2017年01月05日

(35)花いちもんめ

 大晦日から正月2日にかけて、気分は上々だった。
 理由は二つ。大晦日の朝、上ヶ原の第3フィールドで見た2016年最後の練習に手応えがあったこと、2日の夜、自宅近くを散歩中に見上げた空に冴え冴えと光る新月が見えたことである。
 練習では、オフェンスの仕掛けがことごとく成功する。伊豆のパスの精度が上がっているし、OL、WR、RBとの呼吸もぴったりだ。立命館との2度の死闘を制し、早稲田にも付け入る隙を与えなかったことが、オフェンス全体にある種の手応えを獲得させ、一つ一つプレーに自信がついてきたのだろう。
 守備のメンバーも同様だ。ほんの1カ月半前、立命戦を前にしたときのような神経質な雰囲気はなく、みんなが自分のプレー、役割に自信を持った様子が傍目にも感じ取れる。
 「学生はある日突然、大化けする。それを人は若さの特権、成長と呼ぶのだろう」と感じ入り、その夜、書く予定になかったコラム34を一気に書き上げた。
 2日に見上げた新月にもまた、ゲンのよい物語があった。その日は、どこかの国旗のように、三日月がそのすぐ近くに大きく輝く星を抱えていたのである。それが金星(きんせい)と知った時、そうか三日月が金星(きんぼし)を抱き寄せたのかと合点し、「こいつは春から縁起がいいわいなあ」と、思わず歌舞伎役者の口調を真似てしまった。
 けれども、現実はそんなに甘くはない。朝の9時半に東京駅に着き、5時間半もキックオフを待ち続けたが、始まってみれば、攻守ともに相手ペース。QBが前評判通りの速くて正確なパスを投げ続けてペースをつかみ、最初の攻撃シリーズで3点、次のシリーズでもFGの3点を重ねる。
 2度の立命戦、そして甲子園ボウルの早稲田戦では、力とスピードで相手をコントロールしていたDLと的確な判断でボールキャリアに襲いかかっていたLB、DB陣は、この日も元気いっぱいだったが、相手はその上を行く。第3ダウンロングの状況でも、焦らず、慌てず、的確なパスをびしびし決めてくる。あげくに急所では3本のタッチダウンパス。それぞれファイターズの誇るDB陣がしっかりカバーしていたが、ここしかないというポイントに、ドンピシャのタイミングで投げ込まれては、カットもできない。
 学生のリーグでは過去に一度も見たことのないほどの能力を持ったQBに、気持ちよく投げさせては勝ち目は薄い。オフェンスのビッグプレーを期待するしかない状況だったが、相手にはLB、DBにそれぞれ一人ずつ化け物のような外国人選手がいる。でかくて強くて速い。自分のスピードと判断力に自信を持っているから、ファイターズが練りに練ったプレーにも惑わされない。的確にキャリアを見きわめ、即座にフルスピードで襲いかかってくる。
 そうなると、緻密に練り上げ、練習で完成させたプレーも簡単につぶされる。リーグ戦や甲子園ボウルでは相手を支配し続けたOLが割られ、伊豆が逃げ惑う場面が録画場面のリプレイのように繰り返される。
 伊豆はそれでもめげず、WR前田や亀山へのピンポイントのパスを決め、橋本、野々垣、加藤らのRB陣が懸命にラッシュして、パスとラッシュで都合361ヤードを獲得。後半に13点を返して、ファイターズの意地を見せた。
 しかしそれでも、結果は30−13。試合をひっくり返すには至らなかった。「負けて悔しい花いちもんめ」である。
 相手は年齢制限のない社会人の代表。当方は学業を優先し、4年間で卒業していく部員ばかり。そのうえ、社会人は海外から一級の助っ人を獲得できるが、当方は自前で日本の若者を育てていかなければならない。異次元のプレーを展開する外国人4人に対抗できるほどの人材がそうそうそう国内に存在するとは考えにくい。
 今年のチームは、シーズン半ばから急激に成長した。しかし、そのチームをもってしても、鳥内監督の試合後の談話にあった通り「戦術だけで勝てる相手ではない」というのが正直な感想である。だから余計に悔しい。懸命に特別なプレーを考案し、それに磨きをかけて試合で使おうとしても、相手はそれを個人技で突破してくる。時間は4年間、出場できるのは大学生だけ、という制約がある中では、そうした傑出した選手に戦術だけで対抗することは難しいことを思い知らされた。それが悔しい。
 しかしながら、この悔しさを体感し、かみしめて、もう一歩上を目指せるのは、今年のライスボウルに出場できたチームだけである。もし、今年の4年生が昨年、今回のように社会人代表との力の差を体感し、この悔しさを体験していたら、また別の戦い方ができたのではないかとも考える。
 その連続性こそが収穫ではないか。4年生は卒業するが、3年生以下のメンバーは、来年以降、再度チャレンジすることができる。「負けて悔しい花いちもんめ」を「勝ってうれしい花いちもんめ」にするチャンスを掴むべく、新たなスタートを切ろうではないか。この悔しさ、4年生の流した涙は、きっと成長の糧になる。
posted by コラム「スタンドから」 at 10:32| Comment(3) | in 2016 season

2017年01月01日

(34)フィニッシュ!

 12月31日、大晦日の上ヶ原の第3フィールドは快晴。風もないポカポカ陽気だった。気温は計測していないけど、多分、東京ドームの気温と同じぐらいだろう。
 そういう恵まれた条件で、朝の10時から今年最後の練習が始まる。世間は年末の休みとあって、普段の休み以上に、見学と激励に見えるOBも多い。中には今季、Xリーグで富士通と対戦されたOBも見えており、あちこちでライスボウルに向けたファイターズファミリーならではの話題が交わされる。
 こういう場面を見ていると、今季もいよいよ押し詰まってきた、と実感する。実際、明けて正月、3日になれば、もう決戦の当日である。その前に東京までの移動日があり、試合前にはプレーを合わせる程度の練習になるから、実質的には今季、山岸主将が率いるチームの練習は、この日が最終である。
 それだけに、時間は短いが、攻守とも気合いの入ったプレーが次々と繰り広げられた。僕は主としてオフェンスの練習を注目していたが、多彩なプレーが面白いほど進む。ラン、パスを問わず、王道のプレーも、今度の試合に向けた特別のプレーも、ビシバシと決まる。「準備は完了。さあ、決戦だ!」という言葉がぴったりする仕上がりである。
 新聞などには、鳥内監督の「30個ほどスペシャルプレーを準備した」という談話などが掲載され、ファイターズの「奇襲が勝敗の鍵を握る」などと書かれていた。僕の胸の中でもだんだん期待が膨らんできた。
 もちろん、アメリカからの強力な助っ人4人を迎え、日本代表クラスのメンバーで構成する相手は強い。チームを挙げて優秀な人材を育てても、4年で卒業し、毎年毎年、新しいメンバーで勝負しなければならな学生チームがそれに対抗するのは、容易なことではない。JVチームを相手に、面白いほどパスが通り、切れ味の鋭いスペシャルプレーが進んでも、それが東京ドームで通用するかといえば、全くの白紙である。
 それは最近10年ほどの間に、社会人と戦った5回の勝負が物語っている。それぞれ戦前の下馬評を覆して、あと一歩の所まで相手を追い詰めた。試合終了の直前までリードしていたこともある。しかし、最後には地力の差を見せつけられた。「よく頑張った」「素晴らしい戦い振りだった」と僕もこのコラムで書き連ねてきたが、同時に「なぜこの試合を勝ちきれないのか」という悔しい思いを捨て去ることができなかった。
 早い話が「よくやった」「いい試合だった」というだけでは、辛抱できない。今年こそ勝ってくれ、君たちなら勝てる、という渇望にも似た心理状態に陥っているのである。
 実際、今年の山岸軍団は素晴らしい。負傷者がいても、試合が思い通りに進まなくても、選手は一切言い訳せず、ひたすら前を向いて取り組んできた。その精進、鍛錬の軌跡は、関西リーグの後半、関西大以降の戦い振りが証明している。素晴らしいタレントを揃えた立命館を相手に2度の戦いを制し、早稲田の奇襲策にも対応して学生日本1になったことは伊達ではない。甲子園ボウル以降の成長ぶりも、過去のチームに勝ることはあっても劣ることはない。
 しかし、本当の勝負はこれからだ。社会人の強豪を相手に、自分たちの持っている力をすべて出し切れるか。一対一の戦いで勝負出来るか、一つ一つのプレーを思い通りにフィニッシュできるか。そこが問われてくる。
 いくら素晴らしいパスを投げても、受ける方がそれをはじき出されれば、それで勝負は終わり。いくらOLが走路を空けても、ボールキャリアがそこに突っ込むタイミングを違えれば、陣地は進まない。攻撃が何とか得点を重ねても、守備が持ちこたえられなければ勝てない。逆に、守備がことごとく相手を食い止めても、攻撃が振るわなければ負ける。
 15分クオーターの消耗戦をどのように支配し、相手の隙を突いて一瞬の刃を振るえるか。そこでもフィニッシュが問われる。
 相手には、強力な外国人選手に加えて、これまでの先輩たちが散々苦しめられてきた立命など関西学生リーグ出身のメンバーも少なくない。そうしたメンバーを相手に、出場する選手すべてが怖めず臆せず戦いを挑み、一対一の勝負に勝つことができるか。求められるプレーを試合終了の笛が鳴るまで貫徹できるか。
 勝負の綾は奇襲作戦を立てることにあるのではない。それをフィニッシュにまで持っていくこと、そのための泥臭いプレーに、すべての選手がこだわり続けることにかかっている。
 鮮やかな勝利は要らない。泥臭くても、見栄えはよくなくてもいい。グラウンドに立つすべての選手がそれぞれの職分を尽くして勝負して欲しい。その勝負に勝って初めて、道は開ける。
 頑張ろう! 東京ドームを君たちの晴れ舞台にしようではないか。
 4年生の諸君! そしてそれを支え、時にはリードしてきた下級生諸君。その一端を見続けてきた人間の一人として、いまはひたすら諸君のフィニッシュを祈っている。
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2016年12月26日

(33)「職分」を尽くす

 江戸時代、安定した社会が260年も続いたのはなぜか。
 この問いに対して『逝きし世の面影』『江戸という幻形』などの著作で知られる渡辺京二さんが『無名の人生』(文春新書)で次のように解説しています。箇条書きにすれば、こんなことです。
 @人々が辛いことは軽く脇にそらしてやり過ごす術に長けていた。互いへの気遣いが浸透していたから、お互いが気持ちよく幸せになれた。
 A貧しい暮らしをしている人はもちろんいるけど、決してその暮らしは悲惨ではない。まじめに働けば自分の腕一本で食っていけた。
 B幕府の機構もある意味では民主的だった。士農工商という身分差別は厳格で窮屈だったといわれるが、実は見かけとは違ってかなり民主的な社会だった。
 C司法も公正だった。建前は厳格だったが、その裏では現実的な運用を心掛け、それなりの幅を持たせていた。
 D社会の秩序は、侍にしろ、百姓、町人にしろ、各個人がその社会のなかで持つ「役」が集積してできあがっている。人々はその「役」「職分」に社会的責任を感じており、それがその人にとっての「誇り」の感情だった。つまり「俺はこの職分でもって世の中を支えているのだぞ」という「誇り」のシステムが機能していた……。
 江戸時代の社会という主語をファイターズに置き換えれば、なぜファイターズが東西の強豪チームを相手に、勝ちを呼ぶ込むことができたのか、という理由が納得できると思います。そして、すべての構成員がそれぞれの「役」「職分」を果たすことで、社会人のトップに挑み、勝利を収める道筋も見えてくるのではないでしょうか。
 例えば、@にいう「辛いことを脇にそれしてやり過ごす」です。これを練習と置き換えて考えましょう。ファイターズの練習時間と休憩時間は厳密に管理され、選手を上達させることだけを目標に取り組まれています。コーチや上級生が憂さ晴らしや自己満足のために下級生を「痛めつける」ような練習は一切ありません。シーズン終盤のこの時期になっても、チームで取り組む時間は普段と同じです。チーム全員で取り組む時間は、休憩時間を入れても1時間半ほどです。無理な「根性練」で追い込んでも、マイナスに作用することはあってもプラスになることはない。それよりも、それぞれの部員が目的を共有し、一所懸命に取り組む方が効果が上がると、長い歴史を通じて確信しているからでしょう。
 Aでいえば、みんながみんな選手としての天分を持っている訳ではない。けれども、まじめにチームの活動に取り組めば、必ず自分の持ち味を生かせる場所があると理解すればどうでしょう。フットボールは攻守蹴のパートに分かれ、選手の交代も自由です。足が速い、当たりが強い、相手の動きをいち早く察知できるなど、何か一つ特徴を持ち、それを磨くことで活躍する場所が見つかります。それは選手に限りません。マネジャー、トレーナー、分析スタッフなど、自らの能力を生かす役割はいくつもあります。黒澤明の「7人の侍」に出てくる「その場にいるだけで場が和む人」の役割を果たすことも、立派な貢献です。
 Bは、ファイターズの特徴そのものです。戦後、チームが再スタートした当初から、時の主将が下級生に対して「みんな兄弟や。仲良くやろう」と呼び掛け、風通しのよいチームを作られたのは、よく知られた話です。その伝統はいまも引き継がれ、チームのためになると思えば、下級生が上級生にも厳しく注文を付けます。女子のマネジャーやトレーナーが「どう猛な」男子部員を叱り飛ばします。1年生部員が更衣室の入り口に張り紙をして、室内の整理整頓を呼び掛けた話は、2年前のこの時期、コラムに紹介しました。
 Cは指導者の対応と考えればどうでしょう。鳥内監督は常々「あいつらが勝ちたいというから、手伝っているだけ」といい、部員に「どんな人間になんねん」と問い掛けています。主役はあくまでも部員。その成長を指導者は脇から手助けすることが役割と心得ておられるからでしょう。もちろん、時には厳しい口調で部員をたしなめられることもあります。それは部員が全力を尽くしていないと見えたとき、あるいは浮ついた言動が見られるときなど、指導者としての責任から発せられる言葉です。
 コーチも同様です。誰もが驚く戦術を創造するだけではありません。試合のたびに頑張った選手に贈られる「プライズシール」が象徴するように、選手の貢献度を常に公平に温かく見守っています。指導者にその「職分」を果たすプロとしての創造力と公平な目があるから、選手もまた「明日も頑張ろう」という気持ちになるのでしょう。
 以上、長々と書いてきましたが、一番言いたいことはDにあるすべての部員がそれぞれの「役」「職分」に誇りを持ち、それを完遂する風土がこのチームには存在すると言うことです。先発メンバーも交代メンバーも、それぞれが全知全能を尽くして戦う。スカウトチームのメンバーもまた、試合に出る選手を鍛えるために、全力を尽くす。それもまたこのコラムで書いてきたことです。もちろん、マネジャーやトレーナー、分析スタッフの仕事、役割も必要不可欠です。それぞれがその「職分」に誇りを持ち、俺が日本一のチームを育てる、僕が相手チームを裸にする、ビデオの撮影なら誰にも負けない、と頑張るから、チームのモラルが高くなるのです。
 こうした@からDまでのトータルが立命との2度の力勝負に勝ち、早稲田の幻惑作戦を打ち破る原動力になったのです。ファイターズの戦い方に対して、巧妙な戦術とか試合巧者という表現がしばしば使われますが、そういう上っ面の話ではありません。
 そういう戦術を可能にする部員の精進、監督やコーチの指導力と分析力。そういうもろもろが積み重なった結果としての大学日本1です。大いに誇ればいいと思います。
 しかし、ここからが大切な点です。チームには社会人に勝って日本1、という目標があります。それをどう達成するのか。そこが勝負です。監督の「勝たなアカンねん。よくやった、だけではアカンねん」という言葉に、どう答えるか。本気の取り組みが試されます。
 幸い、残された時間はあります。気持ちを高めて練習に取り組み、勝つための戦術を仕上げて下さい。チームの全員がそれぞれの「職分」において、日本1の取り組みをして下さい。チーム全員のベクトルが一致したとき、化学反応が起きて「日本1」が両手を挙げて飛び込んでくるでしょう。
 健闘を祈ります。
posted by コラム「スタンドから」 at 12:53| Comment(0) | in 2016 season

2016年12月20日

(32)我慢する力

 甲子園ボウルでは初めてまみえる早稲田大学を相手に、ファイターズは堂々の勝利を収めた。31−14。終わって見れば、ダブルスコアである。
 しかしながら、現場で見ている限り、双方の力量に得点差ほどの開きがあったとは到底思えなかった。とりわけ前半は、早稲田の変幻自在な攻撃と思い切った守備体系に幻惑され、振り回された。ひとつ展開が変われば、早稲田の攻撃陣に存分に攻められるのではないかという予感さえした。
 立ち上がりのファイターズの攻撃がその予感に輪をかけた。RB高松のリターンで自陣26ヤードから始まったこのシリーズ。いきなりQB伊豆からWR池永へ30ヤードのパスがヒット。続いてRB野々垣と橋本が確実にヤードを稼ぎ、残る1ヤードは伊豆からWR前田へのパス。17ヤードを稼いで一気に相手ゴール前23ヤード。
 ここまでは順風満帆、計算通りだったが、そこからが攻めきれない。先日の立命戦と同様、FGで3点を狙いにいったが、それが外れてまさかの無得点。前途多難という不安が漂う。
 迎えた早稲田の攻撃。第3ダウンロングの状況で簡単にパスを通され、簡単にダウン更新。前途に不安がよぎる。
 しかしここはLB松本のタックル、CB小椋のパスカットでなんとか相手をパントに追いやり、再び自陣35ヤードからファイターズの攻撃。ここはWR前田と亀山へのパスを立て続けに4本成功させ、RB橋本の中央ダイブ、再び前田へのパスと続けて3度ダウンを更新。仕上げはゴール前11ヤードから伊豆が左オフタックルを抜けてTD。西岡のキックも決まって7−0とリードした。
 これで一安心、と思う間もなくいきなり相手に37ヤードの縦パスを決められてゴール前33ヤード。そこから短いパスを立て続けに決められ、QBのスクランブルにも振り回されて、あっという間にゴール前4ヤード。次のプレーで中央を割られてTD。たちまち同点に追いつかれる。
 やっかいな相手とは聞いていたけど、たしかにその通りである。パスが自在に投げられるQBと走力のある二人のRB。それを自在に使い分けて攻め込んでくる早稲田の攻撃をどう止めるか、対応策はあるのか。スタンドから観戦していても気が気ではない。
 そういう嫌な雰囲気を突破してくれたのがDLの中央に立ちはだかる松本と藤木。とりわけ松本は120キロの巨体からは想像できないスピードで再三相手OLを突破し、QBに襲いかかる。たまらずパスを投げ捨てたが、それが反則とされ、相手の攻撃が続かない。
 ファイターズもDLが一人、残りの10人がLBとDBの位置に並ぶ変則的な相手守備陣に幻惑され、攻撃が続かない。双方ともにパントを蹴り合う状況だったが、その膠着状態を破ったのがRB橋本。自陣29ヤードからの攻撃で一気に36ヤードを走り、相手陣35ヤード。ここから野々垣のラン、伊豆のスクランブルなどで陣地を進め、残る6ヤードをRB加藤が走り切ってTD。まるで先日の立命戦の勝負を決めたTDと同じようなコースを駆け抜ける会心のプレーだった。
 これで息を吹き返したファイターズは、次のキックを相手陣奥に蹴り込む。それをキャッチした相手リターナーが左を走るもう一人のリターナーにそのボールをパスしたが、それが不正な前パスと判定され、早稲田の攻撃は自陣9ヤードから。そこからの第一プレーでDL松本が中央を割って相手QBに襲いかかる。慌ててパスしたボールがすっぽりLB山本の胸に入り、そのままゴールまで9ヤードを走り込んで見事なインターセプトリターンTD。ファイターズが21−7とリードして前半を折り返す。
 それでも早稲田はひるまない。後半の第一シリーズでTDを決め、21−14と追い上げる。こうなると、リードしている方が逆に苦しい。その苦しい場面をファイターズは伊豆の相手陣深くまでのパントでしのぎ、松本を中心としたDL陣が相手QBに圧力をかけ続けて持ちこたえる。膠着状態の中で4Q3分48秒という微妙な時間帯で西岡の21ヤードFGが決まって10点差。
 そうなると守備陣の動きはさらによくなるDE三笠のQBサック、DB小池のインターセプトとたたみかけ、仕上げは野々垣がオフタックルを抜けて21ヤードのTD。相手の反撃も、今度はCB小椋のインターセプトで断ち切ってしまう。最後はけがなどで戦列を離れていた4年生を大量に投入し、喜びのニーダウン。終わって見れば完勝だった。
 しかし、このように得点経過を記しているだけでも、勝利の女神はファイターズにほほえんだかと思うと、今度は早稲田に愛想を振りまく。その繰り返しの中で、勝敗を分けたのは何か。僕は我慢する力において、ファイターズに一日の長があったとにらんでいる。
 それを証明する場面ならいくらでも挙げることができる。例えば、DL松本や藤木が何度も相手ラインを割って相手QBに襲いかかった場面。相手QBがたまらずパスを投げ出す場面が相次ぎ、反則と判定されても仕方なさそうな場面もあったが、判定は単なるパス失敗。それでも腐らず、我慢強く中央を突破し、QBに圧力をかけ続けた。
 それが直接的には相手の攻撃を抑え、間接的にはQBの投げ急ぎを誘って3本のインターセプトにつながった。
 逆に伊豆は、そういう場面でも決して焦らず、我慢のプレーに徹していた。危険な場面では決して投げず、ぐっとこらえて自ら走り、陣地を進める。陣地は進まなくても、ボールを奪われることだけは絶対に避ける。その我慢が結局は仲間の好走、魂のダイブにつながり、ダウンを更新して新たな攻撃、新たな得点に結びつけた。
 ファイターズ側からいえば、リードしている強みを生かしたことになるし、相手側からいえば、追わなければならない焦りがミスにつながったともいえよう。
 甲子園ボウルのような大きな試合では、追う方も追われる方もともに苦しい。その苦しい状況で、どちらが辛抱できるか、我慢できるかという点に勝負の綾がある。
 双方の力を比較すれば、互いに攻守ともに持ち味、決めてがあった。それを存分に発揮した方が勝利に一歩近づくと、僕は試合前から考えていた。その見方は、試合が終わったいまも変わっていない。
 裏返せば、相手の決め手を封じるためにチームの全員がどこまで献身できるか、難しい局面でイチかバチかのプレーに走らず、どこまで我慢するかで勝負が決まるということである。試合展開とその結果からいえば、我慢する力において、ファイターズに一日の長があったということだろう。
 似たようなことを試合後のインタビューで主将の山岸君も言っている。次のような言葉である。関学スポーツから引用させていただこう。
 「勝負所でスペシャルプレーにやられる時もあったが、我慢したい時間帯は我慢できた。いつもピンチの時に回ってくるのがディフェンスチームの役割といってきたので、慌てず対処出来たと思う」
 その通りである。3万5千人の観衆に見守られ、日本1の座をかけた試合。アドレナリンが出まくる大舞台で、攻守のメンバー全員が、我慢するところで我慢し、相手の一瞬の隙を突いて刀を一閃させたというのが今年の甲子園ボウルではないか。そういう我慢する力を身に付け、ここ一番で発揮できたことを、人は成長と呼ぶ。
posted by コラム「スタンドから」 at 09:34| Comment(1) | in 2016 season

2016年12月14日

(31)GO! FIGHTERS!

 先週末、第三フィールドで練習の始まる前に、4年生DLの元原君と少しばかり立ち話をした。次のような会話である。
 「立命戦すごかったな。感動したよ」
 「みんなよく頑張ってくれました。オフェンスとディフェンスが互いに信頼して、100%の力を出してくれました。やっとチームが一つになったという実感があります」
 「本当に、シーズンの前半はどうなることかと思う試合ばかり。下位のチーム相手に、全然エエとこなかったからな」
 「神戸大戦あたりが最悪でした。これではアカン、とにかく練習から全力でやろうと僕自身も気合いを入れました」
 「たしかに君や堀川君が練習台になって、OLの当たりを真っ向から受け止めてくれたから、日に日にOLが強くなった。負傷者も復帰し、試合でも力を発揮できるようになった。攻める形ができてきたから、攻撃にリズムが出て、それが守備にもいい影響を及ぼしたということかな」
 「それにしても、この時季に目標を持って練習出来るっていいですね。去年はもうシーズンが終わってましたから」
 「そうそう。君らは選ばれたチームや。関西のライバルたちの悔しい思いを背負って全力で戦うことが義務や。去年の悔しさを思い出したら、どんな練習だって苦しくない。ワクワクする気持ちで練習に取り組み、もう一段も二段も力を付けてくれ」
 「はい。頑張ります」
 元原君は関西大倉高校時代はLBで主将を務めていた。期待されて入部したが、度重なるけがやポジションの変更で、なかなか試合で活躍する場面がなく、4年生になっても練習前の早い時間からグラウンドに降り、OLの練習台を務めるのが日課のようになっていた。それでも腐らず、Vの選手を相手に体を張って練習相手を務めてくれた。Vチームの一員となったいまもずっと、その役割を務めてくれている。
 同じポジションの堀川君も同様だ。彼は189センチ、120キロという巨体で、正面からのぶつかり合いでは誰にも負けない、と自負している。確かに、真っ向から当たれば、めちゃめちゃ強い。最近は試合に出る機会が増えたが、それでも練習時には1本目のOLたちを相手に練習台を務め、その特徴を生かして激しく当たりあっている。
 こうした選手は、ほかのポジションにも何人もいる。例えば、ランニングバックの松本直樹君もその一人。毎日毎日、スタメンで出るDBやLBを相手に練習台を務めている。体は小さいが、繰り返し繰り返し素早いスタートを切り、絶妙のカットバックでDBやLBを振り回している。その動きを見ていると、どうしてこれだけ動ける選手が試合に出してもらえないのか、そこまでRBの層が厚くなってきたのか、と思うほどだ。
 同様のことは4年生WRの水野君や細川君についてもいえる。彼らとはほとんど話したことはないけれども、いつも試合前の練習には先頭を切って現れ、同じく早出してきたQB伊豆君を相手にパスキャッチの練習をしている。二人は僕の授業に参加しているメンバーでもあり、先日の小論文では「試合で貢献する機会は少ないかもしれないが、いつも誰よりも早く練習を始め、熱心に取り組む姿を見せることで、後輩たちの模範になることを心掛けている」という意味のことを書いていた。
 こういう部員が攻守ともに何人も存在し、チームを支えているのがファイターズである。彼らが体を張って練習台になり、もっと強く当たれ、もっと素早く動け、と仲間を鍛えに鍛えているからこそ、試合に出る選手は本番でも活躍できるのである。口で言うだけでなく体を張って本物の当たりを教え、見たこともないようなカットバックを見せる。早くからグラウンドに出て、後輩たちに手本を見せる。その繰り返しがあって初めて、試合で力を発揮できる選手が育っていくのである。
 ローマは一日にして成らず、ファイターズも1日にして成らずである。
 そういう練習を師走も半ばになって続けることができる。甲子園ボウルで勝つ、社会人を相手に勝つという、明確な目標を持って取り組む練習。元原君が「この時季も、目標を持った練習ができることがうれしい」という意味はそこにある。
 いよいよ甲子園ボウル。キックオフは18日午後1時5分。ここで一番、練習の成果を披露してくれ。山岸主将が立命戦の後、インタビューでいっていた。「僕たちの目標は日本1ですから」と。日ごろの練習を信じ、立命戦の激闘を支えにして、東の代表を打ち破ってくれ。
 GO! FIGHTERS!
 Fight Hard!
posted by コラム「スタンドから」 at 12:54| Comment(2) | in 2016 season

2016年12月05日

(30)魂のフットボール

 長い間、ファイターズの試合を見てきたが、今日のように力の入った試合はそんなにない。終わって見れば26−17。ファイターズが順当に勝利したように見えるが、とてもとても、そんなに力量差がある試合ではなかった。一つ間違えば、逆の結果が出ていたかもしれないほどの緊迫した勝負であり、敗れた立命館の強さを存分に見せつけられた。
 しかしながらファイターズの諸君は、その強力なチームを相手に一歩も引かずに勝ちきった。オフェンスといわず、ディフェンスといわず、出場したメンバー全員が根性の座ったプレーを展開。文字通り「魂のフットボール」を披露してくれた。
 それを象徴するのが第4Qの半ば、自陣2ヤードから始まったファイターズの攻撃である。前半を20−0で折り返しながら、後半の立ち上がり、相手の思いきった攻めで立て続けに2本のTDを奪われて20−14。さらに第4Qの初めにはフィールドゴールをたたみかけられ20−17。完全に相手にモメンタムが傾き、ファイターズは防戦一方。守備陣がなんとか相手の攻撃を食い止めたものの、ボールは自陣2ヤード。残り時間は6分40秒。
 ここを切り抜けない限り、ファイターズの展望は開けない。しかし、焦って無理なプレーをしてボールを奪われたら、一気に逆転、もしくはFGで同点の場面である。
 流れは完全に相手に移っている。さて、どうするか。
 固唾をのんで見守る場面だったが、ファイターズベンチが選択したのは、QB伊豆からWR松井への縦パス。それが決まって一気に30ヤードをゲインし、局面を切り開く。よくぞこのプレーをコールした、よくぞ投げた、よくぞキャッチした。思わず、そんな感慨がこみ上げた。
 場内の興奮がさめやらぬ中、RB橋本が中央のラン、野々垣へのショベルパスでダウンを更新。守備陣のマークがRBに集まったところで、今度は伊豆がプレーアクションからのキープで一気に16ヤードを前進、相手陣42ヤードに進む。
 残り時間は5分24秒。時間を消費しながら局面を進めたいファイターズはランプレー中心の攻撃だし、相手守備陣もそれを予測して備えている。それでもファイターズが選択したのはRBを徹底的に走らせること。野々垣のランで5ヤード、TE三木へのスクリーンパスで4ヤード、RB山本のランでダウンを更新。続けて野々垣がオフタックルを抜けて11ヤード。さらには伊豆のQBドロー、橋本のカウンターで9ヤードを進め、残りの1ヤードは橋本のダイブ。気がつけば相手ゴール前10ヤードまで進んでいる。
 残り時間は1分41秒。ここでも野々垣が中央を突いて4ヤード、残る6ヤードをRB加藤が左オフタックルを駆け上がってTD。決定的な6点をもぎ取った。
 自陣2ヤードから始まった14回の攻撃。最初の1本こそ松井への意表を突いたパスだったが、後の13回はOLとレシーバー陣が愚直に相手を押し続けて走路を開き、RBやTEが骨をきしませてもぎ取った陣地であり、TDである。まさに「魂のフットボール」と呼ぶにふさわしい内容だった。
 もちろん、この日の勝利は攻撃陣の手柄だけではない。その前に、この前の試合に引き続いて守備陣が大いに奮闘した。DLは松本、藤木を中心に中央のランプレーを阻止し、2列目の山岸、松本、松嶋はサイドから攻め込む相手ランナーを一発で仕留める。3列目も負けてはいない。小椋、岡本、小池を中心に的確なタックルとパスカバーで全く相手を進ませない。テレビ中継の情報では、前半のスタッツがランはマイナス2ヤード、パスが12ヤード。トータルで10ヤードしか進ませず、得点はもちろん、ダウンの更新さえ許さなかったのだから、その奮闘はいくら称えても称えきれない。
 しかし、それでも昨年も王者立命は、そのままで終わるようなヤワなチームではなかった。後半、怒濤のような攻めで立て続けに17点をもぎ取り、一気に流れを引き寄せてしまった。そうなると、守備陣も奮起する。絶妙のインターセプトなどを盛り込んで、ファイターズに攻撃の糸口さえ与えない。
 ヤバイ!ここは踏ん張るしかない。そう思ったときに4年生の山岸や岡本、そして3年生の小椋らが魂のタックルを見せて、決定的なチャンスを相手に与えない。
 その辛抱が最後に実った。最初に紹介した通り、ようやく攻撃権を獲得したオフェンス陣が自陣2ヤードからのシリーズを文字通り体を張り、骨をきしませた攻撃で得点に結びつけたのである。
 見たこともないほど力の入った試合という理由はここにある。関学スポーツの速報によると、試合後のインタビューで鳥内監督が「選手が腹をくくってやってくれた。それを最後まで示してくれた。きわどい場面でも押し負けなかったのが勝因」と語られたそうだが、なるほどと思った。
 いつもは辛口の監督にここまでいわせるチームはそうそうあることではない。それだけ全員が最後まで目の前の強敵に必死懸命に向かっていったということだろう。この闘争心。そして粘り強さ。まさしく「Fight Hard」であり、魂のフットボールである。感動した。
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2016年11月29日

(29)練習また練習

 毎年、この季節になると、週末の上ヶ原の第3フィールドには若手OBが顔を出し、練習台を務めてくれる。今年はなかなか姿が見えないなと思っていたら、先週末には東京からXリーグのリクシルで活躍しているQBの加藤翔平君、DLの平澤徹君(ともに2011年卒)、地元からエレコムのLB池田雄紀君(2014年卒)が来てくれた。
 3人とも社会人チームで日本代表クラスの活躍をしているバリバリの現役。防具を着けてグラウンドに降り、スカウトチームに混じってVチームの練習相手を務めてくれた。それぞれがつい先日まで、チームの主力メンバーとしてXリーグで激戦を繰り広げていただけに、見ていてもほれぼれするような動きである。
 ディフェンスエンドに入った平澤君は簡単にVチームのOL陣を突破し、平然とQBの目の前に立っている。池田君はJVチームの要として、VチームのRBを自由に走らせない。加藤君になると、まるで異次元のQBである。体がデカイし遠投力がある。ランプレーで発進すれば、一気にTDまで持っていく突進力もある。JVチームのQBとは3段階から5段階上のレベルである。
 3人が3人とも、今季対戦したどのチームにもいないレベルの選手であり、Vチームのメンバーにとっては、上には上がいる、というのが正直な感想だったのではないか。
 3人だけではない。昨年度の主将でアシスタントコーチを務めている橋本君は毎日、グラウンドに顔を出し、OLの練習台を務めている。自身が昨年まで引っ張ってきたチームだから、相手になる選手が成長しているかどうかの手応えは、体感で判断できる。その折々に気付いたことを身を以て指導し、1センチ単位で足の運びを注意する。
 同じくOLの江川君、FBの山崎君、WRの宮崎君、DBの瀧上君、MGRの重田君も連日のようにグラウンドに顔を出し、練習の補助を務めてくれる。それぞれが先輩風を吹かして威張るのではなく、丁寧に後輩たちを指導してくれるのが、ファイターズのよき伝統である。
 そういう練習を重ねて、甲子園ボウルまであと一歩の所までこぎ着けた。いよいよ今度の日曜日はその成果を発揮する立命戦である。
 先日の試合は、立ち上がりに見事なパス攻撃で先制し、相手の反撃を強力な守備陣がぎりぎりのところで抑えて勝つことができた。
 しかし、互いに一度、手の内をさらし、力量を見極めたうえで迎えるのが今度の試合である。それぞれが相手の弱点を突き、自分たちの強みを磨いて戦うことは目に見えている。その意味では、前回の戦い以降の2週間をどのように過ごしたか、試合までの残り時間をどう生かすかで勝敗の行方が決まる。11月20日の勝利は、その日限り。12月4日までの取り組みで、本当の勝敗が決する。
 そのための準備はできているか。傑出した先輩たちの胸を借りるのもその一つの方法だし、仲間内で互いに指摘し合い、厳しく求め合ってレベルアップを図るのも、重要である。何より大切なのは、自分自身の意識を高く持ち、目の前の相手に必ず勝つ、必ず倒すという責任感をもってことに当たることだ。
 そのためには、目の前の練習に全力を挙げて取り組むしかない。たとえ下級生のスカウトチームが相手でも、百発百中のプレーを自らに義務づけ、それを完遂する。たとえオールジャパン級の先輩が相手でも、一歩も引かない。自分たちのQBには一指も触れさせない。そういう強い気持ちをもって自らを奮い立たせるしかないのである。
 練習また練習。今この時季に、本気で勝つための練習をしている大学チームはほんの数校である。そういう練習が大切な仲間とともに続けられることの幸せに思いをはせよう。たとえハードな練習であっても、目の前に具体的な目標を描いて取り組めば、それは喜びに変わる。その喜びが人を成長させる。そういう練習ができる時間がまだ残されている。その時間を有効に使い、プレーの精度を高め、気力を充実させてもらいたい。
 締めくくりに、先週、練習相手を務めてくれた池田君に確かめた話を一つ披露したい。彼は今季、学生時代から慣れ親しんだ1番の背番号に代え、14番を背負ってプレーした。どうしてか、と思った瞬間、思い当たることがあった。14番は、同期の大森君が学生時代に背負っていた番号である。
 「そうか。がんとの戦いに挑んでいる病床の友人を励ますために、その14番を背負ったのか」と思い当たった僕は、池田君の顔を見たときにまずそのことを確かめた。
 「そうです。同期の大森が苦しい戦いをしている。ならば僕も、その戦いを背負ってやる。そう思って背番号を変更したのです」
 その返事を聞いた時、何とも表現しようのない感動が走った。これがファイターズだ、同じ釜の飯を食い、同じグラウンドで汗を流し、死にものぐるいの練習をした仲間だ、そう思うと、思わず涙がにじんできた。
 そういう仲間を作れるのも、グラウンドでは互いに厳しく求め合い、試合では結束して強敵に立ち向かってきた場面を共有しているからである。ファイターズの諸君も、残る試合でそういう場面を共有し、仲間との絆を固くして巣立ってほしい。そのための時間はまだ残されている。練習また練習である。
posted by コラム「スタンドから」 at 08:36| Comment(3) | in 2016 season

2016年11月22日

(28)これぞ「Fight Hard」

 まさにチームが一体となって「Fight Hard」を体現した試合だった。
 攻めてはラインが一枚の板になってQBを守り、RBに走路を開く。WRはどんな球でも捕ってやるという気迫を体全体で表し、QBは投げ、走り、身を投げ出して相手をブロックする。
 守備はさらにハードである。一列目、中央の松本が核となって相手の動きを制御し、2列目は果敢にボールキャリアに襲いかかる。3列目は鋭い動きでそれをフォローし、能力の高い相手キャリアに仕事をさせない。シーズンも中盤まで、試合ごとに課題が指摘されていたキッキングチームも、この日は冷静にボールをコントロールし続けた。
 関西リーグの雌雄を決する立命戦。試合前の下馬評は、大半が相手有利。攻守とも学生界では一歩抜きんでた力を持つやっかいな相手に、ファイターズの諸君がどこまで気持ちを込めて戦うか、チームの全員が相補い、助け合って試合に挑めるかが勝負のポイントだった。試合の前夜から、選手一人一人の顔を思い浮かべ、明日はとにかく闘志を表に出して戦え、激しく戦ってくれと祈るような気持ちだった。
 ファイターズのレシーブで試合開始。相手のキックがサイドラインを割り、自陣35ヤードから攻撃が始まる。最初はRB野々垣のラン、2度目もランプレーだったが、相手の鋭い守りにほとんど前に進めない。予想通りの苦しいスタートだったが、3プレー目、QB伊豆からWR前田に24ヤードのパスがヒット、一気に相手陣41ヤードに攻め込む。相手守備陣の寄りつきが早く、見た目にはパスが通る状況ではなかったが、伊豆が果敢に投げ、前田が信じられないような身のこなしでそのボールを確保する。
 続いて伊豆のキープで4ヤード、RB橋本の中央突破で7ヤードを稼いでダウン更新し、ゴール前30ヤード。ここで伊豆からWR松井への長いパスが通り、一気にTD。試合開始から2分1秒で待望の先取点を手にした。
 こうなると、守備陣も盛り上がる。次の相手攻撃を山岸、安田の鋭い動きで3&アウトに退ける。
 しかし、相手オフェンスには昨年、存分に走り回られたRBも抜群のスピードを誇る3人のレシーバーもいる。一瞬たりとも気の抜けない展開が続くが、松本、藤木、三笠を並べたDL陣が中央のランプレーをことごとく制圧し、山岸、松本、安田、松嶋のLB陣と岡本、小池、小椋、横澤のDB陣が抜群の反応で決定的な好機を作らせない。
 膠着したままの試合展開を破ったのは主将山岸。第2Qの半ば、自陣25ヤード付近で相手ボールキャリアに激しいタックルを見舞ってボールをはじき出し、それを松嶋がカバーしてターンオーバー。最低でもフィールドゴールの3点を覚悟しなければならない状況で飛び出した値千金のタックルでありカバーである。
 このプレーに、今度は攻撃陣が奮起する。RB山口、橋本のランとWR前田、亀山、松井、池永へのパスを組合わせてダウンの更新を重ね、ついにゴール前まで3ヤード。昨年は、ここからの攻めをことごとく跳ね返されたが、今年は違う。橋本が見事に中央のダイブプレーを決めてTD。待望の追加点である。ファイターズが先制した後、次にどちらが点を取るかで勝負が決まると読んでいた僕にとっては、本当に、本当に欲しかった追加点である。ベンチはもちろん、スタンドを満員にしたファイターズファンの思いを乗せたエースRBのダイブであった。
 この場面の写真がチームのホームページでもアップされている。それを注意深く眺めてほしい。OL陣全員が身を挺して相手守備陣を押し込み、橋本の飛び込むスペースを確保していることが鮮明に写し出されている。これが2016年ファイターズの「Fight Hard」を象徴する場面である。
 後半もファイターズの守りは堅い。一列目の藤木や三笠が素早いラッシュで相手バックに襲いかかり、小池がナイスタックルを決める。これに攻撃陣が呼応する。3Qに入って2度目の攻撃シリーズは自陣20ヤードから。まずは、伊豆の素早いランで陣地を進め、次は池永へのリバースプレー。それが見事に決まって69ヤードのTD。走り切った池永も素晴らしかったが、相手守備陣を渾身のブロックで倒した伊豆、スピードに乗って走路を開いた松井らのブロックもお見事。まさに攻撃陣が一丸となって獲得した追加点だった。
 このように試合を振り返ってみれば、攻守ともにグラウンドに立つ11人の選手が一丸となって戦っている場面ばかりが目に浮かぶ。今季では初めてのことであり、ここまで気迫のこもった試合を見たのも今季では初めてのことだ。
 チームは全員で「Fight Hard」を体現し、見事に関西リーグを制覇した。しかし、今季は甲子園ボウルへの出場権をかけた試合が12月4日に予定されている。それに勝たないことには、話は前に進まない。
 その試合は間違いなく立命との再戦になる。
 この試合こそが本当の決戦である。相手は捨て身になって挑んでくるだろう。まったく異なる相手と闘うと考えた方がいい。ひょとしたらもともと2試合目に焦点を絞っている可能性すらある。勝ったイメージを捨て去って挑戦者に徹しなければ逆の結果になることだってあるのだ。
 もう一度、昨年の敗戦の原点に立ち返って再戦に向けた準備をしてほしい。勝っておごらず、ひたすら練習
に励むことから活路は開ける。甲子園ボウルまでもう1試合。悔いなく戦うために汗を流してもらいたい。
posted by コラム「スタンドから」 at 14:57| Comment(3) | in 2016 season

2016年11月16日

(27)Fight Hard

 関西リーグ最終戦、立命との戦いを前に、今年のイヤーブックにある山岸主将の言葉をあらためて読み返した。一字一字が意味するものを、上ヶ原のグラウンドで彼が見せる行動、言葉、日ごろのたたずまいに重ね合わせていると、言葉にはならない熱いものがこみ上げてきた。
 練習の邪魔になってはいけないので、グラウンドの内外で交わす言葉は少ないけれど、彼の主将としての心構え、取り組み、行動をずっと見守ってきた人間の一人として、彼が問い掛けている言葉がそのまま胸に突き刺さってくる。
 全文をそのまま引用して、今回のコラムに代えたいぐらいだといえば、いまの僕の気持ちが分かってもらえるだろうか。
 彼はその文章で「どうすれば彼らとの差は埋まるのか」「自分たちはいま何をするべきなのか」と自らに問い掛け、次のように答えている。
 ……常に自分自身に問い掛ける中で、勝つために自分たちが決めたことをやり続けるしかないと考えた。トレーニング、ミーティング、練習。すべてにおいて昨年以上の意識で自分の気持ちを前面に出して取り組まなければ、今年も勝つことはできない。その思いから“Fight Hard”というスローガンを掲げた。
 ファイターズの部歌「Fight On,Kwansei」の歌詞に“Fight hard so we will win the game.”という一節があり、勝つために激しく懸命に戦うことが示されている。
 スローガンを決めるうえで、歴史ある部歌から貴重な言葉を引用した。
 勝つために戦うのは、試合の時だけではない。戦いの日が来るまで“Fight Hard”し続ける。つまりは毎日が勝負であり、毎日が勝つための1日である。
 何事においても、どんな場面においても勝つために“Fight Hard”することを、私が一番体現する。そしてチーム全員が“Fight Hard”を体現したときに、日本1への道が開けると信じている……。
 そして、最後に「ファイターズにいれば何か与えられるのではない。自分から“何か”を掴みに一歩踏み出しでほしい」と仲間に呼び掛け、「主将の私が常にこれで勝てるかを自問自答し“Fight Hard”を体現していきたい」と結んでいる。
 気持ちのこもった文章である。いま、決戦を前に読み返すと、なおさら一言一句が胸に迫ってくる。
 振り返れば、この20年、立命館とはどの学年も死闘を繰り返してきた。京大を含めて3者がそれぞれ1敗して3校が優勝し、甲子園ボウル出場決定戦で苦い汁を飲まされた1996年。関大、立命、関学が同率優勝し、甲子園ボウル出場権を競った2010年。せっかく本番の関西リーグで立命を倒しながら、京大に足下をすくわれ、優勝決定戦で再び立命と対戦。タイブレーク、それも延長戦となって敗れた2004年の例もある。2013年は両者ともに一歩も譲らず、0−0で引き分けている。
 蛇足を承知で付け加えれば、この0−0の試合で値千金のインターセプトを決めたのがDBの大森優斗君。いま、がんとの厳しい戦いのさなかにあることを公表し、朝日新聞のネットで紹介されて、大きな反響を呼んでいる主人公である。その記事を書いた大西史恭記者は、キッカーとして2007年の甲子園ボウル制覇に貢献した。
 もう一つ蛇足を加えれば、その大西君が在学中の4年間、立命との試合はすべて3点差以内で勝敗を分けている。2004年が30−28(甲子園代表決定戦は先に述べたように14−14で延長タイブレーク)、05年は15−17、06年は16−14。そして4年生の07年は31−28。フィールドゴールでの3点、PATでの1点を獲得することを義務づけられたキッカーの役割の重要性とその責任の重さを卒業文集で綴っていたことを思い出す。
 数えて見れば、21世紀に入ってからの15年間で、7点以内、つまり1TDとPAT1本の差以内で勝敗が分かれた試合が9シーズン、10回もある。その結果は関学からみて4勝5敗1分。両者が心技体すべてをかけてぶつかり、互いに一歩も譲らずに戦った結果である。
 逆に言えば、この相手を倒さない限り、甲子園ボウルへの道もライスボウルへの道も開かれないということである。
 その相手に、昨年は苦汁を飲まされた。山岸主将のいう「人生で一番の悔しさと自分自身の無力さを嫌と言うほど味わった」勝負である。
 以来、360日余。チームはこの相手を常に意識して、取り組んできた。その結果が問われる試合が目前に控えている。
 11月20日、万博記念競技場。1980年代後半、京大が全盛期にあり、毎年のようにファイターズと最終決戦を繰り広げた舞台である。そこでファイターズはどう戦うか。
 山岸主将の言葉にある通り、チームの全員が“Fight Hard”を体現するときである。全員が激しく、懸命に戦ってほしい。その向こうに勝利がある。
posted by コラム「スタンドから」 at 08:46| Comment(2) | in 2016 season

2016年11月09日

(26)キーワードは忠実

 関西リーグ第6節の相手は京大。ファイターズに対しては毎年、特別の思いをもって挑んでくる難敵である。それは、現役の選手だけではなく、それ以上に監督やコーチが骨身にしみて承知のことである。
 振り返れば、小野ディレクターが終盤、TD2本の差を付けられた場面で、びっこを引きながら登場。激しく追い上げながらも、あと数インチが届かずに敗れた試合。満員の西宮スタジアムで関学有利の下馬評を覆されたのは、神田コーチが4年生、大村コーチ、大寺コーチが3年生の時。野原コーチの代は2年生の時、せっかく全盛期の立命を打ち倒しながら、次の試合で京大に足下をすくわれ、甲子園ボウル出場を逃している。
 この40年、常にファイターズの前に立ちはだかり、知恵をしぼり、根性を入れて挑戦してきたギャングスターズは、今年も健在だった。それは、第1シリーズ最初の攻撃が象徴している。京大陣21ヤードから始まったこのシリーズを京大はランとパスを巧妙に混ぜながらじりじりと陣地を進めた。50ヤードを越えたあたりで、ファイターズ守備陣が一度は食い止めそうになったが、急所で2度も反則が発生。結局は先制のTDにまで結び付けられた。キックも決まって0−7。
 7点差を付けられてのスタートとなったせいか、ファイターズ最初のシリーズはラインとQBの呼吸が合わない。伊豆からWR前田へのパスで5ヤードを進めただけで、簡単に攻撃権を相手に渡してしまった。
 「やばいぞ、これは。相手はかさにかかってくる。こちらは焦ってくる」。思わず心配した場面だったが、ここは守備陣が踏ん張って3&アウトに抑え、再びファイターズの攻撃。今度は伊豆からWR松井へのパス、RB橋本のランでダウンを更新。TE杉山へのパスで陣地を進めた後、RB山口がするすると中央を抜けてTD。K西岡のキックも決まって同点に追いつく。
 こうなると守備陣も落ち着く。松本、藤木、安田、三笠で固めた一列目と山岸、松本、松嶋のLB陣が奮起して中央のランプレーを完封。即座に攻撃権を取り戻す。自陣30ヤード第3ダウンロングという状況で、今度は伊豆から橋本へのショベルパスがヒット。ボールを受けた橋本が一気にエンドゾーンまで独走して70ヤードのTD。13−7とリードを奪う。
 次の京大の攻撃をDL三笠の14ヤードのQBサックなどで押さえ込んで攻守交代。今度はゴール前27ヤード付近で伊豆からヒッチパスを受けたWR池永が相手DBを振り切ってTD。20−7で前半終了。
 これでようやく試合が落ち着くかと思って迎えた後半。しかし、立ち上がりから不要な反則が相次ぎ、なかなかリズムに乗れない。しかし守備陣が奮起する。DB横澤が2度(反則で帳消しになったビンゴを含めると3度)のインターセプトを立て続けに決め、2度目のビンゴをリターンTDに仕上げて27−7。4Q開始直後には橋本が中央のダイブプレーを決めてダメを押した。
 終わってみれば34−7。得点だけを見ると、ファイターズの圧勝に見える。
 しかし、現場はそんなお気楽な雰囲気ではなかった。少なくとも京大の強さ、怖さをスタンドからではあるが、毎年のように見せつけられている僕としては、これで安心と思ったのは、TD数にして3本の差がついてからだった。
 そういう緊迫感のある試合。その中で僕がとりわけ注目したのは、攻守ともファイターズの選手がそれぞれの役割を忠実に果たしていたこと。ディフェンスではDLの松本、藤木らが真ん中を抑え、エンドからは三笠や安田が鋭い突っ込みを見せる。山岸を中心にしたLB陣と小椋、横澤らのDB陣がボールキャリアから目を離さず、鋭い集散を見せる。
 例えば横澤が2度目のインターセプトをリーターンTDに結び付けた場面。彼がパスを奪った瞬間に、逆サイドにいた小椋らが周囲に駆け寄り、完璧なブロックでゴールまで横澤が駆け上がるのを助けていた。
 攻撃陣も同様だ。1本目のTD、山口が中央を駆け抜けた場面では、OLが練習通りの忠実な動きで中央に走路を開いた。2本目、橋本が70ヤードを独走した場面でも、周囲を走っているのは、ファイターズの白いジャージばかり。OLの高橋らが巨体を揺すりながら橋本の後ろを固めて走っているのが印象的だった。
 日ごろの練習から、目の前のプレーに集中すると同時に、チャンスが到来した瞬間、新たに求められる役割を忠実に果たそうと努力してき成果がようやく出始めたということだろう。
 キーワードは忠実。オフェンスラインが自分たちのQBを守り、RBの走路を確保するのも、それぞれが決められた役割を忠実に果たすことであり、WRが相手守備陣のマークをかいくぐってパスをキャッチできるのも、それぞれが決められたルートを忠実に走り抜けているからである。攻守22人と交代メンバー、そしてキッキングチームの全員が、それぞれの場面でなすべきことを忠実に果たしたからこその勝利である。
 第7節。関西リーグの最終戦までは10日あまり。忠実な動きをさらに進化させ、難敵に立ちむかってもらいたい。それは先発で出るメンバーに限らない。というよりも、勝敗の鍵を握っているのは、交代メンバーの厚さにかかっている。
posted by コラム「スタンドから」 at 20:17| Comment(2) | in 2016 season

2016年11月01日

(25)本を読み、文章を綴る

 プロ野球の日本シリーズを制した日本ハムの選手育成について、10月30日付朝日新聞に興味深い記事が掲載された。「高卒育成 継承の5年間」という見出しで、自前で選手を育成する独自の仕組みを解説している。筆者は山下弘典記者。
 そこでは高校から入団した選手は5年間、大学・社会人からの入団選手は2年間、2軍の練習場に併設した選手寮に入寮を義務付け、読書習慣を身に付けさせる。外部から講師を招いて講義を受け、その感想文を必ず書かせるということなどが紹介されていた。
 読むことで思考力を養い、文章を綴ることで表現力を身に付けさせる。一見、野球とは関係のないことのように思えるが、そうではない。野球は相手があってこそ成り立つスポーツであり、仲間と協力しあって勝利をつかむ団体競技である。勝利のために何が必要かを考え、相手の投手、あるいは打者を攻略するために、どこに目を付ければよいかと知恵を巡らせる。胸を開いて仲間と考えを共有することも大切だし、自分の考えを適切な言葉で伝える能力も求められる。
 速い球を投げ、思い切りバットを振り回せばいいというだけでは、現代の野球界では通用しない。そうした技量を磨くと同時にシンキングベースボール、考える野球を一歩でも進めた者が勝利への道を歩める。それを裏付けたのが、高卒選手が主力を占め、大活躍した今季の日本ハム球団である。
 そういう記事を読みながら、まるでファイターズ(KGの方です。あちらは野球のファイターズ、こちらはフットボールのファイターズ。ファイターズと名乗ったのは、KGの方が少しだけ先輩であります。念のため)が目指している方向と同じじゃないか。いや、寮こそないが、ファイターズの方がはるか前から考えるフットボールを徹底し、知恵をしぼり、脳髄をからっぽにするまで考え抜いて強敵に挑んできたぞ、と思わず口にした。
 その考える力、表現する能力はどこから生まれるか。それは読書と思索。そして文章を綴ること。それを日課にし、誰かに見てもらい、褒めてもらうこと。これを生活習慣として取り入れることができれば、必ず人は成長する。例外はない。それは新聞記者として50年、その傍ら18年、大学や高校で文章表現の授業を担当してきた僕自身の体験を通して、自信を持って言い切れる。
 もちろん、ファイターズの諸君は大学生だから、日々の授業を通しても考える力、表現する力は手に入るだろう。しかし、なんと言っても手っ取り早いのは読書と日記。それを習慣にすることができれば、人は必ず成長する。精神的にもタフになり、相手の立場に立って考えることのできる懐の深さも身についてくる。
 フットボールは野球以上に考えるスポーツであり、野球以上にプレーヤー全員の協力が求められる競技である。一つ一つのプレーが審判の笛で区切られ、そのたびに考える時間が与えられる。野球と違って、選手の交代が自由だから、ベンチの監督やコーチとの意思疎通のよさも野球の比ではない。
 事前に相手のビデオを見て長所と弱点を探り、警戒するプレーヤーの動きを丸裸にすることも可能である。分析スタッフはその作業に全力を挙げ、その成果を丁寧なミーティングを通してチーム全体で共有する。あるいは毎年のようにコーチがアメリカに出掛け、チームに適した戦術を取り入れたり、シーズンオフのトレーニングを工夫したりするのも、考えるフットボールの一つの側面である。
 そういう工夫をファイターズは、ずっと続けている。高校を卒業してからの4年間を選手としての育成と同時に、人間としての力を鍛える場と位置づけ、「どんな男になんねん」と選手に問い続けているのである。
 そうした場所で自分の考えを仲間に分かりやすく伝える能力、あるいはそれを的確に聞き取る能力が磨かれる。それをもう一歩高めるのが読書と思索、文章表現である。僕はそれを理屈ではなく、新聞記者50年、文章表現指導18年の体験から確信している。
 ファイターズの監督やコーチが、授業に出席し、所定の単位を取得することを試合に出るための条件としているのも、こうした考え方の延長線上にあるのだろう。
 さて、今週末は京大との戦いだ。相手は毎年、考えに考え抜いたプレーを仕掛けてくる。過去の例から考えると、そのすべてを想定して対応するのは至難の業である。
 しかし、考えるフットボールには考えるフットボールで対抗すればよい。ファイターズ贔屓の立場からいえば、ファイターズの諸君には考える力にプラスした何かがある。それは仲間への信頼であり、仲間を奮い立たせる力である。普段から続けている「考える練習」を付け加えてもよい。
 そういう諸々をすべて結集して戦いに臨んでほしい。今は一戦必勝、これまでに蓄えた力のすべてを発揮する時である。
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2016年10月25日

(24)4年生の覚悟

 関大戦の後、古い友人から「関大戦は4年生の覚悟が伝わるいい試合。お見それしました」という短いメールが届いた。彼は僕が朝日新聞で大阪府警担当をしていた頃、互いに抜いた抜かれたと張り合ってきたライバル社のエース記者。もう35年以上の付き合いになるが「ファイターズ命」という共通の趣味もあって、電話するたびに話が弾む。
 メールが届いた後、目の前の仕事をほったらかして、しばしファイターズ談義を繰り広げた。
 確かに4年生だけでなくグラウンドに出ている選手全員の覚悟が伝わってくる試合だった。とりわけ、双方がガチンコで対決した立ち上がりの攻防は、見応え十分。まずはその部分を振り返って見よう。
 コイントスに勝った関大が後半のレシーブを選択して試合開始。関大のキックは自陣深く蹴り込まれ、ファイターズは自陣12ヤードの苦しい位置からの攻撃となった。
 まずはRB野々垣と橋本にボールを持たせて6ヤード。しかし、第3ダウン4ヤードという微妙な距離が残っている。さてどうするか、という場面でQB伊豆が魂の中央突破で8ヤードを稼ぎ、ダウン更新。ようやくパスができる位置まで陣地を進める。
 ここでWR池永がジェットモーションからボールを受けて3ヤード。相手守備に的を絞らせないまま、今度は伊豆からWR亀山への長いパス。第一ターゲットではなかったというが、忠実に自分のコースを走り切った亀山が確実にキャッチし、そのままゴールまで駆け込んで71ヤードのTD。西岡のキックも決まって7−0。
 自ら走って投げた伊豆も、最初に陣地を回復した野々垣、橋本、池永、冷静にキックを決めた西岡も4年生。TDパスをキャッチした亀山こそ3年生だが、自陣ゴール前でしっかり伊豆を守ったOLの主力も4年生。確かに4年生の覚悟が伝わる立ち上がりだった。
 代わって関大の最初の攻撃は相手陣33ヤードから。関西リーグのリーディングラッシャー、地村主将を中心に、中央のランプレーで攻めてきたが、ここはファイターズディフェンス陣の守りが堅く、3&アウトで攻守交代。しかし、相手のパントはファイターズ陣の奥深くまで蹴り込まれ、ファイターズは再び自陣14ヤードからの攻撃を強いられる。野々垣、橋本のランで5ヤードを回復したが、結局はパントに追い込まれる。しかし、ここで思わぬ出来事。ファイターズにスナップミスが出てセーフティーとなり、関大に2点を献上してしまう。
 せっかくのTDで挙げた7点差が5点差。おまけに続く関大の攻撃はハーフライン付近から。まずは相手のエースRBが中央を突破して12ヤード。一気に追い上げられそうな気配だったが、ここでDB小椋が起死回生のインターセプト。15ヤードほどリターンして攻撃権を奪い返す。
 そこから亀山へのパス、RB加藤や橋本、山本らのランで陣地を進め、ゴール前4ヤードまで前進。しかし、そこからが進まない。4度続けて中央のランプレーをコールしたが、ことごとく跳ね返されて攻守交代。このあたり、相手守備陣も強力。試合前に鳥内監督が「ゴール前までは進めても、そこからが難しい」と警戒されていた通りの展開である。
 ファイターズベンチにとって嫌な感じが漂う中、LB山岸を中心に守備陣が踏ん張る。何とか相手の攻撃をパントに追いやり、再びハーフライン付近からファイターズの攻撃。再び活路を開いたのが伊豆から亀山への30ヤードのパス。一気にゴール前20ヤード付近まで進む。ここで加藤がドロープレーで中央を抜け出し、一気にTD。2Q終了間際にも西岡が36ヤードのフィールドゴールを決め、前半を16−2で折り返した。
 後半は、相手が戦意を失ったのか、守りが淡泊になる。そこをついて伊豆のキーププレーでTD。4Qになると野々垣のラン、WR水野の29ヤードランでTDを重ね、終わって見れば37−2。相手を完封した守備陣と、パスとランを効果的に使って相手守備陣を翻弄した攻撃陣。双方のリズムが今季初めてかみ合って、何とか大きな山場を乗り切った。
 このように試合を振り返ってみると、名前の挙がった多くは4年生。ほかにも守りの中心になったDL松本、安田、DB岡本らも4年生。夏の合宿中にけがをして、しばらく戦列を離れていたDB小池も復帰してきた。攻撃陣でも、ラインの松井、高橋、藏野、清村らがはつらつとした動きを見せた。もちろん3年生も負けてはいない。相手守備陣の激しいタックルにも負けず確実にボールをキャッチした亀山や前田、OLを奮起させた井若。守備陣でもDL藤木、急きょLBとして出場した柴田、立ち上がりのピンチに見事なインターセプトを決めた小椋らが気迫のこもったプレーを見せてくれた。
 こうした総和が「覚悟の見えた試合」ということだろう。攻守ともに4年生が活躍し、チームが初めて結束できた試合といってもいい。
 しかし、シーズンはここからが本番である。関大に勝ったからといって優勝が決まったわけではない。困難な戦いの初戦に負けなかったというだけである。これからの京大、立命館との対戦を考えると、まだまだ詰めていかなければならない点が多い。それは試合後、少しばかり話を聞く機会のあった主将の山岸君も、主務でありキッキングチームの要でもある石井君も口を揃えていた。
 前半の苦しいせめぎ合いをしのいだことを自信とし、至らなかった点を克服して次なる試合につなげてもらいたい。目的を持った鍛錬こそが栄冠につながる道である。
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2016年10月20日

(23)戦わぬ先の準備

 天保11(1840)年、当時、11歳の吉田大二郎は、長州藩主、毛利慶親の前で山鹿素行の「武教全書」の一節を講じた。後に吉田松陰と名乗り、日本の歴史に名を残す少年は、藩主の前でも臆することなく、次のような内容の講義をしたという。
 「兵法に曰く、先ず勝ちて後に戦ふと。これは孫子軍形の篇に出てをれり。言ふ心は、敵に勝つ軍(いくさ)はいかようにして勝つかなれば、戦わぬ先にまず勝ちてをりて、その後に戦ふなり。それ故、百たび戦ひて百たび勝つなり。しかるを、軍の仕様おろかなれば、勝つべき道理をもわきまへず、負くべきわけをも知らず、何の了見もなしに先ず戦ふなり。これは戦を以て勝たんとするにてよろしからず、多くは敗るるものなり……」
 あえて注釈は不要だろう。戦いには、事前の準備が肝要。軍の準備も整えず、相手の長所、短所の研究もせず、とりあえず戦ってみよう、運がよければ勝てるだろう、というような了見ではよろしくない。それでは戦いの多くは敗れてしまう。そのように少年、吉田松陰は藩主の前で堂々と講義したのである。
 180年近く前の話だが、この言葉はフットボールの世界にもそのまま通用する。事前の準備が大切。相手の分析、それを受けた戦術の用意、加えて戦うメンバーの心身の備えに至るまで、戦う前に周到に準備しなさい。それができれば百戦百勝ですよ、といっているのである。
 今週末から関西リーグ上位校との決戦が始まる。関大、京大、立命と2週間おきに組まれた試合のスケジュールを眺めてみれば、余裕で戦える相手は一つもない。それぞれが永遠のライバルとして、本気で牙をむいてくる相手ばかりである。事前の準備を100%やり遂げたとしても、それでも実戦では想定外のことが相次ぐ。
 それは昨年の秋を振り返ってみれば、即座に理解出来る。京大戦では周到に準備された相手の戦略に振り回され、関大戦では点差こそ開いたが、前半は相手守備陣の激しい抵抗に苦しんだ。優勝を決める立命との戦いでは、伏兵ともいえる相手レシーバーに一発でリターンタッチダウンを決められた。ファイターズが誇る中央のランプレーも、十分に対策を練ってきた相手ディフェンスにことごとく封じられたしまった。その結果としての27−30。点差は3点だったが、相手の周到な準備に打ちのめされたという気持ちは、いまも心の片隅に残っている。
 こうした相手との戦いが1週間おきに続く。リーグ戦前半のような戦いでは、前途が思いやられる。
 もちろん、戦術の準備ということに限っては、ファイターズが最も得意とするところである。相手の分析に抜かりはないだろうし、それに基づいた自分たちの戦術も工夫していることだろう。その辺は、百戦錬磨の監督やコーチの力でカバーできる。
 問題は、試合に登場する選手、裏方としてチームの戦いを支えるスタッフたちの心身の準備である。この5年間のうち、4年続けて学生界のトップに立ったことがプラスではなくマイナスに作用していることがあるのではないかという懸念がぬぐえない。
 何だかんだと言っても、ファイターズは勝ってきた。昨年も、あと一歩でてっぺんまで登り詰める所まで行った。そのことが根拠のない自信になって、チームに病原菌を広げているのではないか。「いざとなれば、なんとかなるろう」「困った時は、誰かがやってくれるだろう」という「だろう病」の病原菌である。
 世間には「売り家と唐様で書く3代目」と言う言葉がある。創業者は刻苦勉励して事業を育て、大きくした。2代目はそれを目の当たりにしているから、凡庸でもなんとか事業を継続していく。しかし、3代目ともなると自らは苦労せず、過去の栄光で食っているだけだから、やがては家を売ってしまう羽目になる。そういうことを皮肉った俗語である。
 創業者の苦労を肌身では分からない3代目特有の病気。それを僕は勝手に「だろう病」と名付け、その病原菌がチームに入り込まないように目を光らせている。チームのスタッフではないし、医者でもないが、そういう他人任せの態度は、空気で分かる。
 今のところは山岸主将や副将の3人、それにチームを率いるQBの伊豆君や気持ちの勝った3年生らが必死懸命の取り組みで、そういう病気が入り込まないように努めているが、一番の薬は目の前の強敵に勝つこと。そのためには吉田松陰のいう戦術と心身の準備が求められる。それを完璧にして関大戦から始まる秋の決戦に向かってもらいたい。
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2016年10月12日

(22)フットボールは格闘技

 このところ、とてつもなく忙しい日が続いている。ずっと前に約束していた文庫本の解説の締め切り日が迫っているし、今日の午後には高校での講演会もある。その準備も仕上げなければならない。大学では秋学期が始まり、毎週末には授業がある。金曜日に2コマを受け持っているだけだが、毎回、受講生に小論文を書かせているので、週末はその添削、講評作業に追われる。
 もちろん、本業の新聞社の仕事は手を抜けない。週に3回コラムを書き、社説も担当する。対外的な折衝もする。社内の記者を集めた勉強会も主宰しているから、その準備にも追われる。
 そういう中で、ついついこのコラムの更新が間遠になっている。秋の関西リーグが4節を終え、シーズンが佳境に入ってきたのに、何という情けないことか。誠に申し訳ない。
 さて、第4節の神戸大との戦いである。結論から言うと、何とももどかしい試合だった。いや、もどかしいというだけでない。こんな仕上がりで、これから続く関大、京大、立命館との戦いに挑めるのか、と心配になるほどだった。
 ファイターズのレシーブで試合が始まる。しかし、神戸大のキックを1年生レシーバーがファンブル。なんとかそのボールを確保し、神戸大の反則もあって、失敗は帳消しとなったが、今日も前途多難を思わせる。
 自陣30ヤードから始まったファイターズ最初の攻撃はRB野々垣、橋本のランで簡単にダウンを更新。だが、ここでセンターのスナップミスが出てマイナス15ヤード。せっかくの攻撃リズムが崩れてしまう。QB伊豆からWR松井への23ヤードパス、橋本の中央突破と続いて、再びダウンを更新したが、次が続かない。QBとレシーバーのタイミングが合わずに、結局はパントで攻撃終了。
 この最初の攻撃シリーズだけを見ても、キックキャッチのミス、スナップミス、レシーブミスと続いて、自らリズムを壊してしまっている。要所要所で切れ味のよいランが決まり、長いパスが通っているのに、フィールドゴール圏内にも進めない。もどかしい攻撃である。
 逆に守備陣は安定している。DE柴田のパスカットなどで、相手攻撃を3&アウトで抑える。WR亀山の15ヤードのパントリターンもあって、相手陣46ヤードから再びファイターズの攻撃。ここは伊豆のスクランブル、野々垣の28ヤードランとたたみかけ、ゴール前16ヤード。そこで伊豆からWR池永へのパスが決まってTD。K西岡のキックも決まって7−0。
 次の攻撃シリーズも、野々垣が8ヤード、RB加藤の21ヤードをランで稼ぎ、陣地を進めるが、肝心なところパスが通らず、1Qはそのまま終了。
 2Qに入るとすぐ、自陣45ヤードからファイターズの攻撃。伊豆から亀山へのパス、伊豆の20ヤード独走で陣地を進め、簡単にゴール前26ヤード。そこでファイターズに反則があり、マイナス5ヤード。今度は伊豆から左サイドライン際の松井に短いパス。それを受けた松井が相手ディフェンスを振り切ってゴールに走り込む。タッチダウン、と思った瞬間、ファイターズにホールデングの反則。TDのプレーとは関係のないサイドで起きた反則で、せっかくのTDが認められない。ちぐはぐな攻撃が続く。
 ようやく次のシリーズ。野々垣へのショベルパスや橋本、加藤のランでリズムを作り、仕上げは野々垣が左サイドを駆け上がってTD。2Q終了間際には西岡が46ヤードのFGを決めて17−0で前半終了。第3Qに入ると、ファイターズは、亀山、前田、阿部のWR陣に立て続けにパスを通し、加藤のランで仕上げて24−0。次の攻撃シリーズからは、ベンチを温めることの多かった4年生を次々に投入。守備陣にも、2枚目、3枚目の選手を起用していく。
 そのせいか、3Q終了までは相手攻撃を完封していた守備陣にほころびが出始め、とうとうTDパスを通されてしまう。終わって見れば、ファイターズが31−6で勝利したが、試合内容は終始ちぐはぐ。不用意なミスは出るし、意味のない反則も続く。自らリズムを崩すプレーの連続で、せっかくの光ったプレーが生きてこない。
 試合後、鳥内監督もそれを認め「自分でリズムを壊している。こんな内容ではこれからの3試合はしんどい」と話されていた。
 僕も試合後、何人かの主力選手と話す機会があったが、聞こえてくるのはチームの現状の苦しさを認める言葉ばかりだった。
 さて、こうした現状をどう立て直していくのか。
 思うに、4年生が先頭に立って汗をかき、後ろ姿で下級生にその本気度を見せていくしかないのではないか。練習前、練習後のハドルで、幹部たちがそれぞれの言葉を尽くしてチームを鼓舞しているが、それ加えて、練習でも試合でも「Fight Hard」を体現するしかないのではないか。もちろん、3年生、2年生、1年生を含め、試合に出ている選手はすべて、悔しさを露わにし、闘争心をむき出しにして相手チームにかかっていかなければならない。フットボールは格闘技という原点を共有し、激しく戦う集団を再生するしか道は開けないと思うのだが、いかがだろう。
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2016年09月28日

(21)「松岡はいるか、香山はどこだ」

 秋のリーグ戦3試合目。龍谷大との戦いは、ファイターズの現状をあぶり出す絶好の試験紙となった。
 その試験紙は何をあぶり出したのか。
 その答えは、試合終了後の鳥内監督の談話に現れている。「今のチームの状況は」との記者団からの問いに「チームの力が4年前とは全然違う。まだまだ精神面のレベルの低さが出ている。こんなんでは、日本1になるのは無理やと思う」。僕も、現場で耳を傾けていたが、その言葉には本音が現れていたように思う。
 実際の試合も、最初からピリッとしなかった。ファイターズのレシーブで始まった最初のシリーズ。RB山口のナイスリターンで自陣48ヤードの好位置から始まったが、第3ダウン残り4ヤードでこの日の先発QB西野がファンブルして攻守交代。
 ここはDLの藤木、安田が素早い出足で相手を押し込み3&アウト。自陣27ヤードから再びファイターズの攻撃が始まる。ここはRB野々垣、橋本のランプレーで確実に陣地を稼ぎ、RB加藤が右オープンを駆け上がって残り8ヤード。橋本の中央突破と西野のドローキープでTD。K西岡のキックも決まって7−0。
 これで落ち着くかと思ったが、オフェンス陣の歯車はなかなかかみ合わない。いいパスが通ったと思えば、不要な反則があり、がら空きのレシーバーにパスが投じられたと思ったら、それをレシーバーが落とす。ようやく2Qの半ば、西野に代わって出場したQB伊豆から1年生WR阿部に44ヤードのTDパスがヒットし、西岡のキックも決まって14−0。残り1分少々で西岡が40ヤードのFGを決め、17−0で前半を折り返した。
 振り返ると、先発メンバーを揃えた守備陣こそ鋭い出足で相手オフェンスを完封したが、積極的に下級生を登用したオフェンスはどこかちぐはぐ。トントンとリズムに乗って攻め込むファイターズらしい攻撃がなかなかつながらず、逆にファンブルや反則で自ら墓穴を掘ってしまう。せっかく相手をパントに追い込みながら、リターナーは陣地を回復するためのチャレンジをためらう。
 そんな場面の繰り返してている内に、後半は相手が勢いに乗ってくる。ファイトの固まりのようなQBがぎりぎりまで粘ってパスを投げ、突破力のあるRBが真っ向から走ってくる。後半になってファイターズが投入した交代メンバーでは、それを止めきれず、何度もダウンを更新される。
 最終的には31−3でファイターズが勝ったが、後半の戦い振りは5分と5分。攻守ともラインの圧力とスピードでは、ファイターズに分があったが、相手にはそれを補って余りあるファイティング・スピリットがある。QBもRBもWRも「ファイト・ハード」。激しい気持ちで立ち向かってきているのが、スタンドからでもひしひしと感じられた。
 同じような場面は、この試合の前に行われた京大と甲南大の試合の後半にも見受けられた。その試合、第4Q半ばまでは京大が17−6でリードしていたが、甲南大は背番号12のQBが龍谷大のQBと同様、激しい闘志で相手守備陣を突破、急所で2本のTDパスを決めて20−17の逆転勝利を収めた。
 そのQBが試合終了後、人目もはばからず号泣しているのを見た。自分が試合をリードし「ファイト・ハード」で何度も危機を突破した結果としてつかんだ勝利。その実感を体が覚えているから、全身で号泣できたのだろう。何度も何度もファイターズの守備陣に跳ね返され、サックを浴びながら、一歩もひるまずに立ち向かってきた龍谷のQBやRBも同様だ。そのひたむきさに、ファイターズの交代メンバーが圧倒されたといってもよい。
 そういう現実を目の前に突きつけられて、冒頭の鳥内監督の「チームの力が4年前とは全然違う」「精神面のレベルの低さが出ている」という言葉になったのだろう。
 監督のいう4年前が、どの年代のことを指しているのかは確認していないが、僕にも思い当たることがある。RB松岡君が主将でDLに副将の長島君、DBにハードタックルが持ち味の香山君がいた年代である。彼らが最終学年の時、チームは3年連続で甲子園ボウルに出場できておらず、その年に勝てなければ、甲子園ボウルを経験しないまま卒業することを余儀なくされていた。
 それだけに、4年生はみな、春から殺気だった練習をしていた。練習中、相手に隙が見えれば激しく言い合い、時には互いに殴りかかる。絶対に立命を倒す、という気持ちが上ヶ原のグラウンドにほとぼしっていた。
 そういう闘志をむき出しにした練習を日々重ねてきた結果が立命戦での香山君のハードタックルである。突貫小僧のような相手のエースQBを一発で倒したタックルは偶然ではない。日々の練習から「ファイト・ハード」を体現してきたからこそ、ここぞというときに完璧なタイミングで、魂のこもったタックルができたのである。
 そういう練習をやろうではないか。立命に勝つ、というだけでなく、勝つために集中しようではないか。そのための「Fight Hard」であろう。
 幸いなことに「残りの数試合で変われるチャンスがある」(鳥内監督)。先発メンバーも交代メンバーも、試合に出る以上はファイターズの戦士である。ひたむきさやファイティングスピリットで、自分に負けているようでは話にならない。
 「松岡はいるか。香山はどこだ」。今こそファイターズの全員にそう問い掛けたい。
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2016年09月14日

(20)失敗は天からの贈り物

 関西リーグ第2戦は、今季からT部リーグに復帰した甲南大との対戦。相手にはどんなメンバーがいて、どんな戦い方をするのか、手持ちのデータは少ない。当然、戦術以前に個々の選手のファンダメンタルが問われる試合になりそうだ。ファイターズの選手が持っている基礎的な力が未知の相手にどこまで通用するのか。とりわけ試合経験の少ないメンバーの動向に注目して観戦した。
 結果は「うれしい便りと、悔しい便りをお届けします」。
 ファイターズのレシーブで試合開始。RB野々垣が27ヤードをリターンし、自陣29ヤードから攻撃が始まる。まずはQB伊豆からWR前田泰へのパスで22ヤード前進。相手陣に入ると野々垣とRB橋本のラン、WR松井へのパスで敵陣35ヤード。そこで再び前田泰への短いパスがヒットしてゴール前18ヤード。野々垣の切れのよいランでゴール前7ヤードに進むと、橋本が中央を突破してTD。西岡のキックも決まって7−0。わずか9プレーで、試合の主導権を握った。
 守備も踏ん張る。相手の攻撃を完封してパントに追いやり、センターライン近くからファイターズの攻撃。しかし、ここで伊豆が投じた長いパスが相手DBに確保され、痛恨のインターセプト。だが、ここでも守備陣が相手のランをことごとく止め、再び、自陣41ヤードからファイターズの攻撃。今度は伊豆からWR萩原、松井へのパスがヒットし、わずか4プレーでゴール前7ヤードに迫る。RB山口のランの後、仕上げは再び橋本の中央ダイブ。西岡のキックも決まって14−0。
 ここで第1Q終了。第2Qに入っても守備陣はDL安田のロスタックルなどで確実に相手の攻撃を防ぐ。1度もダウンの更新を許さず、ファイターズ4度目の攻撃シリーズは自陣49ヤードから。ここでも野々垣と橋本のランで確実にダウンを更新。山口が12ヤードを走った後、今度は伊豆からWR亀山への28ヤードのパスが通ってTD。攻めては4回の攻撃シリーズで3本のTDを決め、守っては相手に一度もダウン更新を許さない。
 ここまでは、攻守とも完全なファイターズペース。とりわけ、腕のけがで長いリハビリ生活を続けてきたエースランナー橋本が復帰第1戦で、パワフルな走りを見せつけたのが頼もしかった。RB陣には、橋本以外にもスピード系の野々垣、加藤、高松、パワー系の山本、山口と、それぞれ違った持ち味と一発TDの威力を秘めたメンバーが揃っており、橋本の復帰で、プレー選択の幅がさらに広がるに違いない。
 しかし、得点差がつき、攻守とも交代メンバーが少しずつ入って来るようになると、状況は一転する。オフェンスの反則が相次ぎ、長いパスは2度3度と奪い取られる。最終的なスコアは41−0となったが、気分は快勝というにはほど遠い。反則回数は5回、罰退は30ヤード。インターセプトも4本。そのうち3本も同じDBに喫したというのがつらい。過去に見たこともない屈辱的な試合といってもよいだろう。
 その試合を見ながら「こうした未熟な場面も含めて、学生スポーツの魅力というのではないか」と考えた。
 経験豊富なメンバーを中心に臨めば、確かに安定した試合はできる。実力相応の得点を重ねると、ファンは満足だろう。個々の選手もまたパスキャッチやランプレーの数字を大幅に積み重ねていける可能性がある。
 しかし、大学生活は4年間。最初の半年間は基礎的なトレーニングが中心だから、どんなに才能にあふれた選手でも、プレーできるのは3年半しかない。その間に試合経験を積み、成功体験と悔しい経験を互い違いに重ねて成長していくことで、常に優勝争いのできるチーム作りが可能になる。
 試合の登録メンバーが限定され、一度ベンチに下がった選手は、再び出場できない野球やサッカーと違って、フットボールは交代が自由。状況に応じて何度でも選手を出し入れできる。振り返れば1試合に50人、60人の選手が出場していることも珍しくはない。
 その特徴を生かして、どのチームも盛んに交代メンバーを繰り出し、下級生や故障明けの選手に試合経験を積ませ、成長の芽を伸ばそうとする。いつの試合でも最後までベストメンバーで臨む、ということになると、一握りの選手を除いて、その失敗も成功も味わうことができない。
 それでは年々、選手が卒業していく大学スポーツ、課外活動としてのスポーツは成り立たない。200人の選手がいれば、それぞれの選手に成長の機会を保証し、チャンスを与え、それを戦力にしていくノウハウを構築したチームが勝つのが大学スポーツである。例え育成組織が十分に機能しなくても、有望な選手をトレードで獲得したり、金にあかせて外国からの助っ人を集めたりすることで成り立っているプロスポーツとはここが決定的に異なる。
 それを十分に承知し、試合が人を成長させるという確信を持っているからこそ、監督やコーチは「負けたら終わり」のリーグ戦であっても、新しい交代メンバーを次々と投入し、成長のきっかけをつかませようとしているのである。
 もちろん、不要な反則も、度重なるインターセプトもない方がいいに決まっている。けれども、その失敗、その悔しさを胸に刻んで、選手が成長してくれたら、それはそれで教育の場としての部活動では意義がある。
 4年生の幹部が「立命に負けた悔しさを忘れるな」「ライスボウルで負けた悔しさを下級生に伝える」と必死で言うことも大切だ。けれども個々の選手が一つの失敗、一つの判断ミスを「わがこと」として胸に抱え、2度と同じミスはしないと誓って練習に励み、試合に臨むことの方が、より話は具体的だ。
 そういう失敗の機会が与えられたことに感謝して練習に励めるのも、課外活動としてのスポーツの意義であり、魅力だろう。
 失敗は負けではない。それを再度の精進と挑戦の機会と捉えて全力を尽くす人間にとっては、天からの贈り物である。がんばろう。
posted by コラム「スタンドから」 at 13:24| Comment(1) | in 2016 season

2016年09月08日

(19)見守る人

 折に触れて読み返す、藤沢周平の「蝉しぐれ」に、次のような一節がある。剣術の道場主がいまが伸び盛りの主人公に向かっていう台詞である。
 「兵法を学んでいると、にわかに鬼神に魅入られたかのように技が切れて、強くなることがある。剣が埋もれていた才に出会うときだ。わしが精進しろ、はげめと口を酸くして言うのは、怠けていては己が真の才にめぐり会うことができぬからだ」
 「しかし、精進すれば、みんながみんな上達するかといえば必ずしもそうではない。真に才のある者は限られている。そういう者があるときから急に強くなるのだ」
 こういう台詞に出会うと、ついついファイターズで活動する諸君の精進、努力にその言葉が重なる。監督やコーチが「わしが精進しろ、はげめと口を酸っぱくして言うのは、怠けていては己が真の才にめぐり会うことができぬからだ」と、部員を叱咤激励されている場面を連想してしまう。
 もちろん、小説に取り上げられた剣術と、いま現実の世界で取り組んでいるフットボールでは、舞台も条件も全く異なる。剣術では個人の力量が直接反映されるが、フットボールはチームスポーツであり、チームとしての力量が試される。一人の選手が鬼神に魅入られたかのように「技が切れ、強くなっても」、ほかのメンバーが昨日のままでは、勝負には勝てない。
 だからこそ、チームとしての力量を上げるための精進がすべての選手に求められるのである。監督やコーチが毎日のようにグラウンドで練習をチェックし、繰り返しビデオを見ているのは、そこである。この部員は100%、あるいは120%の力を出して練習に取り組んでいるか。練習が終わった時には、練習前よりたとえ半歩でも上達しているか。選手もまた、自分のことだけではなく、ゆるみの見える仲間に厳しく要求しているか。けがや体調不良を言い訳に、手を抜いた練習をしている部員はいないか。
 このように書くと、200人以上のメンバーの動きを一人の人間が見られるはずがないという疑問が出るかもしれない。自身が全力で取り組んでいるときに、仲間の動きにまで目が届くはずがないという疑問を持たれる方もおいでになるかもしれない。
 しかし、実際にグラウンドに立ってみると、なぜか選手の動きがよく見える。全くプレーヤーとしての経験がない僕のような人間でも、手を抜いている部員、体のどこかに異常を抱えた選手はすぐに分かる。ほんの些細な仕草であっても、全体の流れとは異なる動きをするからだ。
 百戦錬磨、経験豊富な監督やコーチのセンサーは僕よりもはるかに感度がいい。プレーごとにチームの動きをチェックしつつ、常に一人一人の選手の動きを視野に入れている。だから、少しでもおかしな動き、緩慢な仕草があれば、その部分がクローズアップしたように浮かんでくるのだろう。
 そういう選手には、現場で注意されることもあるし、別の形で奮起を促されることもある。「精進しろ、はげめ」というわけだ。
 その証拠は、上ヶ原のグラウンドの片隅に置かれているホワイトボードに見つけることができる。そこには毎日、オフェンスとディフェンスに分けて、ポジションごとに選手の名前が張り出されている。選手にはV、準V、JV、ファームと4段階(練習から除外されているリハビリメンバーを加えれば5段階)の格付けがあり、コーチが前日までの練習内容を参考に、格付けを上げたり下げたりされるのである。
 みんなの前で大声で怒鳴りつけなくても、この格付けの変動を見ただけで、監督やコーチが誰に注目し、どの選手に期待を寄せているかは一目で分かる。時には次の試合の先発メンバーや主な交代メンバーまでが推測できるようになる。
 成果が出れば格付けは上がる。期待外れな練習ぶりだと、ランクが落ちる。それをチェックする監督、コーチの目が揺るぎないから、チーム内の競争が激しくなり、必然的に質の高い練習につながる。日々、質の高い練習に100%の力で取り組んでいる中で、ある日「鬼神に魅入られたように技が切れて、強くなることがある」のである。
 今秋土曜日、京セラドームで行われる甲南大学との試合で、そうした選手が何人出てくるか。刮目して待っている。
posted by コラム「スタンドから」 at 12:34| Comment(0) | in 2016 season

2016年09月01日

(18)「こんなもんちゃうか」

 シーズンの初戦といえば、毎年、特別の感慨がある。新しい戦力は出てきたか。昨年まで活躍した選手が一段と進化したプレーを披露してくれるか。けがでしばらく試合から遠ざかっていたメンバーの回復具合はどうか。交代メンバーの底上げは進んでいるか。スタッフの動きはどうか。チームとしての一体感は生まれているか……。
 スタンドから眺めているファンの一人として、チェックしたいことはいくらでもある。練習ではずいぶん成長していると思った選手が、公式戦でその力が発揮できるかどうかは、また別の問題だ。
 秋のリーグ戦、初戦の同志社との試合は、そういう意味で、見所がいっぱいだった。
 まずは先発メンバー。攻撃ではラインに左から3年生の井若、1年生の川部、2年生の光岡と、箕面自由学園出身の3人が並ぶ。右に4年生の清村と藏野、TEには3年生の三木という布陣だ。昨年まで中央をがっちりと固めていた左ガードの橋本は卒業し、センター松井と右のガード高橋はけがのために欠場している。左右のタックル井若と藏野以外は試合経験が少なく、鳥内監督の試合前の言葉を借りれば「相当いかれまっせ」という状況だ。
 守備に目をやると、DL松本、DB小池という二人のエースの名前がなく、代わって高槻高校出身の1年生、小川が先発に名を連ねている。DLのパングや藤木はこれまでからも交代メンバーで活躍していたから、そんなに違和感がないが、初めて公式戦のスタメンを任された小川がどんな働きをするか。OLの川部ととともに、特別なチェックが必要だ。
 関学のキック、同志社のレシーブで試合が始まる。なんとなんと、同志社が多彩なプレーを次々に繰り出す。最初のシリーズは自陣40ヤード付近で第4ダウン残り5ヤード。当然のようにパントを蹴ると思ったら、なんとフェイクパスでダウンを更新。ファイターズ守備陣が混乱するのを見澄ましたようにリバースプレーやQBキープで一気にに陣地を進める。
 ここはなんとかDB稲付やDL安田のロスタックルでなんとかパントに追いやったが、同志社の思い切った攻めにスタンドからは何度も感嘆の声が上がる。
 ようやく手にしたファイターズの最初の攻撃シリーズ。満を持して登場したQB伊豆がWR池永、前田泰、中西に10ヤードから15ヤードのパスを確実に決めて陣地を回復。相手陣に入ると、RB野々垣、山口、高松を使い分けながらゴール前に迫る。仕上げはオフタックルを突いた野々垣の1ヤードランでTD。K西岡のキックも決まって7−0と先制する。
 しかし、この日の同志社は元気がいい。攻撃陣はKG守備の反応の早さを逆手にとったようなプレ−を連発。右や左と目先を変えながらじっくり時間を使いながら攻め込む。攻撃がストップすると今度は守備陣が奮起する。攻守の歯車がかみ合い、とても2部から復帰したばかりとは思えないようなプレーが続く。
 ファイターズはようやく3度目の攻撃シリーズを高松の切れのよい走りでTDに結び付けて14−0。前半はこのスコアで終了したが、スタンドからは「同志社が思い通りに試合を動かしている。後半、何が起きるか心配だ」という声も出る。
 その懸念を払拭したのが後半最初のファイターズの攻撃。伊豆が自陣39ヤードから池永や高松に立て続けにパスを通し、加藤、山口、山本、加藤と豊富RB陣を走らせ、仕上げは再び野々垣のオフタックルランでTD。21−0として、ようやく主導権を手にする。
 こうなると、ファイターズは新しい戦力を次々と投入。QBも控えの2年生西野に交代する。西野は得意のキーププレーでリズムをつかみ、相手陣37ヤードからWR松井にロングパス。少しオーバースローに見えたが、松井が最後にスピードを上げ、ぎりぎりでキャッチしてTD。最後に一段ギアの上がる加速力と長身を利用した松井ならではのキャッチは、2007年のシーズン、QB三原と組んで活躍したWR秋山を彷彿させた。これでまだ2年生というのだから、鳥内監督が昨年「ファイターズ史上最高のレシーバーになりますよ」といった言葉に嘘はなさそうだ。
 ファイターズはこの辺りから、攻守蹴ともに下級生の交代メンバーを次々と起用。相手にキックオフリターンのTDを許すなど、不細工な場面もあったが、逆に4年生RB北村が一度は倒されそうになりながら、体を立て直してTDを決めるシーンもあって、終わって見れば35−7。
 鳥内監督は試合後、報道陣の質問に「こんなもんちゃうか」と答えておられたが、それが正直な感想だろう。
 試合経験の少ない下級生は失敗はあっても経験を積んだ。下級生の頃から試合に出ている選手は、肝心なところで踏ん張った。相手オフェンスがファイターズに一泡吹かせてやろうと準備したプレーを次々と繰り出しても、守備陣は何とか得点は許さなかった。けが人を抱えて不安なままにスタートした攻撃陣も、経験豊富な伊豆のリードで、なんとかぼろを出さずに乗り切った。
 そのトータルが「こんなもんちゃうか」という言葉だろう。
 シーズンは始まったばかりである。11月のリーグ最終戦まで必死の練習を重ね、個々の力を伸ばし、チームとしての力量を高めてもらいたい。それが実現すれば「今年のチームはよくまとまっている」とか「ようがんばった」とかいう言葉が監督の口から聞けるに違いない。「こんなもんちゃうか」に安住している場合ではない。
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2016年08月27日

(17)いざ、出陣

 今日は8月27日。前日までの猛暑とは少し様子が異なり、吹く風が少し涼しく感じられる。台風襲来の前兆だろうか。
 27日は、1年365日のうちの1日。誕生日とか結婚記念日とか、親族の命日とかいう日に関係する人以外は、特段の意味はない。 しかし、僕にとっては2016年ファイターズが出陣する前夜であり、特別の意味を持った日である。今季を戦う部員の無事を祈り、チームの勝利を祈願する大切な日である。
 上ヶ原のグラウンドを訪れ、平郡君の記念樹とプレートの前に立って頭を下げ、帰りには上ヶ原の八幡さまに勝利を祈り、ついでに大学の正門から時計台に「今年もファイターズにご加護を」とお願いする。それだけのことをすると、ようやくシーズンを迎える準備が整う。後は、グラウンドで戦う選手達の活躍を祈り、それを支えるスタッフたちの奮闘に期待するだけである。
 振り返れば、昨年の11月22日。立命館に敗れたその日から今季のチームはスタートした。それまで4年連続で1月3日までのシーズンを戦い、暮れも正月もない生活を送ってきた部員たちの1年がその日をもって、突然、打ち切られてしまった。さて、どうするか。どのように気持ちを切り替え、新しいシーズンを迎えるか。
 そんなことを体験したことのない部員たちにとって、新たなシーズンを迎えるまでの日々は試行錯誤の連続だったと推測する。4年生たちの不安と動揺、そして俺たちがチームを作り直す、という決意。けがでチーム練習に参加できないメンバーもいたし、気持ちは4年生でも、それに行動が伴わないメンバーもいたに違いない。「Fight Hard」というスローガンで結束し「俺がチームを勝たせる」といっても、日常の行動に濃淡があったことも否めない。
 それはしかし、例年のチームも同様である。スタートする時期が異なり、冬季の練習メニューが変わっても、ファイターズで活動する選手、部員の目指すべき目標は常にこの世界の「てっぺん」であり続けた。そこは、4連覇がスタートした松岡主将の代から、いやそれ以前のチームを含め、歴代の学年が新たな歴史を刻むべく立ち上がり、毎年、必死にその登山口を探し、ルートを切り開いてたどり着こうとした場所である。
 今年、山岸主将が率いるチームにとっても、それは同様である。
 たとえ、いまは未完成でも、ルートを見つけあぐねていても、28日から始まる秋のリーグ戦の中でその道を探し出し、自分たちを鍛え、高めあって頂上を目指すしかない。それがファイターズというチームの看板を背負う選手、部員全員に課せられた責務であり、使命である。
 その責務、使命をいかにして果たすか。
 それはファイターズの部員を名乗る一人一人の向上心と努力、献身にかかっている。4年生もなければ1年生もない。全員が同じ目標を目指し、同じ気持ちを持って日々戦うしかないのである。
 それは、試合会場だけで試されることではない。日々の練習、日々の学習への取り組み、そして大学への登下校に至るまで、すべての場所で問われることである。もっと言えば、よき部員が勝つのではなく、よき学生にこそ勝利の女神がほほえむのである。
 ファイターズの先輩たちは、そのことを自覚し、常に最善を目指して努力を重ねてきた。それが報われた年もあれば、報われない学年もあった。いえることはただ一つ。人並み外れた努力を抜きにてっぺんに上がったチームは一つもない。
 ライバルは常に爪を研いで向かってくる。それは最終戦の相手だけではない。どこもかしこも、ファイターズを倒すことに全力を挙げてくる。それをいかに跳ね返すか。
 「皮を切らせて骨を断つ」という言葉がある。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」という言葉もある。さらに言えば「死中に活」という禅の言葉もある。それぞれが困難な戦いの中で、武術家や禅僧が実感として吐露した言葉である。困難な戦いを突破した者にこそ口にできる言葉である。
 2016年の出陣にあたり、ファイターズの諸君にこれらの言葉を贈りたい。是が非でも、これらの言葉をわが手につかんでくれ。健闘を祈る。
posted by コラム「スタンドから」 at 23:49| Comment(0) | in 2016 season

2016年08月18日

(16)相撲部屋の流儀

 先週末、盆の休みを利用して、日帰りで夏合宿の見学に出掛けた。
 午前4時過ぎ、西宮市の自宅を出発。さすがにこの時間は車が少ない。夜が明けると、お盆の帰省客で渋滞する中国道の宝塚〜西宮北間もすいすい走れる。快調に飛ばして2時間後には鉢伏高原のかねいちやに到着する。
 すると、もうグラウンドにはJVのメンバーが集まり、思い思いに体を動かしている。聞けば6時半から練習だという。靴を履き替え、荷物を整理して、まずは宿舎のロビーへ。早起きのコーチらに挨拶を交わすと、即座にグラウンドに向かう。
 例年通りグラウンド入り口の机の上には「平郡雷太 ファイターズとともに」のプレートが立てかけられている。いつも、シーズンが始まると試合会場のベンチに置かれてているプレートである。
 「平郡さん、勇気を与えて下さい。僕らが高き頂きに挑むことに」に始まる誓いの言葉を黙読していると、ああ、今年も合宿に来たんだ、という実感が湧く。
 そうこうしているうちに、Vのメンバーも次々にグラウンドに降りてくる。JVのメンバーの練習が始まる頃には、大半のメンバーが顔を揃え、グラウンドのあちこちで体を動かしている。彼らの練習も8時前から始まるからだ。
 6時ごろからグラウンドに出て、一体、朝食はどうするのか、と聞くと、練習が終わってから食べさせます、との返事。朝の練習が終わるのはJVが8時、Vは9時半。2班に分けて食事の時間を設けており、Vのメンバーが朝食にありつけるのは10時からだという。
 「まるで相撲部屋ですな」というと、コーチから「そうです。まずは稽古。その後に朝食。それが終わると、昼食の時間までは昼寝をさせます。昼食が終わると、ポジションごとにミーティングの時間を設け、夕方の練習はJVが3時から、Vが4時過ぎからのスタートです」という答えが返ってきた。
 長期の合宿で、時間がたっぷりあるからといって、だらだらと長時間の練習を続けても効果が薄い。逆に、疲労が蓄積され、体重は落ちる、けがはしやすくなるという弊害がある。それよりも、鍛錬と、栄養補給、休息のバランスを心掛けた方が、よほど効果的な練習につながるということらしい。
 これは大相撲の世界で、各部屋が歴史的に続けている鍛錬の方法と同じである。朝起きるとまずは稽古。それが終わるとちゃんこを食って、その後は昼寝。このサイクルで弟子を鍛え、育ててきた相撲界の手法を、そのままフットボールの世界に導入したということらしい。
 そういえば、今年の春、シーズンが始まる前も連日、早朝から練習をスタートさせ、昼間は休養と勉学の時間に充てていたことを思い出す。その結果、ラインのメンバーを中心に各自が体重を増やすことに成功し、見違えるようにたくましくなっていた。その「成功体験」を夏の合宿にも取り入れたということだろう。
 真夏とはいえ、鉢伏高原の朝夕は涼しい。その時間に効率的に練習し、炎天下の昼間はゆっくり昼寝で体を休める。そうすることで栄養分をしっかり体内に取り入れ、体重減や疲労からくるけがを少なくさせる。そういう目的を持ったファイターズの流儀である。
 この手法が効果的なことは、以前、この欄で紹介した武術家の甲野善紀さんからも聞いたことがある。「ライオンが満腹の時に獲物を襲いますか。獲物を襲う前に、準備運動をしますか。空腹だからこそ、即座に体を動かし、目標の獲物に襲いかかる。そのときに一番効率のよい体の使い方ができていると考える方が自然でしょう」。甲野さんはそんな言い方で、スポーツ界にはびこる練習のための練習、惰性で続ける反復練習の弊害を説かれていた。
 合宿に限らず、スポーツ界には、ひたすら長時間の根性練を重視するチームは少なくない。その練習法がチーム力の向上に効果があったかどうかを検証せず、毎年、同じ練習法を墨守しているチームも多い。輝かしい実績を持つ伝統校もそうだし、それに追いつき追い越そうとするチームもそれを真似する。長期間の合宿となれば、さらにその傾向は強くなる。高校、大学を問わず、真剣に上位を目指すチームであればあるほど、そういう風潮は定着していく。
 そういう中で、練習は朝夕の涼しい時間に限定。たっぷり食事を摂った後は睡眠をとって体を休めよう。それが効率的な練習につながり、選手の心身の成長を促す。そう確信すれば、その手法を取り入れることには躊躇(ちゅうちょ)しない。ファイターズの柔軟で合理的な思考と実践の片鱗を見せてもらった夏合宿だった。
 こうした相撲部屋の流儀で鍛えた今年のチームがどんな活躍を見せてくれるか。秋のシーズン開幕まで、もう2週間を切っている。
posted by コラム「スタンドから」 at 22:47| Comment(2) | in 2016 season