2017年10月10日

(24)目頭が熱くなった

 関西リーグ4試合目。甲南大学との戦いは日曜日の午前11時半、キックオフ。今季初めての昼間の試合となった。開始直後は雲に覆われ、まだ涼しさを感じるゆとりがあった。けれども徐々に晴れ間が広がり、気がつけば真夏のような太陽が照りつけている。とても10月半ばとは思えないほどの陽気となったから、スタンドでさえバテてしまった。グラウンドで走り回る選手は大変だったろう。
 ファイターズが後半にレシーブを選択し、試合はディフェンスから始まる。その立ち上がり、甲南はランと短いパスを組合わせた攻撃で立て続けにダウンを更新。自陣23ヤードからハーフライン近くまで陣地を進める。これはやっかいなことになりそうかな、と思っている内に相手が反則。攻撃のリズムを自ら崩してしまう。
 替わってファイターズの攻撃は自陣10ヤード付近から。その第1プレーはQB西野からWR松井へのロングパス。それを見事にキャッチしてたちまち相手陣45ヤードまで迫る。こうなるとプレー選択の幅が広がる。WR中原への短いパスを決めると次はRB山口が15ヤードを走ってダウン更新。続く攻撃ではRB高松が3ヤードを走った次のプレーは再び松井への15ヤードのパス。残る8ヤードをスピードとパワーに優れた山口が走り切ってあっという間に2本目のTD。K小川のキックも決まって7−0とリードする。
 この間、ファイターズベンチはパス、パス、ラン、ショベルパス、ラン、パス、ランと組み立て、たたみかけるように攻め込む。相手守備陣は立ち止まって考えるゆとりがなく、ファイターズペースで試合が進む。相手陣42ヤードから始まった次のシリーズではTE対馬へのミドルパスと高松の18ヤードランで2本目のTD。キックも決め、相手守備陣を寄せ付けない。
 すごみを感じさせたのは、第2Qに入って最初のファイターズの攻撃。相手陣39ヤードから西野から前田耕作へのパスで9ヤード、西野のQBドローでダウンを更新すると、次は山口と高松のランで30ヤードまで前進する。相手守備陣にランを警戒させたうえで、次は西野が豪快にゴール右隅に投げ込む。これをスピードのある長身レシーバー松井が見事にキャッチし、TD。相手DBもよくカバーしていたが、松井の力と技が勝った。
 2Q終了間際には、西野から前田泰一へ短いパスを続けてゴール前に迫り、時間切れ寸前に小川がフィールドゴールを決めて24−0。
 ここまでは力強いファイターズ。攻撃も守備も要所で力を発揮し、完全にペースを握って相手に付け入る隙を与えない。さすがは優勝を争うチームならではの強さと安定感がある。日ごろの上ヶ原での練習に取り組む姿と合わせ、今季も順調に仕上がってきたと一安心した。
 ところが、後半に入り、攻守ともに1枚目のメンバーを少しづつ外し、交代メンバーを出してくると、様相は一変する。第3Q最初の攻撃シリーズこそ、QB光藤からTE荒木、WR長谷川へのパス、RB中村のランなど3年生中心の攻撃が機能し、相手ゴールに迫ったが、ハンドオフのミスなどがあって、結局は小川のFGで3点を挙げただけ。続くシリーズも、QB光藤が盛んにパスを投げたが、レシーバーとの呼吸が合わずに攻撃が続かない。
 ディフェンスも同様で、甲南の素早いパスと切れのよいランが止められない。じりじりと陣地を進められ、第3Q終了間際にはTDも許してしまった。
 上ヶ原のグラウンドでは、チームの練習が始まる前の恒例となっているQBとWRの自主練習で、先発メンバーや主な交代メンバー相手に快調にパスを決め続けている光藤の姿を見ているだけに「どういうことか、2枚目、3枚目相手ではタイミングが合わないのか」と心配になる。試合後、鳥内監督や大村コーチにこの点を確かめると、ともに「その通り。下級生は練習が足らん。授業があるから仕方がないが、この試合、この一球に対する思いも足りてない」「技術的にも大学のレベルには到達していない。ボールを見た瞬間にスピードを落とす悪い癖がついているから、一枚目相手なら通るパスが通らない」と厳しい言葉が並ぶ。
 レシーバーは華やかなポジションだから、ミスをすれば目立つ。しかし、ほかのポジションでも目立たない所で未熟なところが目についた。これを「2番手、3番手のメンバーだから仕方がない」といっていては、いつまで経っても成長は望めない。4年生が中心になって、普段から足りないところを注意していくしかない。
 立命館に敗れた2年前の悔しさを胸に抱き、ライスボウルで社会人の高いレベルを知って練習に励んでる上級生は何人もいる。そうしたメンバーが「チームに所属していれば立命に勝てる」「甲子園ボウルでも勝てる」と勘違いしている下級生の意識をどう変えていくか。ポイントはそこであり、そこを教訓にしてこそこの試合の収穫もある。
 その意味で、僕は第4Qの終盤、4年生LB鳥内のインターセプトで掴んだ相手陣42ヤード付近からの攻撃シリーズを注目した。普段の試合では、ほとんどベンチを温めている4年生が続々と登場したからである。いわば「卒業シリーズ」とでもいうような場面であり、QBには百田、RBには久保田が出ていた。
 第1プレーは期待通り百田から久保田へのハンドオフ。そこで久保田が見事なカットバックで約20ヤードを走る。続くプレーも同様、久保田のラン。残る3ヤードを百田から3年生長谷川へのパスでTD。わずか3プレーでTDにつなげたこと以上に、僕はいきなり起用された久保田が2度の出場機会を2度とも素晴らしい走りで締めくくってくれたことがうれしかった。目頭が熱くなった。
 彼は龍野高校の出身。身長167センチ、体重73キロ。高校時代はサッカーをやっており、フットボールは未経験だ。しかし、こつこつと練習を積み、選手として4年間をこのチームで過ごした。でも、試合に出してもらえることはほとんどなく、3年生の頃は主としてフレッシュマンの指導を担当、4年生になってからはLBやDBのメンバー相手に「仮想ランナー」の役割を務めていた。小柄で当たりの強さはないが、カットバックに優れているから、LBやDBを振り回す役割が適任と期待されたのだろう。
 チーム練習が始まる1時間も2時間も前から、彼は手の空いたLB、DBのメンバーの相手にそうした練習を続けている。時には早めに出てきた下級生RBをその練習に加え、RBにカットの切り方、走り方の指導も同時に務めている。
 けれども、1枚目、2枚目のRBには高松や山口がいる。下級生には伸び盛りの渡辺や鈴木、三宅らがいる。なかなか試合に出るチャンスはない。実際、チームタイムが始まっても、彼が攻撃メンバーとして参加しているのを見たことがない。
 そういう選手が、いわゆる「4年生シリーズ」で出場の機会を得た。そして2度の機会でともに20ヤードほどを獲得した。合計獲得ヤードは39ヤード。この日出場したファイターズのランニングバックでは一番の記録だった。彼の日ごろの役割、チームへの貢献振りを見てきた人間の一人として、目頭が熱くなったのも当然だろう。
posted by コラム「スタンドから」 at 09:03| Comment(1) | in 2017 Season

2017年09月24日

(23)闘争心

 9月22日の京大戦を前に、主務の三木大己君がこのホームページ「主務ブログ」に「裏付けのある闘争心を持って目の前の1プレーに全力をぶつける」と書いていた。「気合いだ!」「闘争心だ!」と叫ぶだけでなく、どのように相手とぶつかるか、どのようにすれば目の前の相手を吹っ飛ばし、プレーを進めることができるか。その一つ一つに裏付けを持て、その裏付けを練習で確固たるものにせよ。そうすれば、試合では無心に戦うことができる。どんなに強い相手でも、怖れず臆せずぶつかっていける。そういう意味だろう。
 さすがは4年生、これでこそチームのリーダーだと感心し、よしっ、その心意気を存分に見せてもらおうと期待して、3時限目の授業が終わると同時に、雨の西京極スタジアムに足を運んだ。
 期待は裏切られなかった。立ち上がりからファイターズの守備陣が健闘。最初のシリーズはDL三笠、LB海崎の激しいタックルで相手攻撃を完封。簡単にパントに追いやる。
 攻撃陣も呼応する。相手の闘争心をいなすようにQB西野からWR前田へのパス、RB山口のランで陣地を進める。時にはRB鈴木へのパスで目先を変え、相手が混乱する隙にWR松井へのパスを通し、あっという間に相手陣34ヤード。
 ところが、ここからがいただけない。第1ダウンでゴールめがけて長いパスを投じたが、レシーバーが一人もいない。気を取り直して、今度はドロープレーで12ヤード前進したが、ここは反則で逆に5ヤードの罰退。あげくにスナップが乱れ、せっかくの先制点のチャンスを自ら放棄してしまう形になった。
 さらにファイターズのミスは続く。次の京大の攻撃シリーズを守備陣が完封し、第4ダウン4ヤード。パントの状況に持ち込んだのに、なんとファイターズは12人がプレーに参加してしまい、みすみす相手の攻撃を続けさせてしまう。
 ヤバイ、浮き足立っている。「闘争心」を強調する余り、「平常心」が失われてしまったのか。何とか落ち着いてくれ。そんな気持ちが通じたのか、DL三笠と今井が鋭い動きでQBを追い詰め、陣地を後退させて、ファイターズに流れを取り戻す。
 ここで今度は京大にお返しのようなミスが出る。パントを蹴る態勢でスナップされたボールがパンターのはるか上を越え、自陣のゴール前6ヤードまで転がってしまったのだ。気持ちがはやるあまりの出来事だろう。闘争心が裏目に出たということかもしれない。そういえば、ファイターズの最初の攻撃でも、京大の守備陣は意気込みが空回りした形でオフサイドの反則を犯している。これもまた、闘争心の制御に失敗したということだろう。
 ともかくチャンスである。ファイターズの攻撃は相手ゴール前6ヤードから。この好機にRB高松が鮮やかなステップでゴールまで切れ込みTD。K小川のキックも決まって7−0。ようやくファイターズの攻撃陣も落ち着きを取り戻す。
 こうなると、守備陣の安定しているファイターズは力が出る。相手がワイルドキャットの態勢から仕掛けてきたランプレーをDB小椋が強烈なタックルで仕留め、続くパスもDB畑中がはたき落とす。
 次のファイターズの攻撃は自陣8ヤードから。相手の長いパントでゴール前に追い込まれたが、ここで西野のビッグプレーが出る。RBに渡すと見せかけたボールをそのままキープ。一気に82ヤードを走ったのだ。
 この場面、ファイターズはゴールを背に2度のランプレーを選択したが、ともに進まない。もし、パントに追いやられるとしても、もう少しいい位置から蹴らしたい、という状況である。相手守備陣だけでなくぼくも中央のランプレーを予測していた。実際、3度目のプレーでも、西野の動きはその前の2回と同様、RBにボールを渡すように見えた。ところがこれが見事なフェイク。中央を固めた相手守備陣はそのフェイクにひっかかり、思わず西野へのマークが甘くなる。その隙を突いて西野が快足を飛ばし、一気に82ヤードを突っ走った。
 場内の興奮が頂点に達したところで次のプレーはRB山口へのハンドオフ。先ほどのプレーの残像が残っている京大守備はRBの動きに対応できず、簡単に中央を突破してTD。14−0とリードを広げる。
 次のファイターズの攻撃シリーズは、一転してパスが中心。松井、前田耕、阿部らのWR陣を次々と走らせ、あっという間にゴール前28ヤード。そこから高松が2度続けてボールを持ってTD。21−0とリードを広げる。
 激戦が予測された伝統の一戦だったが、ここまで点差が広がると、リードしている方は落ち着いてプレーできる。逆に、追い上げる方はどうしても無理が出る。そうなると、余裕のあるチームの方が実力を発揮できる。
 とりわけファイターズのような守備陣が安定しているチームは隙を見せない。1列目には柴田、寺岡、今井、三笠を並べ、2列目は松本、海崎、吉野、そして3列目には絶対的な守護神小椋を中心に木村、横澤、畑中が並ぶ。この日は、それぞれが鋭い出足とタックルで見せ場をつくった。インターセプトこそなかったが、ファンブルカバーで相手ボールも奪い取った。終わって見れば、京大がラン攻撃で得た陣地はわずか1ヤード。守備陣の活躍振りはいくら書いても書ききれないほどである。
 僕はこの日、2、3時限に授業があり、昼飯を正門前のスパゲティーの店で食べた。たまたま同じ店で昼食をしていた副将の松本君と小椋君に出合い、「体調は大丈夫か。頑張れよ。授業が終わり次第、飛んでいくから」と声を掛けた。
 「思いっきりやります」と口を揃えた彼らが目を見張るプレーを連発してくれた。攻撃陣の華やかな活躍の前で、ついつい見過ごされがちな守備の面々が存分に活躍してくれたことが、僕にはことのほかうれしかった。
 次の試合の前には、攻撃の面々と食事をしようか。再びいいことがあるかもしれない。
posted by コラム「スタンドから」 at 17:51| Comment(2) | in 2017 Season

2017年09月19日

(22)ファイターズの文化

 僕には一つの願望がある。ファイターズが歴代、懸命に築き上げてきた課外活動の取り組みが近い将来、大学・高校の課外教育にとって一つの模範となり、それがいつの日か標準的なモデルとなる日をこの目で見たいということである。
 なんと大げさな話、と思われるかもしれない。それはどういう意味かと問い返されるかもしれない。このチームの本当の姿をご存じない方なら、何を勝手なことをと叱られるかもしれない。
 けれども、2006年の5月からスタートし、毎年毎年、何とかの一つ覚えのようにファイターズというチームの素晴らしさについてさまざまな場面を描きながら書き続けてきたこのコラムの読者なら、僕の言いたいことは、ある程度は想像がつくと思う。
 試しに、この2、3年の新聞を繰ってみればよい。大学・高校の課外活動の在り方に関係して、さまざまな記事が出ている。指導者の暴力、上級生によるしごきやいじめ事案は日常茶飯事だし、熱中症や落雷による死亡事故の記事も少なくない。柔道の授業中に重篤なけがを負ったり、命を落としたりして司法の場に争いが持ち込まれることもたびたびであり、その多くで学校側の責任が認定されている。
 先週の朝日新聞にも、日本学生野球協会が高校野球チームの部長や監督、コーチら18人について、部内暴力や不適切な指導などを理由に1年から1カ月の謹慎処分にしたとの記事が掲載されていた。これは、年間の人数ではなく、今回の審査会で審議した案件だけであり、年間を通して見れば、驚くほどの数字が出てくる。僕は以前、日本高野連の常任理事をしていたことがあり、その一端はある程度は承知しているが、謹慎や対外試合禁止には至らない事案まで合わせれば、その数は驚くほど多い。
 もちろん、日本高野連が指導者の不祥事に厳しく対処し、悪質な事案については積極的に公表していること、活動しているチームが全国で約4千校もあることなどから、ある程度の数字が上がってくるのはやむを得ないという見方もある。けれども、この数字を虚心に見れば、部活動の現場で暴力事案が横行していること、それが何年経っても改善されないことが伝わってくる。
 たまたま手元にこの記事があったので、高校野球を例に挙げたが、バスケットボール部や柔道部などでも近年、新聞紙上で大々的に取り上げられた事案はいくつもある。高校に限らず大学の部活動でも、似たようなというか、より悪質な例は少なくない。
 ところが一方で、そうした部長や監督、つまりは学校の教員たちを「熱心な指導者」として崇拝する保護者や関係者がいるから話は難しい。本来は課外活動は学校教育の大きな部分であるにも関わらず、そうした保護者や関係者に支えられて、いつまでも暴力的な指導、脅迫的な指導を「熱心な」と勘違いし続け、部活動の場をある種の「治外法権」の場にしている学校も少なくない。
 そうした場所での活動が、本来は楽しさや喜びにあふれているはずのスポーツの素晴らしさを子どもたちから奪ってしまうというのだから、ことは深刻である。
 こうした現状を改革するために、どんな手を打てばいいのか、と考え続けた結果が僕の夢見ている「ファイターズの課外活動、課外教育」を日本の高校・大学における「課外活動、課外教育」のモデル、スタンダードにするということである。
 勝利に向かって、組織に属するすべての人間が努力する。それを暴力で強制するようなことは一切しない。上級生は下級生を自分たちの目標達成を助けてくれる仲間として迎え入れ、下級生はその文化を新たな後輩に継承していく。練習時間は明確に管理し、常に健康状態を最優先に考える。誰も気付かないかも知れないが、細かいことで言えば、試合会場に出掛ける際の服装から、グラウンドで集合するときのヘルメットの持ち方まで、マネジャーが細かく管理しているのも、部活動を人間教育の重要な舞台と位置づけているからである。
 こうした文化は、歴代の部員と指導者が長い歳月をかけて築き上げてきた。部外では、それを窮屈と批判する声もあるようだが、僕はこの20年ほど、このチームを身近に見続けてきて、その真実、つまり、こうした文化を部員や指導者が自発的に育てて来たこと、だからこそその文化が勝利につながる豊かな土壌になったことを知っている。その一端は、このコラムでも折りに触れて紹介してきた。いまは休刊になっている「タッチダウン誌」でも紹介したことがある。
 そういう文化をフットボール界に限らず、日本の高校・大学の課外活動、課外教育の標準にできないか、それを実現するためにはどういう方法があるのかと僕は問い続け、その気持ちを抱えつつこのコラムを書き続けている。
 けれども、論より証拠。ファイターズが勝ち続けることで、その勝利をもたらせたファイターズの文化がより輝く。それに比べて、文弱の徒が書くこのコラムでは、ファイターズの持っている素晴らしさ、そのDNAの凄さの一端しか伝えることができず、常にある種の焦燥感に駆られていた。
 けれども、ここに大きな味方が現れた。高校フットボール界で活躍されている三人の教員、つまり今年のイヤーブックに紹介されている池谷陽平(箕面)、杉原五典(高槻)、三井良太(浪速)の3氏である。それぞれファイターズで活躍し、卒業後は教職に身を投じて教科を担当する傍ら、フットボールの指導者としても活躍されている。
 彼らの言葉が心強い。杉原氏は「社会では、コミュニケーション能力、問題発見力、問題解決力が求められている。そのすべてをファイターズで得ることができた」という。
 池谷氏は「ファイターズで得た強みは意思決定能力と合意形成」といい、後輩たちに「いかにファイターズという組織に変化をもたらす触媒になれるか」と問い掛ける。
 三井氏はもっと具体的に「狭い門から入れ。必要なことはどんな困難があっても逃げないで向き合って」と呼び掛ける。
 それぞれが教育の現場に身を置き、日々高校生と向き合い、格闘しながら一人一人を伸ばそうと努力を続けている。その努力の背骨になっているのがファイターズの活動で培われたDNAであり、文化である。
 僕が懸命に「ファイターズの文化を高校・大学の課外活動、課外教育の標準に」と言い続けていることを、3人はそれぞれの高校で実践されているのである。こんなに心強いことはない。いまは3人でも百万の援軍を得た気分である。
 彼らだけではない。いまも教員を目指して教育学部や人間福祉学部で頑張っている現役の部員が何人もいる。彼、彼女らがファイターズの文化、DNAを身に付け、教育現場に散っていけば、いまに何事かを変える戦士になってくれると期待できる。そうした戦士たちが各校で実績を積めば、やがてファイターズの文化が、少なくとも高校のフットボール界から変わってくるのではないか。
 そんなことを想像すると、ワクワクしてくる。
 今週の金曜日は、京大との決戦。そちらの話を書くスペースはなくなったが、それは僕があれこれ言うより、試合会場で自分の目で確かめていただくのが一番。防寒の備えを忘れず、まずは、西京極まで足を運んでいただきましょう。
posted by コラム「スタンドから」 at 21:40| Comment(1) | in 2017 Season

2017年09月12日

(21)勘違いは御法度

 先週土曜日は桃山学院との戦い。過去の対戦機会は少なく、手探りの立ち上がりだったが、選手層の厚さで優位に立つファイターズが終始自分たちのペースで試合を進め、終わって見れば65−0の圧勝だった。
 立ち上がり、コイントスに勝ったファイターズが守備から試合に入り、相手の出方をうかがう。相手陣16ヤードから始まった最初の相手攻撃を守備陣が完封し、自陣48ヤードから自分たちの攻撃につなげる。
 ファイターズが準備してきた最初のプレーはRB山口のラン。QB西野からハンドオフされたボールを抱えた瞬間、トップスピードに乗った山口が右サイドラインを一気に駆け上がり、そのままま52ヤードのTD。胸のすくような走り、という言葉があるが、スピードと突破力を兼ね備えた山口ならではプレーで、一気に試合の流れを手にした。
 次の相手攻撃では、2度ダウンを更新されたが、なんとかパントに追いやり、再びセンターライン付近からファイターズの攻撃が始まる。この日のキッキングチームは初戦とは違って終始相手陣深くにキックを蹴り込み、陣地の優位を奪い続ける。守備陣がパントをカットする場面もあり、終始40ヤード付近まで返されていた初戦とは大違いである。よほど気合いを入れて練習してきたのか、それとも相手のパントチームの練度が低かったのか、僕には判断できないけれども、キッキングチームが機能し、そこから試合を有利に運んだことは間違いない。
 ともかくハーフラインから始まったファイターズの攻撃。今度は一気にTDを狙ったパスを西野からWR松井へ。惜しくもはじいて狙いは失敗したが、今度はRB陣が頑張る。西野のスクランブル、山口への短いパスなどで陣地を進め、仕上げはゴール前13ヤードから西野がスクランブルを決めてTD。小川のキックも決まって14−0。
 第2Qに入ってもファイターズの攻撃は快調そのもの。西野から松井への22ヤードのパス、山口、西野のランですいすいと陣地を進め、ゴール前3ヤードから再び山口がTD。次の桃山の攻撃もDB吉野が鮮やかなインターセプトで攻守交代。今度は松井やWR前田へのパスプレーで陣地を進め、この日が初出場の1年生RB鈴木(横浜南陵)が14ヤードを走り切ってTD。大学生として公式戦最初のプレーがTDという派手なデビューだった。
 派手なデビューといえば、これだけではない。3Q中盤、2度目に登場したときも、ゴール前15ヤードでハンドオフされたボールを一気に相手ゴールに持ち込んでTD。ボールを手にした2度の機会をともにTDで仕上げるという派手、派手のデビューだった。相手守備陣が暑さにバテていたこと、味方のオフェンスラインが大きな穴を開けてくれたことを割り引いても、素晴らしい記録である。
 守備陣が簡単に相手の攻撃を止め、続くファイターズの攻撃は再びセンターライン付近から。ここで今度は西野から亀山へTDパス。見事にコントロールされたパスがゴール前に飛ぶ。よくカバーしていた相手DBが必死に飛び上がるが、その上から長身の亀山が横取りする形でパスを確保し、48ヤードのTDパスが完成。亀山はその長身とキャッチ力を生かしてもう1本の長いTDパスをキャッチしており、ライバルチームのビデオ撮影班にも脅威を与えたのは間違いない。もう一人の長身レシーバー松井も、後半の途中から出場したQB光藤からのTDパスをキャッチしており、この二人がフル回転すれば空中戦で優位に立てることは間違いない。プレーの選択枝も広がり、ライバルたちにはやっかいなことになりそうだ。
 とにかくこの日のファイターズオフェンスは、一度もパントを蹴ることなく攻撃を終了させている。加えて、前半、相手攻撃陣が疲れる前に相手パスを奪い取り、そのまま23ヤードを走り切ってTDに結び付けたDB小椋の活躍もあって、最終のスコアは65−0。これは後半、大量に交代メンバーを投入しながらの結果であり、数字だけを見れば「ファイターズ強し」という印象を他チームに与えたことだろう。
 しかし、試合後の鳥内監督は「たまたま点が入っただけ。勘違いしたらあかん、相手がばててただけや」「問題は本当に強い相手とどこまでやれるか。今のままなら(次節の)京大にやられる」と厳しい口調だった。
 確かにその通りである。試合後の主将や副将からも「自分がゲームを変えるという気持ちを持ってほしい」「まだま自分が1枚目だという自覚が足りない」などという辛口のコメントが出ていた。
 試合をスタンドから観戦している人間と、グラウンドに身を置いて戦っている人間とでは感じ方が異なる。チームを指揮する監督やコーチもまた、目先の得点差に一喜一憂するようなことはない。ただただチームの全員が「もう一つ上」を目指しているかどうか、貪欲に勝利を求め、そのためにチームの一人一人が自分を追い込んでいるか、という点にのみ関心があるのだろう。
 その貪欲さが今後の勝敗を決める。勝っておごらず、ひたすら向上心を持って日々の活動に精進できるかどうか。ポイントはそこにある。自分たちの長所を伸ばし、短所を克服するため、さらなる鍛錬を続けてほしい。今後、一週間おきに一歩も引けない戦いが続く。相手を怖れず、自らを信じ、仲間を信じて日々の活動に取り組んでもらいたい。頑張ろう。
posted by コラム「スタンドから」 at 08:25| Comment(2) | in 2017 Season

2017年09月06日

(20)所属するだけでなく

 就職活動中の大学生から頼まれてエントリーシートの添削をしたり、関西学院を受験する高校生の志望理由書を見せてもらったりするたびに気になることがある。自分の身上をを記入する欄に、必ずといっていいほど「部活動では○○部に所属し……」と書いていることだ。
 その言葉を見るたびに、ついついこんな質問をしてしまう。
 「あなたはそのクラブに所属していただけですか」
 「どんな活動をしていたか、説明できるほどの内容はなかったのですか」
 すると、必ず「いや私は部長として仲間をリードし、○○大会で決勝まで進みました」とか「○○県選抜の一員に選ばれました」とかの答えが返って来る。
 そうした答えを聞くたび、記者稼業の合間に母校で文章表現の授業を担当している僕は「所属していましたと書くだけでは、活動の内容が読み手(あるいは面接の担当者)に伝わらない。自分がどんな活動をしてきたか、そこでどんな努力を重ねたかといったことを具体的に書かなければ、相手に君の素晴らしさは評価してもらえませんよ」と助言し、文章を手直しするするように勧めるのである。
 ファイターズの応援コラムに、こんな話を持ち出したのには理由がある。
 ファイターズには、今年も200人を超える部員が席を置いている。その全員がチームに「所属」しているだけでなく、それぞれが自覚を持って「活動」しているかどうかという点が気になるからである。
 プレーヤーとして、スタッフとして、それぞれ求められるものは異なる。最上級生である4年生と入部したばかりの1年生では、背負っているものの重さも違うだろう。
 同じプレーヤーでも、グラウンドで戦う選手と控えに回る選手、さらにはメンバー表に名前の載らない選手まで多様な部員が存在する。けがで入院し、手術を受けたばかりの部員もいるし、仲間が試合に向けた練習をしているのを横目に、懸命にリハビリに取り組んでいる部員もいる。家庭の事情などで、部活動に集中できない部員もいるかもしれない。
 そうした部員の全員が「いまやれること、やるべきこと」に集中できているだろうか。試合だけではない。練習やトレーニングの時間だけでもない。授業に費やす時間や食事の時間、通学に充てる時間や休憩時間も含めたすべての時間を生かし切れているかどうか。
 時たまグラウンドに顔を出し、時には学生会館で昼飯を食べるときに部員と顔を合わせる程度の人間には、それを判断する材料はない。たとえ何らかの兆候が見えたとしても、それが懸念すべきことか、たまたまの出来事なのかを見極めるのは難しい。毎日、グラウンドに顔を出し、選手と喜怒哀楽を共にされている監督やコーチにとっても、部員一人一人の心の襞(ひだ)を細かく見つめることはやっかいなことだろうと想像する。
 しかし、一人だけ、自分のことを知っている人間がいる。自分自身である。今日はなぜか練習に集中できなかった、体調が悪いのを隠して練習に取り組み、逆に仲間に迷惑をかけた、昨夜は夜更かしして眠れなかった、練習がしんどくてこっそり手を抜いた、というようなことは、必ず自分自身が知っている。
 問題は、そのことを知っている当事者が自分の限界を設けて妥協してしまうか、それとも、部活動の中でトコトン自分自身の可能性を追求できるかどうか、という点にある。そこが組織に「所属している」だけの人間と、組織で「活動している」人間との分かれ目といってもよい。
 この辺の事情を作家の村上春樹は、自身のマラソンランナーとしての体験を記録した『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋)で次のように説明している。
 「痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル(こちら次第)。走っていて「ああ、きつい、もう駄目だ」と思ったとして、「きつい」というのは避けようのない事実だが、「もう駄目」かどうかは、あくまで本人の裁量に委ねられていることである、と。
 組織に所属しているだけではなく、そこで活動しよう。自分の可能性を徹底的に追求しよう。選手もスタッフも関係ない。上級生と下級生の区別もない。200人を超す部員全員が「苦しみはオプショナル(自分次第)」と覚悟を決め、自分を追い込んで行くところから道は開ける。本当に強いチームが誕生する。がんばろう。
posted by コラム「スタンドから」 at 08:34| Comment(1) | in 2017 Season

2017年08月30日

(19)強いのか、弱いのか

 2017年シーズンの初戦、同志社との試合は、何とも評価の難しい結果に終わった。
 スコアは28−0。これだけを見れば、守備が踏ん張り、攻撃もそこそこ頑張ったと評価する人もいるだろう。逆に、下位チーム相手に28点しか獲得できなかったのか、という人がいてもおかしくない。相手が思いの外強かったのか、それともファイターズの仕上がり状況に問題があったのか。
 ちなみに過去5年間、秋の初戦のスコアと対戦相手を見てみよう。16年度は同志社を相手に35−7、15年度は桃山学院大に50−0、14年度は同志社に54−0、13年度は大阪教育大に77−3、12年度は近大に55−6で勝っている。毎年、試合の行方が見えてきた段階でどんどん新しいメンバーを投入しているから、最終的な得点を比べても、チームの本当の強弱は分からない。けれども、秋の初戦、前年の下位チーム相手に、前半、1タッチダウンしかとれなかったということ近年、記憶にない。
 もちろん、相手があってこその試合である。ファイターズの状態に関係なく、相手が想像以上に強かったとか、手の内がつかめなかったとかの事情はあるだろう。実際、前半は同志社がパスとランを組合わせて果敢な攻撃を仕掛けてきた。第3ダウンロングという状況でも、びしびしとパスを決め、パスを警戒すればランで中央を突破してきた。
 逆にファイターズの攻撃は、立ち上がりこそQB西野からのオプションピッチを受けたRB山口が66ヤードを独走してゴール前6ヤードに迫り、最後はRB富永が4ヤードを走り切ってTDに持ち込んだが、それ以降は鳴かず飛ばず。攻撃は相手守備陣に上手く立ち回られて突破口が開けないし、守ってもどこかにほころびが出る。
 そうこうしているうちに、攻守ともにのびのびとプレーする相手にペースをつかまれ、2Qの後半は完全に受け身に回ってしまった。何度もダウンを更新され、2Q終了間際にはゴール前3ヤードにまで追い込まれた。相手の攻撃は第2ダウン。ランプレーが進んでいたので、真っ向から3度続けて攻められてら、どうにもならない局面だ。ところが、相手は意表をついてパス。それを1年生LB海崎がインターセプトして何とか窮地を脱した。
 もしも、この場面で相手に押し込まれていたら前半は7−7。勝負は後半にもつれ込む。交代メンバーを出すゆとりもなく、先発メンバーを中心に必死のパッチで立ち向かわなければならない状況に追い込まれているところだった。
 ハーフタイムで気持ちを締め直したのか、第3Qに入るとファイターズが覚醒する。自陣33ヤードから始まった最初の攻撃で、西野からWR松井へのパスが続けて決まり、簡単にハーフラインを超える。そこで西野が山口へショベルパス。キャッチした山口が巧みに相手守備陣を突破して一気に47ヤードを駆け抜けTD。K小川のキックも決まって14−0。ようやくファイターズが主導権を握る。
 次の攻撃シリーズではQB西野が2度の独走で64ヤードを稼いでゴール前に迫り、最後はRB高松が4ヤードを走り切ってTD。続くシリーズも西野から松井へのパスなどでゴール前8ヤードに迫り、そこから再び高松が走ってTD。あっという間に28−0と引き離した。
 点差が開いたところで、ファイターズは攻守とも次々に交代メンバーを起用。ようやくいつもの開幕戦らしい姿になってきた。相手も点差を詰めようと、結構思い切ったプレーコールをしてきたが、それが思い通りに進まず、逆に交代メンバーとして出場したDBの森下と渡部に立て続けにインターセプトを喫した。
 もしも、第3Qの途中まで、前半と同様の緊迫した試合が続いていたら勝負はどうなっていたか。もしも山口の独走TDがなかったら、西野の2度に渡る独走がなかったら、と考えると、いまでも背筋が寒くなる。
 そう考えるのは、僕だけではない。鳥内監督は試合後、「オフェンスもディフェンスもかみ合っていない。このままやったら、桃山戦も危ない、京大には絶対に勝てない」と記者団のインタビューに答えていた。場内で放送を担当していた小野ディレクターらも同志社の健闘を称えつつ「京大戦は厳しい試合になりそうですね」と放送していた。スタジアムで観戦されていたファンの方々も似たような感想を持たれたのではないか。
 そういう状況を受け止めたのか、試合後の選手たちの表情が暗かった。こんなはずじゃない、という思いもあっただろうし、自分のプレーに納得がいかなかったのかもしれない。グラウンドのあちこちで深刻な表情で話し込む選手たちの姿が、思い通りに運ばなかった試合の結末を象徴しているように思えた。
 しかし、反省は必要だが、落ち込んでいる場合ではない。自分たちのチームの現在地が確認できたことがこの日の収穫である。その現在地は、自分たちが予測していた場所とはかけ離れているかもしれないが、まだまだ時間はある。1日、1時間を有効に使って、必死懸命で取り組めば、可能性は無限に広がる。
 この日の試合で明らかになった問題点を一つ一つ解消し、ライバルたちを上回る知恵と工夫を重ねていこう。そうして、道を切り開こうではないか。頑張ろう!
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2017年08月23日

(18)実戦が人を育てる

 いよいよ今週末から2017年のシーズンが始まる。ファイターズ初戦の相手は同志社。27日午後5時、王子スタジアムでキックオフ。校歌にある「いざ いざ いざ いざ 上ヶ原ふるえ」の時期到来である。
 夏の合宿が終わり、いよいよシーズンが始まるこの時期になると、自分がグラウンドに立つわけでもないし、チームの指揮を執る立場でもないのに、やたらと気持ちが高ぶってくる。そして、無性に昔の武人に関係する本が読みたくなる。宮本武蔵の「五輪書」、勝海舟の「氷川清話」、西郷隆盛の「西郷南洲遺訓」。山岡鉄舟の伝記も読むし、通俗的な中里介山の「日本武術神妙記」も読む。いまや古書店でも手に入らないといわれる山田次朗吉の「剣道集義」というマニアックな本も手元に置いて、時に応じて目を通している。
 この手の本は何度読んでもワクワクする。時には自分に喝を入れてくれる文章に出会えるし、背筋を伸ばして生きるためのヒントもあちこちに転がっている。何よりもその昔、武士が天下を握っていた時代の彼らの心情、息づかいが感じられるのが興味深い。
 一体お前は何者か、と言われそうだが、何者でもない。ただの新聞記者である。もう少し詳しく言えば、読書とアメフットの観戦、そしてファイターズの諸君の成長に特別の関心を持っている新聞記者である。
 そういう素性だから、シーズンが始まるとなれば「出陣」に当たっての準備として、歴史に名を残す武人の妙技や心構えに、活字を通して触れてみたくなるのである。
 そうした書物の中で、今季、一番ピリッときたのが山岡鉄舟が明治の初年、三島の龍澤寺に参禅していたとき、住職の星定禅師から与えられた「動中の工夫は静中に勝ること百千万億倍」という言葉である。
 蛇足ながら紹介しておけば、山岡鉄舟とは幕末から明治の初期に活躍した下級幕臣。「ぼろ鉄」と呼ばれた暴れん坊で剣の達人。幕府が江戸城を無血開城する際、急きょ駿府まで走り、攻め寄せる薩長軍の参謀、西郷隆盛と談判して15代将軍、徳川慶喜の意向を伝え、勝海舟と西郷隆盛の「江戸無血開城」の会談を成功に導いた影の立役者である。禅の修行にも傾倒し、明治新政府では西郷隆盛から乞われて明治天皇の侍従となり、教育係を務めた。書にも堪能で各地の寺院などにその雄渾な書が伝えられている。
 本題に戻る。「動中の工夫は静中に勝ること百千万億倍」とは、佐藤寛氏の「山岡鉄舟 幕末維新の仕事人」(光文社新書)によると、臨済宗中興の祖と言われる白隠禅師の言葉であり、日常のなか、現場の荒波にもまれてこそ、座って禅をする以上の意味があるとする言葉だという。
 アメフットに置き換えて言えば「実戦という場での工夫は、練習中に勝ること百千万億倍」ということではなかろうか。さらに言えば、練習をしっかり積んで実戦に臨めば、百千万億倍の意味があるという風にもとれるのではないか。
 試合が人を育てる。練習のための練習ではなく、試合でこそ生きる練習を積め。そうして実戦に臨めば、突然、覚醒することがある。実戦で互いに骨と骨をぶつけ合い、魂を完全燃焼させる中から見えて来る世界がある。そのとき諸君のステージは、もう一段も二段も上がっているはずだ……そのように僕は理解し、この言葉をファイターズの諸君に贈ろうとしている。
 考えてみればよい。昨年度の大学王者といっても、ヘルメットをとった素顔を見れば、それぞれ20歳前後の大学生である。体は十分に鍛えられているが、それでもまだまだ発展途上。技術も精神力も完成形にはほど遠い。これからなお3カ月、4カ月と鍛錬を重ね、試合での経験の一つ一つを成長へのステップとしてさらなる高みに登っていかなければ、目標の日本一には到達し得ない。
 アメフットは、チームスポーツである。個々の選手が成長するだけでは、究極の成果にはつながらない。試合に出る選手全員、それを支えるスタッフ全員が昨日よりも今日、今日よりも明日へと成長曲線を描いていかなければ、当初の目的は達成できないのである。
 逆に、チームで活動するすべての面々がその役割を完全に果たせるようになれば、昨年以上に充実したチームができあがる。そうなれば、例えライバルが例年以上に戦力を整えてきたとしても、十分に戦える態勢が整う。
 そういうチームをどのように構築していくか。そう考えたとき「動中の工夫は静中に勝ること百千万億倍」という言葉が意味を持ってくる。「実戦で鍛えなさい、実戦は覚醒する好機」と説く白隠禅師の言葉が、胸に突き刺さってくる。
 2017年シーズンの開幕に当たり、この言葉をファイターズの諸君にお贈りしたい。
posted by コラム「スタンドから」 at 09:43| Comment(1) | in 2017 Season

2017年08月15日

(17)夏だ!合宿だ!

 お盆の休みを利用して、ファイターズが合宿中の鉢伏高原・かねいちやを訪ねた。お盆の帰省客で中国道が身動きならないことを予測して朝の5時前に西宮の自宅を出発。途中から小雨が降ってきたこともあって、ゆっくり走ったが、それでも午前7時頃には到着。差し入れの品物を玄関口に運んでいる間に、Vのメンバーが次々にグラウンドに顔を出し、早々に朝の練習が始まる。
 早いね、と聞けば、JVのメンバーはもう朝の走り込みを終えましたよ、という返事。朝の涼しいうちにさっさと練習に取り組み、それから朝食、仮眠、昼食、ミーティングと進んでいくという。夕方の練習はJVからスタートし、Vのメンバーも6時頃には練習を切り上げて夕食、そしてミーティングと進行していくそうだ。
 睡眠と休養、栄養補給の時間をたっぷり確保し、いつも元気いっぱいの状態でトレーニングに励む、というのがファイターズのスタイル。それは、夏合宿でも貫かれているようだ。聞くところでは、従来はかねいちやで、選手・コーチ全員が寝泊まりしていたが、昨夏からは近くの民宿も確保して分散宿泊を取り入れている。部員が増えたこともあるが、少しでもゆったりと休める環境を確保したいというチームの方針らしい。
 こんな風に書いていくと、なんとなく「ゆとり合宿」を想像される方があるかも知れない。けれども、実際の練習が始まれば、そんなにゆったりした進行ではない。マネジャーの号令と同時に分刻み、秒刻みで練習メニューが進行し、集散もすべて駆け足。JVが練習している間はVのメンバーが周辺の空いたスペースを利用して体を動かしているし、Vのメンバーの練習が始まればJVのメンバーは同様、ゆっくりとクールダウンに励んでいる。安全を優先しながらトレーニングの効果を上げるという難しい課題を、コーチやトレーナーの経験を基に試行錯誤しながら手にしたファイターズならではの合宿風景である。
 そういう練習振りをグラウンドのあちこちを歩き回りながら見学する。春のシーズンに活躍した選手が元気にやっているか。まだまだ発展途上の下級生の中に、どんな才能が眠っているか。昨年のチームをリードしてきた4年生が大量に卒業し、その後を埋め、それ以上の活躍をしてくれそうなのはどんな顔ぶれか。けがで春のシーズンには目立った活躍ができなかった選手達の回復具合はどうか。そんな課題を探りながら見ていると、単調に見える練習でも、見所はいっぱいある。
 グラウンドの練習だけではない。練習後の振る舞いも注意深く観察し、双方を重ね合わせると、いろんなことが見えてくる。この選手は今季、必ず頭角を現すと公言したくなるような選手も少なくない。
 そしてもう一つ、僕には楽しみがある。選手達が休んでいるときに、手の空いたコーチとゆっくり話し込めることだ。ロビーのソファーに座ってコーヒーや水を飲みながら、とりとめもない話をするのが僕にとっては、フットボールの本当の魅力を勉強する時間になる。
 先日は、ランニングバックのブロック練習を見ていた感想を担当の社会人コーチ・島野さんに話すと、僕が想像もつかなかった返事があった。具体的な内容はあえて省くが、コーチが個々の選手の取り組みを自分の目で確認し、その力量を確実に把握しているからこそ言える言葉だった。そしてその言葉を通して、僕はそのコーチの指導法を垣間見たのである。
 つまり、自身が確認した選手の発達状況に基づいて、一人一人の力を伸ばすために何をどう教えるか、どのタイミングでより高い水準の要求をしていくか、という点を個別、具体的に考える。一律にこうしなさい、このようにしなければダメというのではなく、それぞれの選手の技量、体力の発達状態に応じて、その時点で一番優先すべきことを考え、最適なやり方でそれを指導するのである。
 当然、感情に任せて選手を怒鳴ることもない。選手も萎縮せず、何度も何度も反復練習を続け、その課題を克服しようとする。練習台になっている選手も、相手が手応えのある動きをしたときには即座に「いまのはいい感じや」「よっし、いけてる」と声を掛ける。選手自身の努力と仲間の協力、そしてコーチの適切な指導によって人が育っていく現場を見て、これがファイターズのフットボールだ、これがファイターズの歴代のメンバーが育んできた文化だという思いを新たにした。
 第3フィールドの練習を何度見ても、何度夏の合宿に参加しても、そのたびにこういう発見があるからファイターズというチームは素晴らしい。今週ももう一度、早朝から日帰りで鉢伏まで車を走らせる予定にしている。
posted by コラム「スタンドから」 at 20:20| Comment(1) | in 2017 Season

2017年08月02日

(16)夏の勉強会

 8月1日。前期の試験も、試験後の短いオフも終わり、勝負の夏がスタートした。
 例年通り、顧問の前島先生によるお祈りで士気を高め、気持ちを新たにして秋のシーズンに向けての練習が始まる。僕は仕事のため参加できなかったけれども、部員たちが朝早くからグラウンドに集合し、先生の言葉を聞いている様子がホームページにアップされている。
 8月になったばかりだが、今季は27日に秋の初戦が始まる。途中に鉢伏高原での長い合宿を挟んでいることを考えれば、上ヶ原のグラウンドでの練習時間は限られている。上級生、下級生を問わず、その時間をフルに使って自らを鍛え、仲間と高めあって秋に備えてもらいたい。
 勝負の夏はしかし、上ヶ原のグラウンドだけではない。西宮市の某所では毎週金曜の夜、明日のファイターズを担ってくれるはずの高校生諸君が9月に迎える推薦入試に備えた勉強会を続けている。これは毎年、高校の1学期の期末試験が終わるのを待ってファイターズが開催。いわゆるスポーツ推薦やAO入試で関西学院を目指し、課外活動はファイターズと決めて挑んでくれる高校生を対象に、僕が講師となって小論文の書き方を指導する集まりである。
 勉強会では、決められた時間内に所定の字数で小論文を書かせ、それを持ち帰って添削し、簡単な講評を付けて返却する。その作業を毎週のように繰り返し、書くこと、表現することに多少とも自信を持って本番の入試に臨んでもらおうという仕組みである。
 2003年度卒業の池谷陽平君や平郡雷太君が高校3年の時、当時、リクルートも担当されていた小野宏コーチの提案で始めた勉強会だから、もうかれこれ20年近くになる。最初の年はこの2人だけで、僕もまだ朝日新聞で論説委員の仕事をしていたから、夕方、大阪・中之島の本社に来てもらって、マンツーマンで指導していた。
 50年間、ずっと新聞記者を続けてきたから、文章を書くことには慣れている。学生時代には高校の教員を志望し、国語の教員免許も取得していたから、教えることにも多少の自信はある。実際、いまも関西学院で「文章表現」の講座を担当しているくらいだ。
 けれども、当時は高校生を教えるなんて初めて。何のマニュアルもなく、全くの手探りだった。幸いその年は、教えられる側のレベルが高かったから、何の問題もなく勉強会は進行し、終了後は社内の喫茶室やビルの地下にある喫茶店でフルーツパフェやカレーを食べながらおしゃべりをしていた。
 そうこうするうちに、推薦入試の受験生は年々増え、いつの間にか10人を超えるようになった。その間に僕も新聞社を定年退職したから、今度はチームのスタッフに西宮市内に会場を借りてもらい、少しまとまった形で勉強会をするようにした。それが現在も続いており、毎年7月から8月末にかけては、この勉強会が僕の夏のメーン行事になっている。
 こんな風に書いていけば、なんだか大層な役割を果たしているようだが、実際はそうではない。どちらかと言えば、ファイターズを目指し、入学後はファイターズの屋台骨を背負ってくれる高校生と、文章の指導を通じてあれこれ話をしたり、同じ目標を持った彼らが仲間内で話していることを横から聞いたりしていることを楽しんでいるといった方が正しいかも知れない。
 70歳をとっくに過ぎたいまも、僕は新聞記者の仕事を続けている。毎週、コラムを書き、週に1本の社説も担当している。物事を観察する力には、それなりの自信もある。そんな人間が、普段、全く付き合いのない高校生の話の輪に加わり、あれこれと喜びや悩みについて聞かせてもらえるのだから、まさに「棚からぼた餅」である。ありがたいご褒美である。
 全く予備知識のない相手であっても、ほんの断片的な話をするだけで、相手の性格や気質について想像が広がり、入部後の姿が何となく浮かんでくる。人と出会い、話を引き出すのを仕事にしている人間にとって、こういう想像ほど楽しいことはない。それが普段、ほとんどつきあうことのない高校生、それも特定の高校ではなく、それぞれ背景の異なる高校で学んでいる少年たちとの会話の機会となると、お金を出しても買いたいくらいだ。
 本当は、この勉強会に参加している高校生一人一人の名前を挙げ、彼らの書いた文章を紹介したり、性格の素晴らしさを書き連ねたりしたい気分だが、そういうことは実際に入学すれば、いくらでも機会はある。
 いまは、ファイターズのコーチやリクルート担当者が今年もいい選手を各方面から見つけ出してくれたこと、ファイターズを志望してくれる彼らが毎週、しっかりと課題を仕上げていること、この集まりで初めて顔を合わせた者同士が旧知のように和気あいあいと過ごす時間を持っていること、それを報告するだけにしておきたい。彼らが入学できれば、きっと、ファイターズを支え、リーダーとして活躍してくれるに違いない。
posted by コラム「スタンドから」 at 12:56| Comment(3) | in 2017 Season

2017年07月26日

(15)愛されるチーム

 大学はいま前期の試験中。15日からスタートし、学生諸君は暑さにも負けずに机に向かっている。当然、試験前からチームとしての練習は休みである。もちろん、個人個人は試験の合間を縫って、筋トレとか走りモノと呼ばれるトレーニングに取り組んでいる。単位の取得が進んでいる上級生はミーティングや個人の課題克服にも余念がない。
 けれども、チームが全体で取り組む練習は休みだから、このコラムからもまた、グラウンドの消息が途絶えている。
 代わりに、ファイターズを取り巻くあれやこれやの話題を断片的にお伝えしている。小野ディレクターの講演会、コーチやスタッフとしてチームを支える「大人の力」、リクルート担当者の眼力、卒業生からの伝言……。今週もまた、先日、甲東園の居酒屋で開かれた「アメフト探検会」の様子とそこで抱いた僕なりの感慨をお伝えしよう。
 「アメフト探検会」のことは、このコラムでも毎年のように取り上げているから、古くからの読者にはおなじみだろう。関西学院大学の先生たち限定のサークルで、ファイターズとその部員をこよなく愛される先生方が多数参加されている。活動の詳細についてはまったく知らないが、断片的に聞こえてくるところでは「年に一度、総会を開き、ファイターズをサカナに大いに語り、愉快に飲む」のが目的の集まりらしい。
 参加者の中には「年間50回はファイターズのビデオを見る。ゼミ生にもそれを見せて授業を進める」と豪語される先生がいるし、もう少し控えめに「年に一度は必ず試合会場に出掛けて応援する。今季は少なくとも3回は応援に行く」「毎年一人はファイターズの部員をゼミに受け入れる」といった個人的な目標を立て、それを実行されている先生もいる。自己紹介で「ヨメさんがファイターズファンなので、それにつられて僕もファンになりました」といって拍手を浴びた新参の先生もいる。
 先日の集まりには、先生方が十数人、チームからは小野ディレクターや大村アシスタントヘッドコーチ、神田コーチが参加され、大いに盛り上がった。僕も、例年のようにゲストとしてお招きを頂き、酒も飲めないのに、大いに語り合った。
 「野原コーチは僕のゼミの卒業生」と毎年自慢される先生は「今年は○○君と○○君がいます。二人ともよく頑張っていますよ」と学生たちが可愛くて仕方がないという口調で話される。別の先生もまた、対抗するように「今年僕のゼミを卒業したマネジャーの○○君は留年生だったけど、後輩たちに溶け込んで、よく頑張ってくれました」と自慢される。中には「ファイターズの諸君は就職活動でも実績を残してくれるから、ゼミの評判もよくなる」と言われた先生もいる。
 こうしてファイターズの部員が部活を離れた勉学の場でも存在感を発揮し、卒業してからもなお先生方に強い印象を与えていることを知ると、聞いている方もなんだかうれしくなってくる。そして「ファイターズというのは、本当に多くの方に愛されているチームだなあ」と感慨を新たにする。
 先生方の応援だけではない。例えば、僕のこのコラムにも毎週のように「いいね」のサインが集まる。少ない時でも150件、多いときには200件、300件を超す。いま主将を務めている井若君が1年生の時、学生会館の更衣室のドアに「足下のゴミ一つ拾えないような人間に何ができましょうか……」と書いて張り出した話を紹介したときには、たしか800件前後の「いいね」が集まった。
 それは、僕の文章に対する「いいね」ではなく、そこで紹介しているファイターズというチームの在り方、たたずまいに対する「いいね」であると、僕は思っている。
 試合に勝った、負けたということだけではなく、それを超えて、ファイターズの選手たちがどのようにして成長し、そのためにどんな努力をしているのか。部員のがんばりに監督やコーチ、スタッフとして関わる周囲の「大人たち」がどのようにして応えているのか。その指導を部員がどのように受け止め、成長の糧にしているのか。上級生下級生、関係なく、仲間同士はどのように励まし合い、高め合っているのか。
 そうしたことを毎週のようにこのコラムを通じて問い掛け、チームの素顔を紹介していることに対する数多くの「いいね」。それはぼくの文章に対する評価というよりも、ファイターズという「毎年毎年、人を育てる。その営みを戦後一貫して続けてきた」組織に対する「いいね」であると理解しなければ、その本質を見失う。
 逆にいえば、そういう組織に対して、数多くの「いいね」が集まるというところに、ファイターズの素晴らしさがある。これもまた、このチームが多くの方々に愛されているチームであることの証明であり、「アメフト探検会」の先生方に愛されていることにも通じる話である。
 もう少し大きく言えば、今後、こういう組織が課外教育の主流になっていくことで、大学スポーツの一つの模範が形成されるのではないか。
 ファイターズをこよなく愛される先生たちとの談笑の中でも、ファイターズが課外教育の王道を歩んでいると確認できた。それが愉快でならない。
posted by コラム「スタンドから」 at 18:15| Comment(1) | in 2017 Season