2007年07月22日

(15)「コーチングの心理学」

 小さな地方新聞で人を教える役職について3年目。任地にもなじみ、職場の雰囲気もよくなってきたように思えるのだが、もう一つ達成感がない。なぜだろう。単身赴任の夜、恒例となった食後の散歩をしながらそんなことを考えるのだが、結論はいつも同じ。人が育っていない。そのことにつきるのである。
 とにかく人を育てるのは難しい。この3年間、毎日の新聞を作りながら、極端にいえばそれだけの職務に専念してきたつもりだが、成果はなかなか見えてこない。見えないどころか、時にはこの3年間を無為に過ごしてきたのではと思わされるようなことさえある。
 もちろん、若い人たちはそれなりに仕事を覚えてくれる。危なっかしく見えても、1年たち、2年が過ぎれば、なんとかそれらしい姿になってくる。けれども、中堅、ベテランも含めて、みんながみんな、期待通りに成長しているかといえば、ひいき目に見ても疑問符がつく。
 少し書けるようになってきたかと思えば慢心する。ちょっと目を離せば、手を抜く。そういう横着な姿は、実は自分自身が通ってきた道だから、誰よりもよく見える。結果、イライラが募る。還暦を過ぎた年寄りだから、とりあえず職場のゴミ箱をけ飛ばすぐらいで我慢しているが、時には机をひっくり返して暴れたくなることもある。
 そんなイライラしている姿が遠くから見えたのだろうか。以前、このコラムでも紹介したファイターズの元監督にして、関西学院大学の学長や理事長も務められた武田建先生から「鎮静剤」が送られてきた。「武田建のコーチングの心理学」(創元社、1400円)という本である。
 帯に「なぜ、彼のチームは勝ち続けたのか?心理学者であり、常勝の大学アメリカンフットボール・チームの名将といわれた著者が、職場、学校現場、家庭において、上司は、教師は、親は、いかに導き、ヤル気をおこさせるかを、その学識と実戦経験をもとに解き明かす」とある通り、この本は先生の専門である行動心理学の知識を縦糸に、アメリカンフットボールのコーチとしての経験を横糸にして綴られた「現場に役立つ」本である。
 それは「怒鳴ってばかりのコーチ」から「よいプレーを増やすコーチ」「ほめて育てるコーチ」に変わろうと意識的に取り組んだ先生の体験を通して、コーチの役割を考え、指導法の理論的枠組みを提供している。
 以前に出された「しつけ上手の心理学」とか「リーダーシップの条件」とか「コーチングの心理学」もそれぞれ、スポーツの指導者だけではなく、子育てに悩む保護者や企業の中間管理職にとっては、何かと参考になることの多い本だったが、惜しいことに最近は本屋さんの店頭から姿を消していた。僕もそうした先生の著書を何冊か持っていたが、あの阪神大震災のゴタゴタで実家の倉庫に送り込んだまま、手元から姿を消していた。
 それだけに、これらの本の内容をミックスし、精選して新たに発行されたこの本は、いまの時代にこそ待ち望まれていた本といってもよいだろう。
 スポーツの場面だけではない。世の中が複雑になって、職場でも家庭でも、いまは人を育てることがことのほか難しい時代である。頭から叱り飛ばして人が育つなんてことは、あり得ないことだし、人の背中を見て育つセンスのある人も少ない。
 だからこそ「上手なほめ方」とか、「教えるときはひとつづつ」ということを、豊富な学識と自身の経験から具体的に書いたこの本は「人を育てることの指針」として重宝されるに違いない。人を育てることの壁にぶつかって、指導法を探しあぐねているコーチや先生にとっては、間違いなく頼りになるガイドブックであろう。職場の管理職、子育てに悩むお母さんにとっても、役に立つはずだ。
 同時にまた、過去の成功体験だけをよりどころに、何の工夫も努力もなく、指導という名の苦行を強いる未熟な指導者のもとで、日々苦しめられている選手や子どもたち、部下たちにとっては、この本が福音の書になるかもしれない。少なくともライバルチームの指導者には読んでほしくない本である。
 ただし、さすがは知将という名をほしいままにした先生である。著書の中で、しっかりこんな注意も書いている。「誤解してほしくないのは、コーチングの方法とかやり方だけでは選手、部下、生徒、子どもは育たないということです。何を教えるかを知らずに教え方の理論と方法だけを知っていても、よい先生にはなれません。親も同じです。子どもには愛情、栄養のある食事、気温に合った衣類、十分な睡眠などが必要です。」
 本も読み手を選ぶのである。
posted by コラム「スタンドから」 at 22:40| Comment(2) | in 2007 Season
この記事へのコメント
 以前、「人間国宝武田建」のコラムを拝見しましたが、全く同感です。文武両道という言葉がこれほど高いレベルで当て嵌まる人物もいません。
 学生として、プレイヤーとして、研究者として、教授として、指導者として、学長として……etc.,そして一人の人物として、尊敬して止みません。同時に、ユーモアに富んだ気さくな人柄が大好きです。
 全く人気のない頃から、この球技に傾けていた情熱は凄まじく、米田満さん古川明さん達の魂をしっかり引き継いで次の世代に繋げておられます。飾らない性格は、「ええかっこしいが苦手な」鳥内監督にも受け継がれ、それでいて華のあること有馬隼人君以上。KG特有のダンディズムは歴代QBを経て三原雄太君が継承しています。
 勝利への執念は日大の元監督・篠竹氏に匹敵。
 関学のスポーツ指導者としては、鬼の大松氏や加茂周氏が有名ですが、建ちゃんも引けをとりません。
 ライバルチームの指導者で、Prof.Kenの新書を読むような度量の大きい人間がもしいればヤバイかなと、ほんの少し思いました。
 P.S.今年の甲子園ボウルで、武田先生が手塩にかけて育てたかつての#12芝川龍平氏のパス記録を、KG#9が超えるのを期待します。ちょっとキツイ注文でした。
Posted by Blue Blood at 2007年07月25日 02:15
早速、インターネットで、「武田建のコーチングの心理学」申し込み、昨日、届きました。
楽しみです。又、感想書き込みます。
Posted by アウンサン・イースーチー at 2007年07月25日 11:06
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