2016年07月26日

(13)アメフト探検会

 先日、甲東園の駅前で、夏恒例の「アメフト探検会」が催された。KGファイターズの活動に理解を示してくださる関西学院大学の先生方の同好会である。
 年に1度、春学期が終わった頃を見計らって鳥内監督やコーチ達を招き、和やかにフットボール談義をされる場といった方がよい。不肖私もファイターズの「専属コラムニスト」(勝手に僕が思っているだけです)として招待していただいた。
 紀州・田辺の新聞社の仕事を早々に切り上げて西宮に向かう。自宅に車を駐め、急ぎ足で会場の料理屋に向かう。出席された先生方に読んでいただくつもりでリュックに入れた「2015年FIGHTERSの軌跡」と「水鉄砲抄2015」が重い。ともに、僕がこの1年間、ファイターズのホームページと勤め先の新聞に書いたコラムを集成して出版した本である。双方合わせて24冊。それだけ参加者、つまりファイターズの活動に心を寄せ、あれこれと応援して下さる先生が増えているということである。ありがたいことだ。
 この会の長老の一人、文学部の永田先生の挨拶で開会。すぐにビールで乾杯。先生は相撲部の部長をされており、アメフト探検会というのに話題はもっぱら十両で活躍している宇良関のこと。とんとん拍子に出世しているが、それで天狗になることもなく、好感度満点の相撲を取っていることがうれしくてならないという口ぶりで、どんどん話が脱線する。
 その話に絶妙の突っ込みを入れるのが文学部の後輩、鳥内監督。いつも応援してもらっている先生方の集まりとあって、日ごろ、新聞記者のインタビューに対応されているときとは雰囲気がまったく違う。先生方と監督との「掛け合い漫才」で、座が一気に盛り上がる。
 出席されたメンバーの中には「ゼミでは必ず甲子園ボウルのビデオを見せます」とか「ゼミ生を連れて応援に行きます」とかいう先生がおられるし、毎年のように「野原コーチは、僕のゼミでも優秀な教え子」と自慢される先生もおられる。
 理工学部で情報工学を担当されている先生は、ファイターズのために特別のソフトを次々に開発。ビデオを担当するスタッフの仕事を大いに軽減されている。ビデオ作成のスピードと効率アップだけでなく、今度は、練習や試合のビデオを部員がどれだけ熱心に見たかを計測する仕組みまで開発されたそうだ。部員が「自宅でビデオを見ていました」と自己申告しても、それが本当かどうかが、即、数字で分かるという。怠け者の部員には、やっかいな仕組みだ。
 一方で「嫁さんがファイターズのファンなので、僕もつられてファンになりました」という若い先生がいるし「楽しい集まりだと聞いたから」と初めて参加された先生もいる。
 共通しているのは「ファイターズを応援してやろう」「ファイターズは素晴らしいチームだ」ということで、特別に気を配って下さる先生が学部や年齢に関係なく、あちこちに存在すること。そうした先生方が年に一度、教授や助教授という肩書きとは関係なく、ファイターズが好きだ、応援しているよ、といって集まり、監督やコーチと忌憚(きたん)なく意見を交わし、放談する機会を持って下さること。
 僕は、2007年のライスボウルの後、会のリーダーでもある商学部の福井先生と東京で杯を交わした(ほんの1杯だが)のが縁で親しくなり、この会にも招かれるようになったのだが、回を重ねるごとに、先生方がこういう集まりを持って下さることに感謝する気持ちが強くなっている。定年で大学を去られたメンバーも多いが、そうした人も含めて、ファイターズのことを常に気にかけ、見守って下さる先生方がいるというのは、本当に心強い。
 近年、大学における課外活動の意味、役割はますます大きくなっている。それは昨年のプリンストン大学との交流でも確かめられたし、就職活動の場でも実証されている。
 しかしながら、一方で、大学の先生方が課外活動を見る目が厳しくなっているのも現実である。部活動が優先され、授業に出られない部があるとか、試合に出る部員が優先され、それ以外の部員はスポイルされているとかいう話を学生から聞くこともある。僕も非常勤講師として、多少とも学生を教える立場にあるから、ほかの部で活動している教え子たちからそうした話を聞かされることがある。
 そういう状況にあっても、ファイターズはなお先生方に愛されている。それは歴代の部員や指導者が営々と積み重ねてきた実践と実績があってこその話である。優勝回数やその内容だけでなく、日ごろの授業への取り組みや就職活動の実績までをトータルした実践がチームのカラーとなり、それを好ましく思っていただけているのである。現役部員への評価というより、歴代の先輩方に対する評価といった方が正確かもしれない。
 ローマは一日にして成らず。ファイターズも一日にして成らず。現役の諸君も、そういう歴史的な背景をよくわきまえていただきたい。ファイターズの歴史から学ぶこと大切さがここにある。
 「ファイターズの部員はいつも、多くの人に見られている」というのは、鳥内監督が常に言われる言葉である。
 グラウンドでの練習や戦いだけでなく、通学途上の電車の中での振る舞いから授業を受ける態度まで、チームの評価が高くなればなるほど、その行動に責任が伴うという意味である。その意味をよく理解し、これからも先生方に支援していただけるにふさわしいチームの一員として行動していただきたい。それが自身の成長につながることは、多くの先輩が証明している。
posted by コラム「スタンドから」 at 08:39| Comment(1) | in 2016 season

2016年07月14日

(12)「二つの魂」

 朝日新聞で一緒に働いた同僚と後輩が立て続けに読み応えのある本を出版した。
 一人は元朝日新聞社会部員で、論説委員や編集委員を務めた稲垣えみ子さん。今年1月、51歳で早期退職した後、立て続けに「魂の退社」(東洋経済新報社)と「アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと」(朝日新聞出版)を出版した。ともに、新聞記者として生き、悩み、苦しみ、もがき続けてきた軌跡を描きながら、究極の「節電生活」をする中で見つけたある種の「解脱」ぶりを軽快な筆で綴っている。今の時代を鋭く切り取った極上の文明批評といってもよい。その一端は、毎日テレビの「情熱大陸」や朝日放送の「報道ステーション」でも取り上げられたから、ご存じの方も多いだろう。
 彼女とは僕が京都支局のデスクをしていた時代に一緒に働き、大阪の社会部でも一時期、同僚として働いた。僕が夕刊取材班の編集長をしているときには、著名人の死生観をロングインタビューで描き出す「死に方が知りたくて」という連載を担当し、後にパルコ出版から出版された。彼女が30歳になる前である。
 連載の途中、阪神大震災が発生。とてもこのタイトルでは紙面に連載できないと、急きょ「いつかあなたに花束を」にタイトルを変え、北海道・奥尻地震と九州・雲仙岳の噴火、そして日航機墜落事故の犠牲者の遺族などに取材し、悲惨な事故からの「再生の物語」を綴ったのも、懐かしい思い出である。
 もう一人は、川名紀美さんの「井村雅代 不屈の魂」(河出書房新社)。こちらは日本のシンクロナイズドスイミングを世界のトップレベルに引き上げ、その後、コーチとして招かれた中国でも、世界のトップ争いをするチームを育てた井村雅代さんの軌跡を描いたノンフィクション。なぜか、二人の書名に「魂」の文字が入っていたので、今回のタイトルは「二つの魂」とした。
 川名さんは、丹念な取材で、「シンクロの母」とも「シンクロの鬼コーチ」とも呼ばれる井村さんの指導者としての哲学を描き、それを支える人たちにも光を当てることで、現代におけるコーチの役割と指導者、教育者としての責任を見事に描き出している。
 彼女は大阪の学芸部で育った記者だが、僕とは年齢も近く、新聞記者の師匠と仰ぐ人との縁もあって、何かと親しくしてきた。論説委員室の仲間でもあり、社会部でも一時期、一緒に働いたことがある。
 もっぱら、女性や虐げられた人に焦点を当てた取材を得意としてきた記者だが、今度は畑違いのスポーツノンフィクション。人気はあるが、比較的マイナーなスポーツでもあり、取材が大変だったろうなと想像しながら読んだが、これがまた読み応えたっぷり。
 スポーツにおけるコーチの役割とは何かを考えるうえで、いくつものヒントが転がっている本だった。
 いわく、コーチとは「選手を目的地に連れて行く人」。シンクロを教える最終目標は「メダルではない。スポーツを通じて努力することや耐えること、力を合わせることを覚えてよりよい人間になってもらいたい。私の究極の目標はそこなんです」。
 そういう言葉を井村さんから引き出した筆者は、この言葉を裏付けるこんなエピソードを紹介している。
 「ある国際大会のおりに、勝者に贈られる花束が無造作に部屋に放り出されているのを見つけて井村が声を荒げた」
 「お花も生きているんやから、水に入れてあげなさい!」
 「容器がないから」という選手たちの言い訳に、井村の怒りは倍増した。「少しは考えなさいよ」
 「空になったペットボトルの上部を切り取り、即席の花入れにする。試合が終わった後で、その花束にありがとうという言葉を添えて、お世話になったコーチやトレーナーのところに持っていく−−。井村に教えられて、以後、選手たちはそれを実行している」
 なんだか既視感のある話である。
 そう。「スポーツを通じて、努力することや耐えること、力を合わせることを覚えてよりよい人間になってもらいたい」という言葉は、鳥内監督がいつもファイターズの部員に問い続けている「どんな人間になんねん」という言葉にそのまま置き換えられる。
 「花の命を大切に」という話は、2年前の12月、このコラムで紹介した「足下のゴミ一つ拾えない人間に何ができましょうか……」という張り紙のエピソードにつながる。ある1年生部員が「自分たちがフットボール用具の収納室、更衣室として利用する部屋を乱雑にしているようでは、高いモラルを持って戦えない」と、あえてこの文字をA4用紙1枚に書いて、仲間に覚醒をうながした張り紙である。
 花を大切にする。自分たちの使う部屋を美しくする。対象は異なっても、日常生活の中で人間としてのモラルを大切にするところから勝負はスタートする、人間としての成長なしに勝利はない、という意識は共通のものである。
 井村雅代という希代の指導者の軌跡を描いたノンフィクションに、ファイターズのコーチや部員が日ごろから「当たり前」のこととして取り組んでいることと共通する話がいくつも紹介されていることに驚き、同時にファイターズが目指している方向が間違っていないことを確認して、読後、爽快な気分になった。
 川名さん、ありがとう。稲垣もがんばれ。僕もファイターズのホームページと紀伊民報を舞台に、シコシコとコラムを書き続けるぜ、と気持ちを新たにしたのである。
posted by コラム「スタンドから」 at 09:48| Comment(0) | in 2016 season

2016年07月07日

(11)メキシコでの戦い

 白状すると、僕は新聞記者でありながら、海外に出掛けるのが大嫌いである。異国の言葉がしゃべれない、飛行機に乗るのが怖い、狭いところに何時間も閉じ込められるのが耐えられない、という「三重苦」がその理由である。
 朝日新聞社の論説委員をしていたときには、それでも職場の同僚たちと(義務として)極東ロシア、台湾、ベトナムの3カ所に出掛けたが、プライベートでは一度も海外に出たことがない。ヨメさんから怒られ、子どもたちには見放されているが、それでも「三重苦」には勝てない。2年前、友人の作家、黒川博行さんが直木賞を受賞されたとき、「マカオツアーご招待、往復の飛行機とホテル代は全額、黒川持ち」という夢のような案内をいただいたが、これもパス。世間も大学も「スーパーグローバル」とか「GO GLOBAL JAPAN」とかいっているのに、まるで石器時代に生きているような毎日である。
 今回、ファイターズがメキシコ1の名門大学、メキシコ国立自治大学(UNAM)のフットボールチーム“PUMAS”から招待され、交流試合をするにあたっては、チームから非公式に「一緒に行きませんか」と声を掛けられたが、もちろん「辞退します」と返事。選手たちの奮闘振りを現地で見たいのはやまやまだが、ここでも「三重苦」には勝てなかった。
 代わりにというわけでもないが、帰国したチームのご厚意で、試合の模様を編集したDVDを提供していただいた。
 正直言って、テレビ局が中継用に撮ったビデオを見慣れている目から見ると、画像そのものは数段劣る。肝心のボールキャリアが写っていない場面もあるし、画像の質も悪い。それでも繰り返し繰り返し再生すれば、ファイターズの諸君の奮闘振りが伝わってくる。ありがたいことだ。
 例えばディフェンス。DLを率いる52番松本を中心に、柴田、藤木、安田、大野らの第一列が速くて強い当たりで、相手の動きをコントロールする。LBの動きもよい。つい先日までけがのために試合に出ていなかった主将山岸が右、左、前、後ろと、ボールのあるところに必ず顔を出し、松本や山本の的確な動きと相俟って、相手のランプレーを封じていく。最後列の小池、岡本、小椋の背番号も何度も画面に映っていた。相手のプレーに的確に絡んでいたという証拠である。
 1本目のプレーヤーだけではない。次々と交代して入ってくるメンバーの動きもよい。体が大きく、スピードがあり、闘争心をむき出しにして挑んでくる相手を時には力で圧倒し、時には技術で勢いをそいで、効果的な前進を許さない。
 得点こそ13点を奪われたが、そのうち1本は相手守備陣がファイターズのパスをインターセプトし、そのままゴールまで走り切ったTD。残る6点はフィールドゴールの2本であり、守備陣としては1本もTDを与えていない。
 逆に攻撃陣は苦労したようだ。何より得意とするランプレーでビッグゲインが出ない。ランプレーが思うように進まないからパスの成功率も芳しくない。画面を見る限り、OLは相手ラインと対等に戦っているようだったが、それでもRB陣は苦労している。相手の逆を突いた、これは抜けた、と思っても、横合いから予期せぬプレーヤーが飛び込んでくる。
 パスも同様だ。相手守備陣は背が高く、手も長いから、両手を挙げ、振り回すだけでも邪魔になる。どちらかといえば小柄なQB伊豆が投げにくそうにしている場面が何度も現れた。それでも、試合に勝つためにはパスを投げ続けるしかない。右や左に走り回り、ランのフェイクを入れてからの短いパスやショベルパスを織り交ぜ、時には長いパスを投じる。
 そうしてグラウンドを広く使っているうちに第3Qと第4QにWR亀山への長いパスがヒット。それぞれパスを受けてからの独走でTDにつなげる。K西岡のPATも決まってファイターズが逆転した。
 画面を見ている限りでは、もう少しファイターズがプレーの精度を上げていれば、もっと点を取れる場面があったようにも思える。とりわけ0−0で迎えた前半、短いパスとランプレーを交互に繰り出し、相手ゴールに迫ったときの攻撃が惜しまれる。あそこで一気に先取点を挙げていれば、終始、自分たちのペースで試合を支配できた可能性があったが、結果は無得点。その辺の詰めの甘さを今後、どうするか。夏休みの宿題をもらったような気がする。
 そうしたことを含めて、日ごろ親しくしている何人かの選手に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
 「確かに相手の当たりは強かったけど、自分だけが目立とうとする選手が多かった。その辺のほころびを見極めて攻めれば、もう少し点を取れていたのではないか。チャンスを確実にモノにできなかったのが、心残りといえば心残りです」(WR)
 「当たった感じでは立命のDLの方が強かった。メキシコの選手に勝ったといって満足していると、間違いなく立命にいかれます」(OL)
 「自分としては、できは普通です。秋にはもっと動けるようになって、チームを引っ張っていきます」(DL)
 それぞれ、国際交流試合で勝ったことよりも、秋の試合を見据えた発言ばかり。学生数約25万人。規模でも学力もメキシコを代表する大学を相手に、見事な逆転勝利を収めたことよりも、目の前に「本番」を控えた主力選手たちの、今後の戦いに向けた発言の方がはるかに力がこもっていた。
 勝利におごらず、そういう言葉を短い会話の中にさりげなく混ぜることができるようになったことが、今回の交流試合の成果かもしれない。
posted by コラム「スタンドから」 at 15:54| Comment(1) | in 2016 season