴史を刻んで成長してきた樹木と、それに寄せる名もない村人たちとの交歓。時には役人の打算から売り払われそうになった巨木があれば、節だらけで使い物にならないからと放置されているうちに、気がつけば誰も手を出せないほどに成長した巨木もある。しめ縄を巻き、御神酒を供えてもらえる風格のある巨樹もあるし、子どもたちの遊び場を提供している巨木もある。
 そういう巨樹・巨木の物語を丹念に読んでいるうちに、ハタと気がついた。ファイターズもいま、関西学院につながるすべての人々が仰ぎ見る存在になったのではないか。毎年毎年、人々の胸を打つプレーで年輪を刻み、根を張り葉を茂らせて、気がつけば日本フットボール界を代表する巨大な樹木になったのではないか。
 そんな風に考えていると、思い当たることがいくつも浮かんできた。
 まずは種をまいた人がいる。1941年、関西で4番目のチームとして鎧球倶楽部を発足させた人たちである。その芽は、戦争の激化と排外主義の嵐の中で、あっという間に摘まれてしまったが、戦後、戦地から復員してきたメンバーを中心に再興され、工夫と努力で1949年、甲子園ボウルに初出場、初優勝。
 その後も歴代の部員が新しい芽を伸ばし、チームを成長させてきた。卒業後もコーチ、監督としてチームに関わり、水をやり肥料をやり続けた人たちも数多い。一人一人名前を挙げ、それぞれの物語を綴っていけば、それだけで一冊の本ができるだろう。
 何よりも新芽が顔を出した時から、もっと大きくなろう、もっと強くなろうと自分を鍛えてきた歴代の部員がいる。戦争中の空白期間を含め、75年という歴史はそういう作業の積み重ねだった。
 しかし、水をやりすぎたら根っこが腐る。肥料をやり過ぎても生育に支障が出る。病害虫がついたら駆除しなければならない。強い風に見舞われたこともあるし、日照りの夏にに枯死しそうになったこともあるだろう。
 時には、木の形を整えるためにあえて剪定(せんてい)ばさみを入れた人もおられるに違いない。
 そういう歴史を積み重ねて現在の偉容がある。諸々の困難を乗り越え、常に堂々と立ち続けた結果である。甲子園ボウル出場49回、優勝27回という、どの大学も成し遂げたことのない数字がそれを証明している。巨樹という名こそふさわしい。
 大事なことは、この巨樹が記憶という名の写真に収まっているのではなく、いまも大地に根を張り、日々成長していることである。試合という名の光を浴びて枝葉を茂らせ、深く土中に張り巡らせた鍛錬という根っこから水分と養分を吸い上げる。大きくなればなるほど、その成長速度は速くなり、さらに周囲を圧倒する。
 しかし、一方でその偉容を保ち、さらに成長を促すためには、チームのマネジメントがこれまで以上に重要になり、リスク管理にも目配りが求められる。最新の戦術を考案し、勝つための戦略を練ることの大切さはいうまでもない。
 そういう諸々が調和し、全体のベクトルがさらなる発展に向かった時、初めてもっと強いチーム、負けないチームが見えてくる。幹周りが太くなったからといって、しめ縄を巻き、御神酒を供えて拝んでいるだけでは、勝ち続けるチームにはなれないのである。
 こういう「巨樹の物語」の細部を観察し、これからも綴っていきたい。

 付記
 このところ、夏休み恒例となった小野宏ディレクターの講演会が18日午後6時半から、大阪・中之島の朝日カルチャーセンターで開かれます。申し込みはすでに100人を超えていますが、主催者によると、まだ少し受付は可能だということです。昨シーズンのポイントとなった試合のビデオ解説を中心に、小野さんの鋭い分析と解説に加えて、大村アシスタントヘッドコーチも参加してコメントしてくれるとのことでフットボールの魅力を堪能できそうです。申し込みは朝日カルチャーセンターへ。
https://www.asahiculture.jp/nakanoshima/course/169adf9f-d34e-2065-2c8b-55432f0469b9
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2015年06月24日

(12)「言霊」が宿る卒業文集

 先週のJV戦、大阪大学との試合は、どうしても外せない用事があって観戦できず。ファイターズのホームページで速報をチェックし、試合結果の数字を一通り眺めただけ。当然、報告できることはない。
 そこで今週は、かねてからどうしても書きたかったことを書かせていただく。昨年度卒業生が書いた卒業文集のことである。
 鷺野聡主将をはじめ41人の部員がそれぞれこの4年間を振り返り、読み応えのある文章を綴っている。さすがは日本1を目標に4年間、フットボール漬けの生活を送ってきた人間ばかりである。反省と後悔、自負とこだわり。そして後に続く者への伝言。どの部分から切り取っても、生涯にわたって座右に置いて読み返すに値する文章である。
 本当は、毎回、この文集から材料を見つけて紹介していきたいくらいだが、これは部内限定の冊子。同期の卒業生だけが読むことを想定して、互いに胸襟(きょうきん)を開き、煮えたぎる胸の内を文字にした作品である。同じ釜の飯を食い、喜怒哀楽をともにした同期の、いわば宝物である。余人が勝手に外部に公開することは慎まなければならない。
 そうはいっても、ファイターズという組織の一端、活動の真実を知るためには、どうしても紹介させていただきたい文章もある。そこで、筆者に連絡を取り、僕の気持ちを伝えた。電話に出た彼は、僕の小論文講座を2度も受講してくれた教え子でもあり、「先生のコラムに取り上げてもらえるならうれしい。ぜひお願いします」と快く了解してくれた。
 以下、原文を適宜引用しながら紹介する。
 タイトルは「ストーク」。筆者はワイドレシーバーの樋之本彬君である。文章はこんな風に始まる。[ ]内は本文の引用である。
 [WRがするブロックだが、これほど難しいものはない。相手に即内を行かせない、かつRBのコースとの距離感を背中で感じながらセットアップをかける。外手を強調しつつ、相手の外ナンバー目指してパンチする。そのときの外足のふところには瞬時に力を込め、半足分しか出せない踏み込み足に自分のすべてのパワーを乗せ、相手を止め、前にドライブする。相手はヘルメットを使ってヒットしてくることもあれば、前掛かりになると見るや手を狩りかわしてくる。ストークこそまさに駆け引きだ]
 まずはこんな風に、自分がWRとして求められる役割を明確にし、その役割を果たすためにどのように取り組んできたかを綴る。
 [コーチのいう理論を頭で理解していても、実践できない。相手は自分より小さく、力もないのに負ける。未経験者にやられたこともあった。よけられまいと相手の動きを見れば、体重があっても簡単に押し込まれることもあった]
 [そんな矢先の5月末、池田雄紀さんに相手してもらっているときだった。このタイミングで打てば勝てる。いわゆる1万1回目の感覚が得られた気がした。今日はなぜか英語がやたらよく解けるな、受験勉強でいえばそんな感覚だ]
 [しかし、それを自分の物にすることはできなかった。やがて春が終わり、夏合宿、秋のシーズンとしょうもないストークを続けていた]
 [それでもやるしかなかった。自分がWRである意味、一度やると決めたことを曲げるわけにはいかなかった]
 [そして迎えたライスボウルウイーク。雄紀さんとストークをしていると、再びあの感覚が現れた。その日は雄紀さん、次の日には香山さんと夢中でストークをし続けた。その感覚を忘れないためにライスボウルまで毎日フルで当たり続けた。みんながハーフスタイルでも一人フルスタイルでストークをし続けた]
 [そして迎えたライスボウル。自分には変な自信があった。あれだけやったのだから大丈夫、そう思えてならなかった。前日の4年生ミーティングでも、明日は自分から攻め、信じてやってきたストークでゲインさせると言い切ることができた]
 [結果、試合は負けたが、一対一のストークでは負けた気がしなかった。ある意味、自分の信じてやってきたことが通用したと分かって、むしろ誇らしかった]
 4年間、学生相手には負けを知らず、4年連続で甲子園ボウルを制覇した学年。しかし、ライスボウルではついに勝てず、悔しい思いを抱いて卒業していった選手の中に、ここまで自分を燃焼させた男がいた。「負けた気はしなかった、自分の信じてやってきたことが通用したと分かって、むしろ誇らしかった」と言い切って卒業した選手が存在した。そのことを知って、僕は異様な感動を覚えた。それは感動という言葉よりも、カタルシスと表現した方が適切かも知れない。
 4年連続の敗戦で、気分はずっと落ち込んでいたが、その黒い雲が一気に取り払われたような爽快感に包まれた。「雲外蒼天」である。
 「自分の信じてやってきたことが通用したと分かって、むしろ誇らしかった」。そんな言葉を残して卒業していける選手や部員がどれだけ存在するか。そこで勝敗は決まる。つまりは、試合の結果はすべて上ヶ原の第3フィールド、鉢伏山のグラウンドに帰すということであろう。
 秋から冬へ。大勢のファンが見守る中で華やかな試合が展開される。それを見守り、応援するのは楽しい。ワクワクどきどきする。しかし、ファイターズの戦いは試合会場だけではない。冬から春、春から夏、そして秋から冬へと、人の目に触れないところで続けられる地味な練習にこそ意味がある。1万回の工夫と失敗を積み重ねた末、1万1回目にほほえんでくれるフットボールの神様。
 樋之本君の文章には、その機微が見事に綴られていた。これこそ後に続く者を励まし、奮い立たせてくれる文章である。それは「言葉」ではなく「言霊」と言っても言い過ぎではないだろう。
posted by コラム「スタンドから」 at 09:05| Comment(0) | in 2015 season