「甲子園の芝生には、赤と青が似合う」といったのは、いまは亡き篠竹監督である。
常勝軍団「フェニックス」を率いて、日本のアメリカンフットボール史に一つの時代を築いた監督は、その独特のキャラクターで、ライバルからも一目置かれる存在だった。悪気はなかったと思うが、時に聞き手を不愉快にさせるような発言もあった。このせりふも、1980年代半ばから、関西が関学と京大の2強対決の時代に入り、時にファイターズが京大の後塵を拝することがあることにいらだった監督が、ファイターズに「赤は毎年、甲子園に来ている。青も毎年、甲子園に出てこいよ」と呼びかける(挑発する)ニュアンスが込められていたように記憶している。
言うまでもなく、関学と日大は長年、最大のライバルとして、甲子園の覇を競った。その戦いの歴史は、ある意味で日本のアメフット発達史といってもよいほどだった。どうしても関学が勝てなかった時代もあるし、逆に青が赤を圧倒した時代もあった。日大がショットガン攻撃を完成させた全盛期には、63−7とか48−0とかいう、いまでは想像もつかない大差で関学が破れたこともあった。
甲子園ボウルの試合開始前、圧倒的多数を占める応援席でKGファンとともに「空の翼」を歌いながら「ここまでは圧勝だ」と、ほんの少ししかいない日大応援席に向かって叫んでいた事もある。実際、試合が始まれば、あれよあれよという間に得点を重ねられる。なんせ、3度パスを失敗し、第4ダウン残り10ヤードという場面になってもパントを蹴らず、平気でパスを投げ、それを通してダウンを更新してしまうという、アメフットの常識にないようなプレーを何度も見せつけられた相手である。悔しかった。
逆に90年代に入ると、日大の戦力が急激に衰えた。甲子園から遠ざかっただけでなく、毎年春に実施している定期戦でも、赤は青にまったく勝てなくなってしまった。92年から2005年まで14年連続で関学は日大に勝ち続けたのである。その間、2001年の74−12、2004年の57−6という、過去の青と赤の対決では考えられないような大差で青が勝った試合もある。
これに、その折々に活躍した名選手の名前を絡ませながら、青と赤の戦いの歴史を振り返れば、大げさではなく一晩でも語り続けることができる。ただのファンでさえ、この通りだから、実際に対決したファイターズやフェニックスのOBにしてみれば、1週間や2週間では語り尽くせぬ濃密な内容を伴ったライバル関係であろう。
そんな相手が、雌伏の時を経て、17年ぶりに甲子園(今年は長居だが)に戻ってくる。さて、ファイターズはどう戦うか。
先日の朝日新聞に、鳥内監督が記者会見で発言したこんな言葉が載っていた。「強さ速さがえげつない」「昔の強い日大が戻ってきた。いまのままでは勝負にならん」
それにしても弱気な発言だと思って、直接、監督に聞いてみた。
「先日の記者会見の発言、本音ですか。試合前だから、わざと弱気を装っているのとちがいますか」
「そんなことないですよ。ほんまにラインは体がデカいやつばっかり。そのくせ速いんですよ」
「立命のラインも強くて大変だったじゃないですか。それより強いんですか」
「また違う強さです。個人の反応する能力が高いから、作戦でどうこうできるレベルじゃないんですよ。厄介な相手ですわ」
そういう厄介な相手にどのように立ち向かうのか。選手もコーチもスタッフも、対戦相手が日大と決まってからは寝る間も惜しんでその対策を立てているはずだ。東京で日大と対戦したり、そのプレーぶりを見たOBたちもビデオを持ち込んだり、実際に対戦した経験談を伝えたりして、アイデアを出してもいるようだ。実際、この前の週末には、関東からXリーグで活躍しているOBたちが何人も駆けつけ、練習を手伝っていた。
その成果がどう出るか。ファンとしては、立命戦で、相手ベンチをあわてさせたような作戦や試合運びを期待したい。しかし、その前にまず、戦うのは選手自身だ、というごく当たり前の事を確認することから試合に臨んでほしいと願うのである。
青と赤の対決とか、あるいは「30年ぶりの雪辱」とか、周囲はライバルとして覇を競ってきた両チームのこれまでの歴史に絡めて、あれやこれやと前評判を煽り立てるだろう。けれども、そういう歴史は、物語としては興味深いけれども、16日に長居で対戦する選手たちにとっては直接的な関係はないのである。目の前の選手に勝つか負けるか。目の前のユニットをユニットして抑えられるか、否か。相手を粉砕するのか、それとも粉砕されるのか。
要するに個人対個人、チーム対チームの戦いに勝つか、負けるか。それだけのことなのである。青と赤。過去の物語は物語として、いま現在、戦いの場に臨もうとしている選手たちにとっては、自らの戦場でいかに戦うか、いかにして死ぬか。ただその一点にしぼって神経を集中し、全勢力を傾けるしか、活路は開けないのである。そのことだけに思いを込め、存分に戦ってほしい。健闘を祈る。
2007年12月10日
(32)選手たちの戦場
posted by コラム「スタンドから」 at 06:58| Comment(5)
| in 2007 Season

ノスタルジーに浸るのもいいけれど懐古趣味でマスコミに同調し青赤ジャージ論争で盛り上がるフィーバーもカレッジフットの人気回復には貢献するでしょうが、京大、立命と死闘をくぐりぬけ、やっと宿敵法政を迎え撃つ「2点差のリベンジ」という1年間の練習努力の仕上げは、予期せぬ不死鳥の出現により、ここ2週間で仮想相手のスカウティングを大幅修正中なのです。
日大も篠竹イズムからようやく脱却し苦節時代を経て改革を成し遂げ、文字通り不死鳥のごとく復活して新生フェニックスとして「白いユニフォーム」で乗り込んでくるでしょう。過去の赤ジャージの亡霊に拘泥すれば知らぬ間に生まれ変わっていた「白ビジター」に足元を掬われ兼ねません。オールドOBから率先してこの現実を直視しようと思います。
我々も過去のノスタルジーをそろそろ封印し、革新された1985年生まれの現役選手を応援しようではありませんか!青白でも「気持ち」は青と赤です。正々堂々と白い不死鳥を迎え撃ち、新しい「青の歴史」を作りましょう。16日の長居で30年ぶりに見事勝利することで、やっと「平成初」のいや「21世紀初の甲子園青赤決戦の時代」をスタートできるのですから…。
関学らしいベンチワークと勝ち方を期待しています。
鳥内監督が最終学年時DBとして出ていた後に関学オフェンスの頭脳となる小野C。
そしてNGとして出ていた日大加藤C。
名勝負と言われる42−42の関学主将が森C。
その試合に1年ながら出場していた関学油谷Cと日大の高橋HC・・・
とそんなセンチな話は僕らOLDファンに深夜録画放送にまで追いやられた甲子園ボウルを盛り上げる為の話題作りの一環として任せて欲しいものです。
甲子園ボウルで実際に戦う選手の輝きがそんなセンチな話を忘れさせてくれるような素晴らしいものである事に期待しています。
時代は流れ常に新しい人が歴史を作っていくのが世の常というものです。
今年の5月8日以来です。
ここに又再び書き込める事を嬉しく思います。
今回は、オフェンスでタイムアップしたいですね。
余裕を持って#9がKnee Downして時計を回し、ボールをeatしながら、最後のカウントダウンを4万人のスタンドと一緒になって叫びたいです。
勿論、時計がゼロになった瞬間は、青戦士11名が美しい「Victory Flower」でJumpです。
オレンジを破った日大とマルーンを退けた関学の対決。4年前と全く同じ構図です。若き青の闘士は、超大型ラインに真っ向から果敢にぶつかって、久々の優勝を果たしました。磯野君が次々とインターセプトを決め、加納君が決勝のTDを挙げ、勝利の瞬間にボールを抱えていたのは三原君でした。お互いメンバーが多少かわっているものの、あのシーズンをトレースし、Christmas Bowl’03.を再現することを願って止みません。
大舞台を経験しているFIGHTERSが、今世紀初出場の赤い不死鳥を一日の長で凌ぎますよう。