2010年06月15日

(11)磨けば光る原石

 日曜日、関西学院第3フィールドで、待望のJV戦があった。相手は桃山学院大。2部の上位校である。選手の数を数えたら40人以上。デカい選手も多い。メンバー表を見ると、高校時代からアメフットを経験している選手も多いようで、JVの面々が胸を借りるには格好の相手である。
 雨の中、試合開始の1時間以上前からグラウンドに顔を出す。まだお客さんは誰も見えていない。雨は次第に強くなり、準備運動をする選手たちはびしょ濡れ。それでも、試合に出場が予定されている選手たちは元気よく動いている。この日に備えてきたのか、頭をすっきり刈り上げている選手も多い。そんなところにも、この試合にかける1、2年生の意気込みが感じられる。
 先発のメンバー表に目を通す。「今度のJV戦では1、2年生を大量に出しますよ」という鳥内監督の言葉通り期待の1年生が名前を連ねている。
 オフェンスでは、ラインに長森(同志社国際)、石橋(足立学園)、田淵(滝川)の巨漢トリオが並び、TEの曽和(啓明学院)もデカい。ディフェンスではラインの池永(仁川学院)とDBの池田(高等部)がスタメンに名を連ね、それぞれ「なるほど」という評判にたがわぬ動きを見せてくれた。
 スタメンではなかったが、途中から出場したDL中前(高等部)やDB大森(関西大倉)も、1年生とは思えぬ強烈なタックルで、観客に強い印象を与えた。パスキャッチはかなわなかったが、WRの梅本(高等部)や松下(高槻)も、軽快な動きで非凡な才能を感じさせてくれた。
 2年生も負けてはいない。とりわけLBの高吹(武蔵工大付)、望月(足立学園)の東京組が大活躍。再三、強烈なタックルを相手に浴びせた。普段は辛口の堀口コーチも「あの二人は、上でも十分やれますよ」とベタ褒め。40ヤードを独走したRB後藤、再三切れ味のよい走りを見せた尾嶋、大石の高等部トリオはそれぞれTDを獲得、RB陣の層の厚さを見せつけた。DB藤原(高槻)やLB辻本(高等部)DL岸(高等部)らの動きも鋭く、今後の活躍が注目される。飛距離のあるキッカー堀本(啓明学院)の成長にも期待したい。
 こうして名前を挙げて行くだけでも、今年は才能豊かな下級生が多い。他にもまだベールを脱いでいない注目の1年生がいっぱいいる。OLの張(大阪学芸)、木村(高等部)、友国(関西大倉)、油谷(報徳)らは体がデカくて動きも速い。高等部で野球部だったRB雑賀は40ヤードを4秒6台で走るし、同じ野球部出身のDB鳥内は、練習後の持久走でいつもダントツのトップを走っている。RB野々垣(関西大倉)の足の速さも魅力である。
 こんな「磨けば光る」原石がごろごろしているのだから「今年の1年生は豊作」と監督やコーチが口をそろえるのもうなずける。
 けれども、しょせん原石は原石。磨かなければ光らない。宝石にはならない。「玉みがかざれば光なし」である。
 思い起こせば過去のファイターズには、せっかくの才能を発揮できないまま消えていった選手が少なくない。けがに見舞われたり、本人の努力が不足していたり。チームからは消えなくても、せっかくの天分を伸ばすことができず、並みの選手で終わった選手も少なくない。
 逆に、主将の平澤をはじめ、QBの加藤やDBの善元、RBの松岡など、本気の練習を積み重ねて「とてつもない」プレーヤーに成長しつつある先輩も少なくない。
 たぐいまれな才能に恵まれた1、2年生が今後、どこまで自発的に「本気の鍛錬」を積み重ねることができるのか。そこに選手の将来も、チームの未来もかかっている。ファイターズというチームに名前を連ねたことだけで満足するのか、それとも「とてつもない選手」を目指して日々精進し、鍛錬を重ねるのか。後者の選手が増えれば増えるほど、ファイターズが「日本1」になる確率が高くなってくることだけは間違いない。
 ともあれ、楽しみなJV戦がもう1試合、春の日程に組み込まれた。7月3日の大阪学院大との試合である。期待の新戦力に興味のある方は、ぜひとも当日、第3フィールドに参集してほしい。そして自分の目で期待の下級生を見つけていただきたい。素晴らしい原石が見つかることを保証します。
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2010年06月09日

(10)部活の友は生涯の友

 先週の土曜日、関西学院会館で米田満先生ご夫妻の「金婚を祝う会」が催された。ファイターズの古いOBをはじめ、関学体育会のOBら約230人が出席し、ご結婚50周年の佳き日を祝った。
 ファイターズの活動から離れられて久しいが、先生は草創期の関学アメリカンを支えられた名選手。1946年に入学してアメリカンフットボールを始め、小柄だが闘志あふれるQBとして活躍。48年、慶応を破って初めて甲子園ボウルを制覇、翌年も主将として慶応を破り、2連覇を果たされた。
 卒業後はすぐにコーチとなり、55年から65年までは監督。大学の教授も96年の定年まで勤められた。その間、関学体育会OBの結束を図る「体育会OB倶楽部」、現在の「KGAA」を立ち上げて幹事長を25年間務められた。いまも続く総合関関戦の創設、「関西学院スポーツ史話〜神戸・原田の森篇」の刊行など、関学スポーツに対する功績は数え切れない。2004年には、アメフットに対する貢献が評価されて「アメリカンフットボールの殿堂」入りの栄誉も受けられた。
 大学では体育の授業を担当しておられたから、部活とは関係なく顔をご存じの卒業生も多いだろう。
 そんな先生にお世話になった面々が一堂に会し、金婚の佳き日を祝う集いである。にぎやかなことこの上ない。関学出身でオリンピックに出場された馬術部の佐々信三さん(1958年卒)や平松(旧姓上野)純子さん(65年卒)があいさつに立たれ、米田先生によるこの50年の回顧談で盛り上がった。
 ファイターズからもOB会長の奥井常夫さん(65年卒)が発起人に名を連ね、同期の小笠原秀宜さんが会の司会を担当された。在学4年間に甲子園ボウル4連覇という偉業を達成された学年の主将で、後に監督もされた木谷直行さん(57年卒)やその同期の丹生恭治さんの顔も見える。
 ボクシング部やヨット部、馬術部やフェンシング部という、普段ファイターズにだけ顔を出している人間にとっては、ほとんど縁のないクラブの卒業生も大勢参加されている。関西大や同志社大の関係者の顔も見える。先生の顔の広さがそのまま集まった方々の幅の広さである。
 そのにぎやかな顔ぶれを前に、先生はこんなエピソードを紹介された。
 ――僕が入部したときは、部員が11人しかおらへん。主将の松本さんから「一人でも欠けたら試合ができひん。上も下もない。みんな仲良うやろう」といわれた。そのころからですね。関学のアメリカンに上級生がグラウンドの整備などの仕事を率先してやり、下級生を大事にする伝統ができたのは。僕も中学部の生徒を大事にして、仲間に入れ、一緒にアメリカンやろうな、と声をかけたものです――。
 繰り返すが、先生が入部されたのは昭和でいえば21年。戦争が終わった翌年である。世間には、まだ旧軍にならった上下関係が幅をきかし、軍隊帰りの学生も少なくなかった。指導者にも軍事教練の体験者が多く、部活動でも理屈よりもビンタという風潮が支配していた。いまなお体育会の代名詞のようにいわれる悪しき上下関係や下級生いじめは、そのころの名残りといってもよいだろう。
 ところがファイターズには、そういう理不尽な制裁はない。それは戦後すぐ、米田先生が入部されたころのチーム事情から生まれたものであり、当時の主将が「すべての部員をチームメートとして大事にする」という確固たる信念を持ち、それを実行されたことから始まった。それがチームのよき伝統として、脈々として受け継がれてきたのである。
 そんな話を聞きながら、卒業後50年、60年がたっても、一瞬のうちに現役時代にタイムスリップして、半世紀も前の話を昨日の出来事のように話し合える関係について考えていた。
 結論は簡単。高い目標に向かって、お互いに死ぬほどの練習をし、苦労も喜びも極限まで共にしてきた仲間だからこそである。同じ苦しい場面、同じうれしい場面を極限状態で共有してきた関係があって初めて、瞬時にその場面にタイムスリップできるからである。部活の友は生涯の友、というのは、そういう関係があって初めて生まれる。
 ファイターズはいま200人を超える大所帯。活動内容も、練習の取り組みも、米田先生や木谷さん、奥井さんの時代とは様変わりしている。けれども、日本1という高い目標に向かって活動する以上、死ぬほど努力し、苦労も喜びも極限まで共にするという関係が大切なことは、変わらないはずだ。互いに叱咤激励、切磋琢磨し、部活の友は生涯の友と言い切れる関係を築いてほしい。
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2010年06月02日

(9)心に刻む試合

 毎年のことだが、京大との試合は見応えがある。日曜日に王子スタジアムで行われた試合も、本当に面白かった。
 まず、得点経過だけを追ってみよう。
 ファイターズのレシーブで始まったこの試合、第1プレーはQB加藤からピッチを受けたRB松岡が左オープンを駆け上がって7ヤード。続いて加藤からWR春日へのパスがヒットしてダウン更新。次は、第3ダウンロングの場面で再び加藤から春日へ35ヤードのパスが通ってゴール前5ヤード。そこで松岡がスピード豊かに駆け上がりTD。大西のキックも決まって7点を先制。
 次の京大の攻撃を守備陣が完封して、再び自陣49ヤードからファイターズの攻撃。いきなり加藤からWR松原に34ヤードのパスが通ってゴール前17ヤード。しかし、ここからが押し切れない。フィールドゴールもブロックされて得点ならず。意気上がる京大はここでQB今村からエースレシーバーの坂田にミドルパス。坂田が80ヤードを独走して一気にTD。同点である。
 次のファイターズの攻撃。加藤のスクランブル、松岡やRB今村、久司のランで、たちまちゴール前に詰め寄る。しかし、ここでも最後の詰めが決まらず、大西の30ヤードFGで3点を獲得しただけに終わった。
 続く京大の攻撃シリーズ。第2ダウンで相手の投げたパスをDB吉井がインターセプト。ファイターズは相手陣27ヤードからの攻撃権を獲得した。その第1プレーで相手がパスインターフェアーの反則。ゴール前14ヤードの好位置からの攻撃が始まる。しかし、ここでファイターズのOLが2度続けてホールディングを犯し、計20ヤードの罰退。結局このシリーズも大西の39ヤードFGに終わった。攻めても攻めても、TDにつながらないもどかしさが募る。
 すかっとしたのは、京大の次の攻撃をディフェンスが完封してつかんだ次の攻撃シリーズ。いきなり加藤から松原への40ヤードパスがヒット。続けて春日へのパスも通って相手ゴール前24ヤード。仕上げは松岡。持ち前の快足で中央を駆け抜けTD。ファイターズの武器である加藤のパス、WR陣の高さとスピード、そして松岡のスピードがかみ合った鮮やかな攻めだった。
 これで落ち着いたのか、ファイターズは第2Q終了直前、相手パントを確保した稲村が70ヤードをリターンしてTD。京大を突き放した。
 後半は京大のレシーブで試合再開。しかし第2プレーで相手QBがファンブルしたボールをLB川端が確保して、ファイターズの攻撃。ここでQBは3年生の糟谷に交代。相手陣42ヤードからいきなり松原にロングパスを投げた。これは惜しくも相手守備陣にカットされたが、次は自らキープして右オープンを駆け上がりTD。42ヤードを一気に走りきった目の覚めるようなプレーだった。
 これで落ち着いたのか、糟谷はWR和田への21ヤードTDパスを決めるなど大活躍。セーフティーを呼び込むDL朝倉のQBサックや久司の80ヤードキックオフリターンTDなどのビッグプレーも飛び出し、試合は決まった。
 このように得点経過だけを追っていくと、ファイターズがいいところばかりを見せた試合だと思われそうだ。しかし、実際に試合を見ていると、京大はそんなに甘い相手ではなかった。
 まず守備ラインの当たりが強い。中央のランプレーがほとんど出ていなかったのがその証拠である。もちろんRBが独走する場面は何度もあったが、それは松岡、久司、稲村という昨年から試合経験を積んだスピードランナーたちの、個人の能力によるところが大きい。松原や春日へのパスが要所で決まったが、これまた加藤という極め付けのQBがいるからである。ラインが押し勝って走路を開き、そこをランナーが駆け上がるという形はほとんどできていなかった。
 守備にも不安が残った。ラインは相手を支配していたが、エースレシーバー坂田へのパスが防げない。ごりごり中央を突いてくる相手のランにも手を焼いていた。この試合ではタイトエンドへのパスやQBのランプレーをほとんど見せなかったが、そこは京大。秋には様々な工夫をして臨んでくるはずだ。投げて来ると分かっているパスを防げず、中央を突いてくると分かっているランに苦しめられているようでは、相手が戦術を工夫してくると、昨年秋のリーグで苦戦した構図がそのまま再現される恐れがある。
 そういう意味では、秋に向けてファイターズが取り組むべき課題を明確にしてもらった試合だった。反則の多さを克服することも、大きな宿題である。
 一人ひとり、固有名詞を挙げる余裕はなかったが、2番手で登場した控えメンバーたちの活躍とともに、心に刻んでおきたい試合だった。
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2010年05月22日

(8)歳々年々人不同

 先日、プロ野球のナイター中継を見ていたら、解説の有田修三さんが日米野球の違いについて、こんな意味のことを言っていた。
 「アメリカは人を集めてチームを作るが、日本は人を育ててチームを作る」。つまり、アメリカは豊富な資金力によって、各地から有能な選手を集めてチームを強化する。ところが、日本ではすぐに使える人材が限られているから、その少ない人材を懸命に育ててチームを作っていくというような意味だった。 日本高校野球連盟に加盟している硬式野球チームは4132校。それに大学や社会人、独立リーグまである野球にして「少ない人材を育ててチームをつくらなければならない」というのだから、競技人口が野球よりはるかに少ないアメフットの場合はどうなるか。
 まずは選手を確保することである。高校の試合に足を運び、数少ない選手の中から有望な人材をリクルートしなければならない。能力の高い選手は限られているから、ライバルチームと奪い合いになる。同時に他のスポーツをしている選手にも目を向け、アメフットは未経験でも運動能力が高く、体力的にも優れた選手を捜し出さなければならない。ファイターズでは毎年、他の競技経験者の中から先発メンバーに名を連ねる部員が出てくるが、こうした選手がいないと、選手層はますます薄くなる。
 選手が確保できれば、次は練習である。体を鍛え、技を教え、セオリーを学ばせなければならない。頭と体の鍛錬あるのみだ。しかし、ミーティングを重ね、練習量を増やしても、実戦で経験を積まなければ、なかなか身につかないことが多い。いわゆる経験知。成功して自信を付け、失敗して学ぶことの大切さである。
 しかし、その試合数が限られている。今季のファイターズでいえば、春は6試合。JV戦2試合を入れても8試合しか組まれていない。前期試験の関係から6月下旬になると練習試合ができなくなるので、春のシーズンは4月後半から実質2カ月。激しいコンタクトスポーツであり、必然的に体力を消耗するアメフットというスポーツの特性から、毎週試合日程をくむのは無理であり、これで限界という。
 9月から始まる秋のリーグ戦は7試合。ボウルゲームに出場しなかったら、これでシーズンは終わりである。つまり、「育てながらチームを作っていく」といっても、その経験を積ませる舞台は年に春と秋あわせて13試合しかないのである。
 大学は4年間。この短い期間、数少ない試合で、多くの選手に経験知を積ませ、なおかつ勝利も獲得していくというのは、並大抵のことではない。下級生はアメフット選手としての体力が付くまでは試合に出してもらえないし、せっかく先発メンバーに名を連ねても、けがで出られないことも少なくない。
 だから、選手にとっては、毎試合が真剣勝負。与えられたチャンスは何があってもつかまなければならない。試合で経験を積み、次に飛躍する足場を固めなければならない。
 15日にエキスポフラッシュフィールドで行われた同志社戦が、その象徴のような試合だった。
 その前の週に、川崎で日大との試合があったばかりとあって、この試合はエースQBの加藤とエースレシーバーの松原がお休み。エースランナーの松岡も、前半早々にベンチに引っ込んだ。代わりにQBは2年生の遠藤が前半を、第3Qは糟谷(3年)、第4Qは畑(2年)が出て、試合を牽引した。
 彼らはこれまで、試合の大勢が決まってから出場したことはあったが、オフェンスラインを先発メンバーで固めたときに試合に出た経験はほとんどない。どんなプレーをし、どんな失敗をし、何を学んでくれるか、ドキドキしながら見ていた。
 3人とも、恵まれた才能の一端をそれぞれ披露してくれた。同時に、まだまだ発展途上、加藤との距離は開いているという現実も見せつけられた。
 今後、経験を積んでいくことで克服できそうな課題もあれば、よほど覚悟を決めて取り組まなければならない課題もあった。それは3人のQBだけではない。この日、とっかえひっかえしてグラウンドに出た選手のすべてにいえること。試合で相手と対面し、相手の当たりやスピードを体感して初めて分かる課題がどっさり見つかったことと思う。日ごろの仲間内での練習では気がつかない、スタメンで出場している選手たちとの力の差も実感できただろう。
 そういう実感が経験知になり、飛躍するためのステップになるのである。
 年々歳々花相似 歳々年々人不同
 という。毎年、毎年卒業生を送り出し、新しいメンバーを迎えて、また新しいチームとして発展する。グラウンドを取り巻く環境は同じでも、そこで活動する選手は同じではない。日々の鍛錬で成長し、新たな課題を見つけて発展していく。それが、自発的、自覚的に行われていくチームが強いチームであり、勝つ資格のあるチームということだろう。
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2010年05月14日

(7)卒業記念文集を紹介する

 今春、卒業したメンバーの卒業記念文集を読ませていただいた。選手、マネジャー(MGR)、トレーナー(TR)、アナライジングスタッフ(AS)、中学・高校のコーチなどをしていた35人と、5年生コーチだった前年の主将、早川君がそれぞれ800字から1600字ほどの文章を寄せている。
 いただいたその日に読み終えた。それぞれに気持ちのこもった文章だった。けれども、取り上げる機会がなく、すっかり遅くなってしまった。春のシーズンたけなわなのに、いまごろ何を寝ぼけたことをと叱られるのを覚悟で、紹介しておきたい。
 「私たちを立命に勝たしていただいてありがとうございます」と、最初に後輩やコーチ、応援していただいた方々に感謝の言葉を述べたのはQB浅海君。3年生の時は、みんなと同じ気持ちで練習することができず、チームを負けさせてしまったことが申し訳ないと告白し、「立命戦では少し恩を返せたと思います」と書いている。
 「後輩たちへ」というタイトルでLB池田君は「チームを良くも悪くもするのは4回生次第」と書いた上で「チームが強くなるには絶対に下級生の力が必要。特に3回生には4回生と同じ気持ちでやってもらいたいし、自分たちがチームを引っ張るという気持ちを持ってもらいたい」と言い残している。
 ASの遠藤君は、選手からASに転向したときの悔しい気持ちを振り返りながら「努力をしてかなわないことと、努力をせずにかなわなかったことでは、全然違う。なぜ入部してきたのか、なぜハードな大学生活をわざわざ選んでいるのかを、いま一度よく考え直してほしい」と後輩に伝言している。
 WRの勝本君は「振り返って見ると、ろくな4回生ではなかったと思う。ただ最後に伝えたいことがある。今回、本当にチームが一つにならないと勝てないことが分かった。だから、もっといろんなことをお互いに本音で話してほしい。相手を理解するには話すことが一番重要だ」とこれまた、後輩に言い残している。
 副将のOL亀井君は「私はこのチームで、大きな目標、そして最大のライバルの存在によっても自分の限界を超えることができるということを知った」と断言。「自分はどこを目指したいのか、何を目指したいのか、このことをまず考える必要がある」と、自分との対話の必要性を説く。
 「先の見えないその先」と書いたのはRB河原君。関大に敗れ、日本1への希望が限りなく小さくなっても「先の見えないものに全力を注ぎ続けた」苦しい時間を振り返りながら「目の前のことに全力で取り組んだその先に、何かがあるということを信じてファイターズの生活を充実させてほしい」という言葉を贈っている。
 WR柴田君は「本気」という題で、自らの「取り返しのつかない過ち」を告白。その苦い体験を基に「人は本当に追い込まれた時、とてつもないプレッシャーに襲われた時、どれだけ真面目に練習してきたかという事実ではなく、どれだけ本気で取り組んだかという気持ちを持って、初めて腹をくくれる。その気持ちが迷いを振り切る。真面目に練習することが悪いのではなく、その練習に気持ちがこもっていなければ意味がないということだ」とまとめている。
 主将の新谷君は「リーグ戦途中でやっと本気になり出した私を、4回生たちを、下級生が支え続けてくれた。もっと早く本気のチーム作りをしていれば結果は変わっていたかもしれない。引退して少し時間がたったいまではそういう思いがこみ上げてくる」と後悔の気持ちを綴っている。
 同じようにWRの萬代君は「負けに不思議の負けなし」という題で、自分の取り組みの甘さを悔やんでいる。「私に足りなかったのは、オレがチームを勝たせるんだ、という確固たる決意だった」と書き、後輩たちに「ファイターズは勝たせてくれない、監督コーチも勝たせてくれない。結局は、自分がやらないと勝てないのである。このチームは『お前ら』のそして『お前』のチームなのだ」と檄を飛ばしている。
 チームのまとめ役を務めたMGRの三井君は「私は最後まで学年を一つにまとめることができなかった。仲間同士で腹を割って話す時間が極端に少なかったからである」と書き、「本音で対話することでしか、真の仲間関係を構築することはできない。衝突を恐れてはいけない。我々は仲間であり、家族である。衝突しても必ず、衝突前以上の関係を築けるに違いない」とまとめた。
 それぞれ、気持ちのこもった文章である。新聞記者の仕事を40年以上続け、いまも大学で文章論を講義している「専門家」の立場で読んでも、ファイターズという集団で、何かを学び、何かをつかんだ人間だからこそ書ける内容だと断言できる。
 文集に掲載されている文章のごく一部しか紹介できないのは残念だが、こうした断片的な引用文を見ても、ファイターズというチームの素顔が見えてくる。この組織が「人を育てる集団である」ということが納得できる。どうしても、みなさまに紹介したかった由縁である。
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2010年05月06日

(6)ファイターズ・ファミリー

 連休の第3フィールドは、先客万来。普段は仕事で顔の出せないOB連が次々と顔を見せ、防具を付けて後輩たちの練習台になっている。社会人リーグの現役で活躍しているメンバーもおり、日本を代表するプレーを披露してくれる選手もいる。
 5日の「子どもの日」も、2001年度卒業の石田力哉氏や08年度卒の早川悠真氏らが顔を見せ、練習に入って、軽快な動きを見せていた。富士通で現役選手としてプレーしている08年度卒の藤本浩貴氏の元気な顔にも出会い、少しばかり言葉を交わした。
 こうした懐かしいメンバーと顔を会わせて近況を聞き、現役選手の「手応え」について質問できるのは、このコラムを書いている筆者のささやかな特権。スポーツ推薦に備えて一緒に勉強してきた「塾長」と「塾生」ならではの深いつながりである。
 石田氏は勤務先が大阪で、自宅が御影ということで、今季は休みのたびにグラウンドに顔を出している。かつて森栄市氏が務めていたサンデーコーチの役割を、自らが練習台になって務めているのである。この日はディフェンスのラインだけでなく、オフェンスのラインにも入って、後輩たちの当たりを受け止めていた。
 その感想を聞く。
――ユニットとしては、そこそこ動けますけど、1対1の当たりがまだまだですね。当たって相手を崩す、そこで主導権を握るというのがアメフットの基本。その点で、まだ物足りないものがあります。そこそこ動けるメンバーがそろっているので、これからが楽しみですね。
――下級生に楽しみな子が多いですね。当たれる子もいますし。しっかり鍛えていけば、ぐんと成長しますよ。
――今年は1年生がいいですね。体がデカい子が大いし、動けます。まだまだ未熟ですけど、これから体を作り、鍛えていけば、楽しみです。
 今年、社会人になって東京で勤務している早川氏とは、帰りの新幹線の時間を気にしながらの立ち話。近況を聞き、新チームについての論評を聞く。
――昨年も5年生コーチとして、練習を見てきましたが、今年は下級生が楽しみですね。体に恵まれた選手が多く、動きもよい。秋には何人かがスタメンで出てくるでしょう。
――4年生がもっと存在感を出さないと。うかうかしていたら、後輩に追い抜かれてしまいますよ。
 二人とも、防具を着用して、実際にプレーした結果の発言である。口をそろえて下級生を評価していたが、逆にいえば上級生のプレーにもどかしさを感じ、さらなる奮起を促していたのかもしれない。
 OBの指導について、小野コーチがこんな話をしてくれた。連休中に指導にきてくれた02年度卒のQB、尾崎陽介氏の話である。彼は、ファイターズがライスボウルで勝ったときの3年生エースQB。いまも鹿島で現役のプレーヤーとして活躍している。
 彼が50ヤードの距離からレシーバーに向かってパスを投げると、いつも正確に目標に到達する。ところがファイターズの現役選手が投げると、距離は十分だが、コントロールにばらつきが出る。50ヤードのパスといえば、ある程度はコントロールが乱れても仕方がない、それは誤差の内、と思っていた現役選手たちにとっては、目の前でしっかりコントロールされたパスを投げ続けるQBがいること自体が驚きだったのだろう。
 小野コーチは「尾崎の高いレベルを目の当たりにして、QBが一気に覚醒しました。自分たちの到達しなければならない目標が、尾崎というプレーヤーを通して具体的に見えたことで、目の色が違ってきたのです。こういうプレーを見せてもらえただけでも、OBがきてくれる効果があります」と喜ぶ。
 ファイターズについて、ファミリーという言葉がよく使われる。それは卒業生を含めて先輩と後輩の垣根が低く、家庭的な雰囲気があるという意味で使われることが多い。後輩の就職活動に対するOBの方々の「面倒見のよさ」一つとっても、それはいまも連綿として受け継がれている。
 けれどももう一つ。僕は卒業生の方々が現役選手に気軽に自らのプレーヤーとして手にした資産・技術を惜しげもなく伝授してくれるその雰囲気のよさに「ファミリー」と呼ばれる由縁があるのではないかと考える。グラウンドに気軽に顔を出し、後輩たちに胸を貸している先輩たちと、それを快く受け入れて上達の糧にしている監督やコーチ、選手たちの姿を見て、そんな感想を持った。
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2010年04月28日

(5)JV戦の話をしよう

 少々遅くなったが、18日に上ケ原の第3フィールドで行われたJV戦の話をしたい。
 相手は追手門大学。関西学生リーグの2部に所属する伝統校だ。対するファイターズの主力は2年生。それに、普段、あまり試合に出る機会に恵まれない4年生や3年生がスタメンに名前を連ねている。いわば1軍半から2軍のメンバーといってよいだろう。
 いつもの年なら、6月の後半になってから組まれるJV戦だが、今年は控え選手に少しでも試合経験を積ませたいということで、まだ甲山おろしが冷たい4月早々からスケジュールに組み込まれた。
 立ち上がり、レシーブを選択したファイターズに対し、追手門はいきなりオンサイドキック。これが成功して攻撃権を奪取する。浮足立つところだが、ここはDL岸、LB高吹、LB望月の2年生トリオが落ち着いて相手のランを封じ、すぐに攻撃権を奪い返す。
 自陣46ヤードから始まったファイターズ最初の攻撃。QB糟谷(3年)からハンドオフされたボールを抱えたRB林(3年)が中央を抜けて一気にTD。前日の日体大戦で、兄貴分のQB加藤、RB松岡のコンビが第1プレーでTDを決めたのと同様、一発TDで試合の主導権を握った。
 ところが二の矢が続かない。もたもたした攻撃をしている内に相手がパスとランを織り交ぜた多彩な攻撃でファイターズ守備陣を揺さぶる。1Q8分30秒、相手QBのキーププレーで同点に追いつかれる。
 この日の試合は1Q10分だったので、あっという間に第2Q。しばらく一進一退が続いたが、ようやく終了間際にファイターズの攻撃が決まる。相手陣41ヤードから始まったこのシリーズは、糟谷のスクランブル、TEの金本(2年)、榎(2年)、WR大森(3年)へのパスなどでなんとか敵陣に迫り、仕上げは糟谷から榎への5ヤードTDパス。前半を14−7で折り返した。
 ところが、後半になると、またまた攻撃が進まない。QBは遠藤(2年)に交代したが、パスがつながらず、ラン攻撃も進まない。逆に3Qに相手の反撃を許し、同点に追いつかれる。
 第4Q終盤、ようやく遠藤から大森へのTDパスがヒットしてリードを奪ったが、相手も懸命に反撃。得意のランプレーで陣地を稼ぎ、急所でパスを決めて、残り8秒で3本目のTD。最後は2点を狙ったパスプレーを決め、ついに逆転。ファイターズは22−21で敗れた。
 JV戦とはいえ、ファイターズを相手に多彩なプレーを繰り出し、必死に攻め込んだ追手門。その懸命さに浮足立ち、立ちすくんでしまったように見えたファイターズの面々。最後は、試合経験の差が勝負を分けたように見えた。
 新しいシーズンがスタートしてまもない時期の試合。まだユニットの練習も、複雑な作戦もないままに、試合経験の少ないメンバーで戦ったという条件はあったが、それでも、いつもの年のJV戦に比べ、いささか物足りない内容だった。
 一つは、今春入部した1年生が一人も登場しなかったこと。もう一つは、日ごろから試合に出ている主力選手と2枚目以下の選手の間に、大きな断層があることを見せつけられたからである。
 思い返せば3年前。現在の4年生が初めて団体で出場した神戸学院大とのJV戦は見ごたえがあった。2007年7月9日のこのコラムに「宝の山の物語」と題して紹介しているので、それを読み返しながら、記憶をたどりたい。
 最初に目に付いたのはWR松原。50ヤードのTDパスを決めて、噂通りの才能を見せてくれた。RB久司は、ボールを持つたびに独走TD。32ヤード、14ヤード、56ヤードをぶっちぎりで走り切り、格の違いを見せつけた。DB善元は逆サイドから一気に走り込んでボールキャリアにタックル。その強い当たりを見て、必ず守りの主力になると確信した。
 守りではラインの平澤と村上の素早い動きが出色だった。相手を完封するその動きを見て「これで4年間、DLは安泰」と気分をよくしたことを覚えている。
 そして、なんといってもすごかったのはQB加藤。12回パスを投げて9回成功、222ヤードを獲得している。そのうち3本はTDパスだった。
 こうした面々が順調に育って、いまはチームの大黒柱。そういう意味では、たとえJV戦であっても、その試合内容、選手の活躍ぶりはチームの将来に直結するといってよいだろう。
 振り返って今年のJV戦。将来を担って立つと確信させてくれる選手が少々、少なかったような気がする。6月に再度、JV戦が組まれているので、次の機会には、大勢の1年生にも登場してもらい、ワクワクする選手を捜してみたい。
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2010年04月19日

(4)天気晴朗、視界よし

 朝起きて、甲山の方向を見上げたら、雲一つない晴天。前夜の雨はすっかり上がり、視界は良好。空気までがキーンと引き締まっているように感じる。
 2010年4月17日。神戸王子スタジアムで新しいシーズン最初の試合が始まる。スタジアムに着いたらまだ、開門前。ゲートの前に開幕を待ちかねたファンの長い列ができている。いつも試合会場で顔を合わせる旧知の人たちの顔がある。今春、卒業したばかりのマネジャーがこの日は家族と一緒に観戦にきている。昨年までは、紺のスーツ姿でチケットの受付などをしていた彼女が、私服で僕らと一緒に列に並んでいるのを見ると、季節が巡り、新しいシーズンが開幕したことを実感する。
 入口では、今春、スポーツ推薦で入学したばかりの1年生がチケットを切っている。昨年夏、一緒に小論文の勉強をした彼らにスタジアムで再会すると、これまた新しいシーズンの到来を感じる。
 スタジアムに入ると、また懐かしい顔に出会える。スタンド以外の場所ではお会いする機会のない方々と再会して立ち話をしたり、このコラムを期待していますなんていわれたりすると、それだけで気持ちが弾んでくる。
 午後2時。定刻通りにキックオフ。キッカー大西の蹴ったボールが神戸の空に吸い込まれて、さあ試合開始。日体大最初の攻撃シリーズをパントブロックで止め、ファイターズの攻撃は相手陣28ヤードから。第1プレーでRB松岡が28ヤードを走り切ってTD。大西のキックも決まって7点を先制。QB加藤からハンドオフされた瞬間、トップスピードに乗って相手守備陣を置き去りにした松岡の快足が光る。
 次の日体大の攻撃シリーズも守備陣が完封して、再びファイターズの攻撃。自陣45ヤードから始まったシリーズは、RB久司、稲村、松岡のランプレーにWR和田、寺元、松原、TE榎へのパスを組み合わせて陣地を進め、仕上げは今季、DLからTEに転向した金本への9ヤードTDパス。一つのミスもない堂々の攻撃である。
 第2Qに入っても、ファイターズの攻守は快調。守備陣は相手を釘付けにし、攻撃陣はランプレーをベースに要所で加藤がパスを決め、確実に陣地を進める。3分56秒に加藤からWR渡辺へのパスで加点すると、次のシリーズは加藤から松原への一発TDパス。加藤が「投げ損じた」という左サイドのパスをキャッチした松原が相手守備陣二人のカバーを外し、一気に76ヤードを走りきる技ありのTDだった。
 次の攻撃シリーズも、加藤からWR松田への50ヤードパス、残った7ヤードを松岡が切れ味の鋭いランで持ち込んだ。これまた2度の攻撃でTDに結びつけ、前半だけで35点という大量リードを奪った。
 後半になってもファイターズの攻守は快調そのもの。自陣11ヤードからの攻撃シリーズはWR赤松、松田へのパスやRB林のランなどで簡単に陣地を進め、仕上げは久司の16ヤードランでTD。自陣1ヤードから始まった次のシリーズも、加藤のスクランブルや稲村の60ヤードランなどで簡単にTDに結び付けた。
 とにかく、この日の加藤は完璧。15回パスを投げて15回成功、271ヤード獲得というのもすごいが、パスを投げるタイミングを逸した後のスクランブルの判断が素早やかった。走力も相当アップしており、3年前の三原君に並ぶか、場合によっては上回る「とてつもないQB」に成長する気配さえ漂っていた。
 もちろん、これはオフェンスのラインが久方ぶりにそろったというのも大きい。鳥内監督いわく「けが人ばかりでメンバーが組めませんねん」ということだが、どうしてどうして。185センチ、120キロの巨漢C和田を中心にした陣容は迫力十分。まだまだ伸びそうな素材がそろっているだけに、今年は要注目である。
 ディフェンス陣も安定している。主将平澤を中心に3年生の長島、2年生の梶原、朝倉が先発したラインはスピード十分。相手を完全にコントロールしていたし、この日はラインから回った4年生の村上と2年生の前川、川端で固めたLB陣も自在に動き回っていた。DB陣は4年生の善元、三木を中心に試合経験の豊富なメンバーがそろっているので、これまた安心。
 というわけで、シーズン初戦の内容はスタンドから見ている限り「天気晴朗」だった。
 もちろん、まだまだ発展途上だし、控えメンバーに試合経験を積まる必要もある。なにより、春からトップスピードでチームを作ってきたファイターズに対して、相手がこの試合に向けてどれだけの準備をしてきたのかという問題もある。表面上の記録だけ、見た目の華やかさだけで浮かれていると、手痛いしっぺ返しを食うことは間違いない。
 けれども、この日の試合のように、全員がひたむきにプレーすれば、必ず結果はついてくる。勝っておごらず、日々、鍛錬して、目標に邁進してほしい。
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2010年04月13日

(3)学生のスポーツ活動

 学生のスポーツ活動について考えるとき、いつも思い浮かぶ言葉がある。1946年に制定された日本学生野球憲章の前文である。
 前文では、
 「学生たることの自覚を基礎とし、学生たることを忘れてはわれらの学生野球は成り立ち得ない。勤勉と規律とはつねにわれらと共にあり、怠惰と放縦とに対しては不断に警戒されなければならない。元来野球はスポーツとしてそれ自身、意味と価値とを持つであろう。しかし学生野球としてはそれに止まらず、試合を通じてフェアの精神を体得すること、幸運にも驕らず、悲運にも屈せぬ明朗強靭な情意を涵養すること、いかなる艱難をも凌ぎうる強靭な身体を鍛錬すること、これこそ実にわれらの野球を導く理念でなければならない」と高らかに宣言している。
 野球をアメリカンフットボールという言葉に置き換えてみれば、ファイターズが目指す理念もまったくこの通りであると思う。
 ここはファイターズのホームページではあるが、ことは学生スポーツに共通する問題なので、いましばらく、学生野球憲章の話におつきあい願いたい。
 今年4月に改正、施行された新しい日本学生野球憲章は、1946年の憲章に盛り込まれたこの理念を引き継ぎつつ、冒頭に「国民が等しく教育を受ける権利を持つことは憲法が保障するところであり、学生野球は、この権利を実現すべき学校教育の一環として位置づけられる。この意味で、学生野球は経済的な対価を求めず、心と身体を鍛える場である」と説く。そして、この「教育を受ける権利」を前提とした「教育の一環としての学生野球」という基本的理念に即して、具体的な憲章の条文を構成しているのである。
 憲章がここまで「教育を受ける権利」を強調し、「教育の一環としての学生野球」にこだわるのは、学生野球を取り巻く現実が、この理念からかけ離れて見えるからである。
 例えば東京六大学の構成員であるある名門チームにこんなエピソードがある。その大学の野球部OB会名簿は数年前まで、入学年次で表記されていたそうだ。ライバルチームの名簿は卒業年次でまとめてあるのにどうしたことかといぶかしく思ったその大学の当時の総長は、その理由に思い当たった瞬間、顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしたという。
 つまり、その大学では、入学はしたけれども、まともに授業も受けず、単位をとれないまま卒業できない部員が多いから、卒業生名簿にすると、部員の全体像が把握できない。従って全員の名前が把握できる「入学年次」で名簿を作っていたというのだ。
 そのことに思い至った総長は「総長として、こんなに恥ずかしいことはない。これは自分の責任として、学生に教育を受ける機会を保障し、きちんと卒業させなければならないと思いました」と話された。
 このエピソードに、伝聞や推測は何一つまじっていない。直接、ご本人の口から伺った話である。
 ことは、この名門大学野球部に限らない。似たような例は他の大学、他の競技にもあるのではないか。
 幸いファイターズは、練習時間を工夫し、少なくとも4時限までは授業に出席できるように配慮している。週に1度は練習のない日を設けて、学生生活を豊かにする工夫もしている。
 もちろん厳しい練習やトレーニング、ミーティングなどが日々組まれているから勉学とクラブ活動の両立は簡単ではない。留年する者もいる。しかし、単位が十分に取れていない部員には、特別の対策もとられている。
 鳥内監督をはじめ、コーチやスタッフも全員、部員をフットボール選手として鍛えると同時に、よき社会人として卒業させなければならないという信念に基いて部を運営されている。
 これは、学生スポーツとして当然のことである。
 だからこそ、ファイターズの諸君には、しっかり勉学に励み、その上で日本1になってほしいのである。学生スポーツのあるべき姿を諸君の行動で表現してほしいのである。
 僕がファイターズを懸命に応援する、これが最大の理由である。
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2010年04月06日

(2)ファイターズの「背骨」

 「背骨」とは脊柱(せきちゅう)のことであり、岩波の国語辞典は「脊椎動物で、頭骨に続き、中軸となって体を支える仕組み」と説明している。これがしっかりしていることで、人間は立って歩けるようになり、他の動物とは比較にならないほど多くの知恵も獲得できたそうだ。
 ファイターズにとっても事情は同じこと。「背骨」がしっかり通っていることで、チームのモラルは確立され、品格が生まれる。目指すべき目標は明確になり、その目標に向かう求心力も生まれてくる。
 チームに寄り添って過ごしていると、そういう「背骨」の存在を実感する機会にちょくちょく遭遇する。
 4月2日に行われた新チームの礼拝もそのひとつ。これはここ数年、新しい学年の最初の合同練習の日に行われるのが恒例。2003年の夏合宿で亡くなられた平郡雷太氏を偲ぶとともに、シーズンの始まりにあたって、部員全員が心を一つに祈る行事である。当初は、平郡君の記念樹と記念碑のある第3フィールドの高台で行っていたが、最近は部員の数が増えたため、グラウンドの中央で行われている。
 チームの顧問であり、関西学院の宗教総主事でもあった前島宗甫先生がまず「あなた方の中で偉くなりたい者は、みなに仕える者になり、一番上になりたい者は、すべての人の僕(しもべ)になりなさい」という聖書の一節を読んで、次のような話をされた。
――平郡君は誰よりも熱心にアメフットを極めようとした求道者だった。諸君も求道者であってほしい。平郡君が体現したスピリットを継承し、それぞれの祈り、願い、志を持って、目標を成し遂げよう。
――新しいシーズンの開幕に当たって、もう一度「マスタリー・フォー・サービス」の意味を考えよう。この言葉は隣人・社会・世界に仕えるため、自らがマスターすなわち主人公になって自らを鍛えるという意味である。校歌にある「輝く自由」も、仕えることを選ぶ自由のことを意味しており、だからこそ輝くのである。練習、試合、すべての活動を通じて、自らが主人公となって「マスタリー・フォー・サービス」を習得できますように。
 おおよそ、こういう話だった。ろくにメモもとらずに聞いていたので、細かい言い回しは違っているかもしれないが、先生の説かれる言葉は、しっかり胸にしみこんだ。聞いていた部員たちも「よーし、やったるぞ」と気合が入ったはずである。
 前島先生を囲んでお祈りをする時間は、公式戦の試合前にも必ずある。試合前の練習終了後、キックオフまでのほんの短い時間だが、全員が急いで控室に戻り、そこで先生から心のこもった話を聞き、祈りを捧げる。全員の士気を鼓舞し、チームの結束を図り、戦いの準備を完了するのである。
 儀式といえば儀式である。しかし、こういう極めてスピリチュアルな行為によってチームが一つになり、士気が高まるのも事実である。それは、チャペルの時間が生活にとけ込み、「マスタリー・フォー・サービス」というスクール・モットーがすべての構成員に共有されている関西学院だからこそ、の儀式である。そういう風土に根ざした儀式だからこそ、ファイターズの「背骨」として、チームの中軸を支えているのである。
 こういう「背骨」を大切にしたい。
 どのチームにとっても1日は24時間、1年は365日。練習に費やす時間は限られている。取り組みの内容も、ライバルと目されるチームは、それぞれが工夫を重ね、知恵を絞っている違いない。
 同じように全力を尽くして取り組むのなら、優劣を分けるのは何か。そう考えていくと、チームの中軸を支える「背骨」の大切さが分かる。
 お祈りの時間だけではない。品位を大切にする伝統、高いモラル、新しい戦術を導入する柔軟性、熱心なコーチ陣、スタッフを含めて全員が主人公になれるチーム運営……。数えてみると、ファイターズにはいくつもの丈夫な「背骨」がある。これらを大切にし、さらに鍛えていくことだ。そこから「日本1」への道は開ける。
posted by コラム「スタンドから」 at 08:46| Comment(1) | in 2010 season

2010年03月31日

(1)さあ、シーズンイン

 4月。新しい学年が始まる。1日と2日は関西学院大学の入学式。同時にファイターズも待ちに待ったシーズンの開幕である。昨年の立命戦の報告を最後に長い眠りについていたこのコラムも、今日から再開である。
 2日には例年通り、第3フィールドを見下ろす平郡君のヤマモモの木の前に選手、スタッフ全員が集まって礼拝をし、前島先生の司式でシーズンの安全を祈り、日本1に向かって本気で戦うことを誓うはずだ。
 もちろん、チームはそんなスケジュールとは関係なく、昨年のシーズンが終わった直後から新しい体制を整え、新4年生以下全員で練習に取り組んできた。「主務のブログ」で柚木君が書いている通り、2月から3月にかけては2度の学内合宿を行い、体力づくりやミーティングに励んできた。甲山を走る「走りモノ」も存分に取り入れ、くたくたになるまで走り込んだ。
 僕も週末を中心に、何度も冬場の練習を見学させてもらったが、今年の練習は密度が濃い。1昨年より昨年、昨年より今年と、年々密度が濃くなっているように見える。それも試合を意識するというより、体力づくりに主眼を置いた練習。新しいプレーに取り組むというより、基礎的な動作にじっくり取り組んでいるのが印象的だった。
 もちろん、この時期には秋学期の試験もあるし、4年生にとってはいまが就職活動まっただ中。フットボール漬けの生活なんて、望むべくもない。練習の日程をやりくりして会社説明会に走り、エントリーシートを書かなければならない。練習が休みの日にはOB訪問もしなければならないし、時には会社から個人面談の呼び出しがかかる。
 多くの企業が採用枠をしぼり、就職氷河期を超える厳しい就職戦線とあって、ファイターズの面々にとっても戦いは厳しい。一般学生に比較すると、ファイターズの諸君はその活動が高く評価されているとはいうものの、それでも内定にまでたどり着くのは容易ではない。
 先日の合宿でも、夜間、新4年生を対象に、就職活動に詳しいOBやコーチが手分けして個人面談とアドバイスの時間を持った。僕も、朝日新聞社で小論文の採点委員や面接を担当した経験を買われて参加し、3日間、計10人ほどの学生に参考になりそうな話をさせてもらった。
 打ち明けると、僕はこの10年近く「マスコミ志望者の小論文講座」というのを大学で開講。就職活動を控えた学生に小論文の書き方やエントリーシートの書き方を指導し、面接でいかに自分をアピールするかということを助言している。朝日、毎日、読売、中日、中国新聞など大手の新聞社や日刊スポーツ、NHK、関西テレビなどに送り込んだ教え子は都合30余人。「就職指導のカリスマ」と自称している(だれもそんな風に呼んでくれないのがさびしい)のです。
 余談はさておき、4年生にとっては、いまが学生として一番忙しい時期、勝負の時でもある。少なくとも向こう1カ月は、全力で就職活動に取り組む時間であり、アメフット三昧とはいかないのである。
 けれども、新しいチームにとっては、4年生のリーダーシップが問われる。主将、副将も、パートリーダーもすべてが4年生。昨年、1昨年と優勝できなかった悔しさを一番知っているのも4年生。シーズンにかける気持ちが一番強いのも4年生である。
 その気持ちを練習でどのように具体化していくか。シーズンが始まれば秋のリーグ戦まではあっという間である。就職活動と両立させるのは苦しいだろうが、これも学生として必要な苦労であり、これからの人生にとって極めて大切な時間である。日々密度の濃い生活を送り、練習内容を工夫して、秋に備えてほしい。
      ◇      ◇
 4カ月間休載していた「スタンドから」を再開します。今年は、大学生の課外活動としてのアメリカンフットボールに焦点を当てながら、書きすすめたいと考えています。ご愛読下さい。
posted by コラム「スタンドから」 at 08:30| Comment(3) | in 2010 season