安倍首相が突然、政権を投げ出した。どうしていま、このタイミングで辞める決断をされたのか、何が引き金になったのか。本当の理由は、当事者以外には分からないだろう。あえて知りたいとも思わない。さきの参議院選挙で、自民党が歴史的な大敗を喫したことで、市民の審判はとっくに下っていたから、正直いって「ようやくですか」というのが僕の感想である。
けれども、政治の世界は大騒ぎだ。新聞やテレビも連日、盆と正月が一緒に来たような調子で、このニュースを取り上げている。
そんな中で、14日付けの朝日新聞が伝える海外メディアの報道ぶりが興味深かった。未読の方のために、ざっと紹介しよう。
・安倍首相が参院選で惨敗して以来「生けるしかばね」だったと酷評(ワシントン・ポスト)
・「闘う政治家」と自らを表現したが、「明らかに闘う度胸を持っていなかった」と戦意喪失の様を紹介(ニューヨーク・タイムズ)
・東京在住の外資系ヘッジファンド社長の「武士道ではない、臆病者(チキン)だ」との談話を使い、参院選直後に辞めるべきだったと指摘(英フィナンシャル・タイムズ)
・「政権は風に揺れる竹のようにいつも外因になびいていた」(ドイツの経済紙ハンデルスブラット)
ざっとこんな調子である。ほかにも「日本流のハラキリ」(アルゼンチンのニュースサイト、ウルヘンテ24)「翼が短かったタカ」(英BBCのスペイン語版サイト)などという刺激的な言葉が並んでいる。
自国の首相が、こんな風にいわれているのを「興味深かった」というと、不愉快に思われる方がおられるかもしれない。けれども、海外のメディアが失脚した宰相のことを「臆病者(チキン)」とか「闘う度胸を持っていなかった」と表現したことに、僕は物書きの端くれとして、またスポーツ愛好家の一人として、興味を持ったのである。
彼らは、本来は参院選で惨敗した直後に、責任をとって辞めるべきだったのに、その決断ができなかった宰相を「臆病者(チキン)」と呼び、突然、政権を投げ出したことを「闘う度胸を持っていなかった」と表現した。つまり、戦いの場にあって、決断できなかった宰相を侮蔑し、自らの責任を放棄して敵前逃亡したことをののしったのである。
気持ちは分かる。
戦いの場にあって勇気を失うこと、臆することは、卑怯な振る舞いである。自らの責任に背を向け、逃亡するのは、仲間に対する裏切りである。アメリカンフットボールという疑似の戦場で、僕たちはそのことを、試合のたびに思い知らされる。
逆に、いかに劣勢に立たされた局面にあっても、たった一人のプレーヤーの勇気ある行動がチームを立て直し、士気を奮い立たせ、勝利につなげることも少なくない。どんなに地味な仕事であっても、じっとその責任を全うする存在があって初めて、チームが円滑に運営されることも、僕たちは知っている。
例えばRBである。オフェンスラインが確保してくれた走路を走るだけならたやすい。問題は、走路がことごとく塞がれた局面でどう振る舞うかである。走路が塞がれているから走れないと言い訳するようではチキンと呼ばれても仕方がない。逆に、たとえ一人でも相手守備陣をかわし、たとえ1ヤードでも、自らの力で走路を切り開けば、それは仲間に大きな自信をもたらすはずだ。
DBが相手のパスを警戒して、ひたすら後方に下がっているだけなら、相手は好き放題に攻め込んでくる。チキン相手の闘いなら、ランもパスもねらい通りに通るに違いない。逆に、リスクを承知で相手ランナーに襲いかかる勇気があり、とっさの決断ができるプレーヤーなら、確実に攻撃の芽を摘むことができる。味方の士気も上がる。
そういう勇気と決断力のあるプレーヤーと、どんな場面にあっても自らの責任をひたすら果たすことのできる選手。双方が互いに尊敬しあい、力を合わせることで、勝利への道が開けるのである。
「チキン宰相」の記事を読みながら、政治の世界はともかく、せめてファイターズだけは、チキンでなく、ファイターの集団であってほしいと思った。
2007年09月15日
(22)「チキン宰相」
posted by コラム「スタンドから」 at 00:36| Comment(0)
| in 2007 Season
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