2019年12月17日

(32)爆発する笑顔

 15日夕、早稲田大学との死闘を終え、表彰式やテレビ・新聞のインタビューや写真撮影など、すべての公式行事が終わった後のことだ。チームの全員が改めて1塁側アルプススタンドに向かって整列し、最後まで声援を送り、大学王者となった瞬間を見届けてくださった応援の人たちに向かって深々と頭を下げた。
 改めて大きな拍手を浴びた後、今度は選手・スタッフ全員がグラウンドの側を向く。その瞬間、寺岡主将がはじけるような笑顔になり、今季一番の大きな声で鬨(とき)の声をあげる。僕は、すぐ目の前でその場面を目撃していたが、彼がなんと叫んだかは覚えていない。とにかく顔全体が破裂してしまいそうな笑顔になり、両手を広げ、大声をあげ、全身で喜びを爆発させている。周囲の仲間も男女、選手、スタッフ、学年を問わずに大声をあげ、喜びを全身で表現する。
 まさに歓喜の時。それは近年、甲子園で勝ったどの年度のチームにも増して、大きな喜びのように僕には感じられた。
 それだけ、主将にとっても、チームにとっても、今季は苦しかったということだろう。リーグ戦が始まり、中盤になっても、なかなか調子は上がってこない。神戸大との試合では、相手にいいように攻められ、わずか2点差の辛勝。関西大との戦いはなんとか乗り越えたが、立命館大との決戦はスコア以上にチーム力の差を感じさせられる敗戦だった。
 それから毎週、西南学院大、神戸大という、十分にファイターズを研究してきたチームと戦い、迎えた西日本代表決定戦。立命館との今季2度目の対戦は、工夫に工夫を重ねたノーハドルオフェンスを駆使して勝利を収めたが、そこまできても、チームには重苦しい雰囲気が拭いきれない。
 昨秋のけがで、ほぼ1年間のブランクがあった寺岡主将はシーズンも半ばを過ぎて戦列に復帰したが、当初は「思うように動けない」と自分のプレーに納得のいかない言葉が続いていた。ようやく立命戦のあたりから本来の調子を取り戻してきたが、入れ替わるように守備の要である4年生の藤本や畑中がけがで戦列を離れる。シーズンも最終盤というのに、チームのまとまりもよくない。
 何よりも、早々に甲子園を見据えて動き始めた早稲田大学に比べ、毎週のように試合が続いたファイターズは、相手を研究し、対策を立て、ゲームプランを練る時間が圧倒的に足りていない。
 そんなチーム事情を誰よりもよく知っている主将にとっては、プレーでチームを引っ張っていけないもどかしさと悔しさ、言葉を尽くしても結束して戦う姿が見えてこないチームの状況は、焦りと危機感ばかりを募らせたに違いない。本来は気さくで明るい性格だが、けがの回復状況が思わしくなく、チームの状態も上がってこない時期は、本当に苦しそうだった。
 そういう苦しみが少し吹っ切れたように見えてきたのは、立命館との西日本代表決定戦に勝ってから。チームの結束が強くなったのか、ハドルでの声はグラウンド全体に響き渡るほど大きくなり、チームメートを鼓舞する言葉にも自信が戻ってきたように見えた。
 主将が変わればチームも変わる。迎えた甲子園ボウルでは、十分に相手を研究し、対策を練る時間のあった強敵を相手に、戦士たちは一歩も引かずに戦った。
 前半は、QB奥野からWR阿部や糸川へのパスが面白いように決まり、ファイターズが20−14と優位に試合を進める。
 しかし、後半は一転して早稲田のペース。第3Qの立ち上がりこそ、ファイターズがRB前田公の42ヤード独走TDで27−14と点差を広げたが、即座に相手が反撃。ともに国内最高級の能力を持つQBとエースレシーバーのホットラインが機能して立て続けにTDを決め、第3Q終了時点では28−27と逆転。ファイターズの応援席からは「やばい!」という悲鳴が聞こえてくる。
 しかし、関西リーグで1度地獄を見たファイターズは、ここから踏ん張る。RB三宅や前田公のランなどで一気に相手ゴール前に迫り、仕上げは前田公の中央ダイブ。再度逆転し、トライフォーポイントは三宅のランプレー。見事に決まってリードを7点に広げる。
 前田公は次の攻撃シリーズでも38ヤードを独走。その好機にK安藤が決定的なFGを決めて勝負はついた。
 この試合と同様、今季は試練と苦しい場面が交錯する試合を次々と乗り越えてきた。その果てに手にした学生王者の座である。試合中はもちろん、試合後も公式の儀式が続く間は「よそいきの顔」で、ぐっと押さえていた喜びが、応援席への最後の挨拶を終え、仲間との時間が戻った瞬間に爆発したのはよく分かる。
 今季、苦しみ抜いた主将が顔全体をくしゃくしゃにして喜びを爆発させ、それにチームの全員が応えた場面を撮影したカメラマンは多分、いないであろう。もちろん僕も撮影していない。それほど突然の出来事だった。けれども、その場に居合わせた僕は、そのシーンを目に焼き付けている。
 その画像は今季、折あるごとに監督やコーチから「4年生が足を引っ張っている」といわれ、もがき苦しみ、その状況を突破しようと全力で取り組んできた主将や幹部の姿を見続けてきた僕にとって、最高の宝物となった。ありがとう、寺岡主将。よく戦ったぞ、ファイターズの諸君。
posted by コラム「スタンドから」 at 15:31| Comment(4) | in 2019 Season

2019年12月08日

(31)『どんな男になんねん』

 ファイターズに寄り添っていれば、たまに得をすることがある。例えば、ファンはもちろん、チームの関係者でもほとんどご存じない朗報を一足早く知ることができることがあるし、損か得かはわからないが、悪い情報もまた同様である。
 今回は、チーム関係者でもごく一部しか目にしていない鳥内監督の著書『どんな男になんねん』(ベースボールマガジン社)の校正用ゲラを見せていただく幸運に恵まれた。金曜日の夜に後書きや著者の紹介文までを含めた263ページ分のゲラを入手、一気に読み上げた。
 監督をひいきして言うわけではないが、めちゃくちゃ面白い。長い間、チームに関係していた僕も知らなかった話がいっぱいあるし、なによりも教科外教育としてのスポーツ活動、課外活動としてのアメリカンフットボールを考える上で大切なことがどっさり盛り込まれている。日本のアマチュアスポーツの現在地とその問題点を知り、それを突き破っていくための処方箋というかヒントも随所にちりばめられている。
 何よりも読みやすい。この本は鳥内さんとスポーツライター、生島淳さんの共著の体裁をとっているが、二人が分担して書いたのではなく、生島さんが鳥内さんに何回かに分けてインタビューした内容を整理し、それを一冊の本に仕上げている。そのため、監督の語り口調(つまり、いつもの大阪弁)が生き生きと再現されている。
 つまり、本を「読む」というよりも、いつもの鳥内節を「聞く」といってもよい仕掛けになっており、その分、内容が頭に入りやすい。もちろん、大学の研究者の論文にありがちな説教臭は全くないし、スポーツライターと称する方々のひねくり回した表現もない。
 素のまんまの鳥内さんがいつも通りにハドルの中でしゃべり、学生との個人面談でやりとりしている言葉を整理整頓しているだけ。そういえば言い過ぎかもしれないが、そういう仕立て方になっているから、とにかく理解しやすい。本を読むのは苦手という人でも、一気に読み終え、その主張が(100%共感するかどうかは人さまざまだろうが)100%理解できることだけは保証できる。
 能書きはこれくらいにして、内容にちょっと踏み込んでみたい。とは言いながら、あんまり書き込むと本を手に取って読む楽しみを奪うことになるから、書店でざっと立ち読みするくらいの感覚で。まずは、僕が気になった見出し、小見出しを並べてみよう。
「4年の時の京大戦、ファイトオンを歌っとったら、なんや知らん、涙が出てきたで」
「4年生になったら、失敗できないからね。そこに成長の鍵があるんです」
「コーチになったばかりのことを思い出すと反省ばかりやな」
「自分の弱さを認めることがかっこええで」
「けが人をいたわることもチームの強さになるよ」
「4年生にはみんなキャプテンと同じ気持ちでやってくれ、言うてます」
「学生が育つよう、できることはたくさんあるよ」
「観察や、観察。練習前の学生を見ているといろいろなことが分かるで」
「教育いうのは奥が深いで」
「指導の基本はやっぱり言葉やね」
「学校と教室と、フットボールのフィールドでは、決定的な違いがあると気づいたね」 「スポーツの楽しさって、どこにあると思う? 勝つために考えることやで」
「関西学院いうのは、負けないチームやと思う。関西学院のフットボールは、泥臭いよ」「いまも申し訳ない学年があんねん」
「自分の不安を受け入れる。それが大切」
「教え方がうまい4年生は慕われるものですよ」
「効率、合理性。これもフットボールやるうえでは大事なことです」
「スポーツは、損得でかなりなの部分説明できるで」
「効率化を考えたら、もっと日本のスポーツは良くなると思うねん」
「スーパーな相手を止めるのは、やっぱりせこいヤツやな」
……こうしたキーワードを使いながら、ファイターズのフットボールと自身の指導理念、方法を語り、結論の部分は「世界一安全なチームをつくる」。自身の学生時代は、根性練もあったと振り返りながら「意味なかったな。根性を鍛えたからいうて、勝たれへんからな。めちゃめちゃな追い込み方して練習したからって勝てるものでもない。けがをするリスクを増やしているだけです」と強調。
 最後に「2003年8月16日のことは忘れたことありません」と、その日、東鉢伏での夏合宿中に4年生の平郡雷太君を亡くしたことを取り上げながら、関西学院を世界一安全なチームにすると誓ったことを説明。そこから生まれた「ファイターズ コーチング基本方針」を紹介している。
 大阪人が普段の暮らしの中で使っている言葉で軽妙に展開される教育論はもちろん、その巻末に世界一安全なチームづくりの方針を公開しているところに、鳥内監督の真実があると僕は考えている。願わくは、この方針が日本のあらゆるスポーツ指導者に共有されること。それがファイターズに寄り添ってコラムを書き続けている僕の願いである。
 その期待に応えてくれるであろうこの終章が設けられたことだけでも「この本を手にする価値がある」と強くオススメしたい。もちろん「青い血の流れている」ファイターズファンにとっては必携の書である。
追伸
本は12月下旬の発売ですが、甲子園ボウルの会場でも部数限定で「先行販売」されるそうです。

◆どんな男になんねん 関西学院大アメリカンフットボール部 鳥内流「人の育て方」
鳥内秀晃・生島 淳 / 著
ベースボール・マガジン社
https://www.bbm-japan.com/_st/s16778973

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posted by コラム「スタンドから」 at 11:10| Comment(5) | in 2019 Season

2019年12月03日

(30)会心の勝利

 会心の勝利、といえば言い過ぎかもしれない。けれども、強豪・立命館に立ち向かう直前に、ファイターズの練習を見せてもらう機会のあった僕にとっては、十分に予測できた勝利であり、会心の勝利であった。
 予測は当然、外れることもある。身内をひいきするあまり、眼鏡が曇ることもあるだろう。しかし、間近でファイターズの練習を見てきた目で見ると、そこには1ヵ月前の練習とは明らかに異なる空気が流れていた。
 例えば、選手一人一人の練習に取り組む姿勢が敗戦前と、敗戦後では明らかに変わった。仲間同士で知恵を出し合い、一つ一つのプレーに惜しみなくアドバイスを交わす場面も増えてきた。逆に、不用意な落球や不注意から起きたミスについては、選手の中から厳しい言葉が飛ぶようになった。ハドルの中心にいる寺岡主将の声の調子、勢いも変わった。
 リーグ戦で立命館に敗れるまでは、正直に言って、どこかに緩い空気が漂っていた。緩いというと語弊があるかもしれないが、練習でプレーが失敗しても、当該の選手が本気で悔しがっている姿はほとんど見られず、仲間の明らかな失敗を本気で叱っている場面も見たことがない。チームを率いる4年生の言葉も、ありきたりで上滑りしている。もちろん主将と副将が怒鳴りあい、殴り合いになる寸前、というような場面にも遭遇したことがない。
 そんな空気が前回の敗戦で一変したように僕には思えた。練習の時間は同じでも、テンポは早くなり、より正確性を追求する。立命館の強くて素早いプレーヤーの動きを想定し、それを逆手にとる仕組みを一つ一つ周到に準備する。勝負すべきところでは大胆な作戦を仕掛け、相手の意図を外す仕掛けにも工夫を凝らす。
 立ち上がりから矢継ぎ早に展開し、相手守備陣を混乱させたノーハドルオフェンスは、そうした工夫の総仕上げといってもよい。
 RB三宅の立て続けの独走タッチダウンも、QB奥野の持つ高いポテンシャルとチームで一番のスピードを持つ三宅の能力を生かすために練り上げてきた作戦の成果である。もっといえば、攻撃のキーとなるOLやTEのメンバーを個人指導で徹底的に鍛えてきたコーチの指導のたまものといってもよい。
 前半を14−3で折り返し、後半戦が始まると同時に仕掛けたオンサイドキックも、チームにとっては必然であり、キッキングチームのリーダー、安藤君を中心に周到に練り上げてきたプレーである。
 立命館の強さは、前回の試合で骨身に染みて知った。個々の選手の反応の速さもただごとではない。それを理解しているからこそ、相手の意表を突く場面で、意表を突くプレーが求められる。それを具体化し、勝負をかけたのが、立ち上がりからのテンポの速いノーハドルオフェンスであり、ワイルドキャット隊形からの三宅のランである。そして、その仕上げが後半開始早々のオンサイドキックとその成功である。
 こうした仕掛けで、ファイターズが先手をとり、チームは終始、落ち着いてプレーを展開することができた。逆に先手をとられた相手には「こんなはずじゃない」という焦りが生まれる。その焦りがプレーのリズムを微妙に狂わせ、イージーなパスを落とすような場面が出てくる。それがまた焦りを増幅し、チームから余裕が失われる。
 そこにつけ込んだのがファイターズの守備陣である。DLは鋭い出足で相手のボールキャリアに襲いかかり、QBにパスを投げる余裕を与えない。あわやTDという場面ではファイターズのDBが懸命にパスに飛びつく。ここ一番の場面で必殺のパスをもぎ取ったDB宮城をはじめLB海崎、DB松本が各1本のインターセプトを記録。QBサックに至ってはDL板敷が4本、LB海崎、DB三村、DL寺岡がそれぞれ1本という「大豊作」だった。
 それもこれも、試合開始々、2本のTDを立て続けに奪ったノーハドルオフェンスの成果である。それを仕掛けたベンチの果敢な決断であり、その期待に応えた選手たちの勇気である。
 試合の2日前、大村コーチに話しかけると「結果は神のみぞ知るです」と、冗談めかしていいながら、「でも、プレーの準備では、どこにも負けていない自信があります」という返事があった。その言葉を鮮やかに証明したような試合内容と結果に、僕はまたフットボールという競技の持つ奥の深さと魅力を知ったのである。
posted by コラム「スタンドから」 at 09:20| Comment(7) | in 2019 Season