2016年08月27日

(17)いざ、出陣

 今日は8月27日。前日までの猛暑とは少し様子が異なり、吹く風が少し涼しく感じられる。台風襲来の前兆だろうか。
 27日は、1年365日のうちの1日。誕生日とか結婚記念日とか、親族の命日とかいう日に関係する人以外は、特段の意味はない。 しかし、僕にとっては2016年ファイターズが出陣する前夜であり、特別の意味を持った日である。今季を戦う部員の無事を祈り、チームの勝利を祈願する大切な日である。
 上ヶ原のグラウンドを訪れ、平郡君の記念樹とプレートの前に立って頭を下げ、帰りには上ヶ原の八幡さまに勝利を祈り、ついでに大学の正門から時計台に「今年もファイターズにご加護を」とお願いする。それだけのことをすると、ようやくシーズンを迎える準備が整う。後は、グラウンドで戦う選手達の活躍を祈り、それを支えるスタッフたちの奮闘に期待するだけである。
 振り返れば、昨年の11月22日。立命館に敗れたその日から今季のチームはスタートした。それまで4年連続で1月3日までのシーズンを戦い、暮れも正月もない生活を送ってきた部員たちの1年がその日をもって、突然、打ち切られてしまった。さて、どうするか。どのように気持ちを切り替え、新しいシーズンを迎えるか。
 そんなことを体験したことのない部員たちにとって、新たなシーズンを迎えるまでの日々は試行錯誤の連続だったと推測する。4年生たちの不安と動揺、そして俺たちがチームを作り直す、という決意。けがでチーム練習に参加できないメンバーもいたし、気持ちは4年生でも、それに行動が伴わないメンバーもいたに違いない。「Fight Hard」というスローガンで結束し「俺がチームを勝たせる」といっても、日常の行動に濃淡があったことも否めない。
 それはしかし、例年のチームも同様である。スタートする時期が異なり、冬季の練習メニューが変わっても、ファイターズで活動する選手、部員の目指すべき目標は常にこの世界の「てっぺん」であり続けた。そこは、4連覇がスタートした松岡主将の代から、いやそれ以前のチームを含め、歴代の学年が新たな歴史を刻むべく立ち上がり、毎年、必死にその登山口を探し、ルートを切り開いてたどり着こうとした場所である。
 今年、山岸主将が率いるチームにとっても、それは同様である。
 たとえ、いまは未完成でも、ルートを見つけあぐねていても、28日から始まる秋のリーグ戦の中でその道を探し出し、自分たちを鍛え、高めあって頂上を目指すしかない。それがファイターズというチームの看板を背負う選手、部員全員に課せられた責務であり、使命である。
 その責務、使命をいかにして果たすか。
 それはファイターズの部員を名乗る一人一人の向上心と努力、献身にかかっている。4年生もなければ1年生もない。全員が同じ目標を目指し、同じ気持ちを持って日々戦うしかないのである。
 それは、試合会場だけで試されることではない。日々の練習、日々の学習への取り組み、そして大学への登下校に至るまで、すべての場所で問われることである。もっと言えば、よき部員が勝つのではなく、よき学生にこそ勝利の女神がほほえむのである。
 ファイターズの先輩たちは、そのことを自覚し、常に最善を目指して努力を重ねてきた。それが報われた年もあれば、報われない学年もあった。いえることはただ一つ。人並み外れた努力を抜きにてっぺんに上がったチームは一つもない。
 ライバルは常に爪を研いで向かってくる。それは最終戦の相手だけではない。どこもかしこも、ファイターズを倒すことに全力を挙げてくる。それをいかに跳ね返すか。
 「皮を切らせて骨を断つ」という言葉がある。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」という言葉もある。さらに言えば「死中に活」という禅の言葉もある。それぞれが困難な戦いの中で、武術家や禅僧が実感として吐露した言葉である。困難な戦いを突破した者にこそ口にできる言葉である。
 2016年の出陣にあたり、ファイターズの諸君にこれらの言葉を贈りたい。是が非でも、これらの言葉をわが手につかんでくれ。健闘を祈る。
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2016年08月18日

(16)相撲部屋の流儀

 先週末、盆の休みを利用して、日帰りで夏合宿の見学に出掛けた。
 午前4時過ぎ、西宮市の自宅を出発。さすがにこの時間は車が少ない。夜が明けると、お盆の帰省客で渋滞する中国道の宝塚〜西宮北間もすいすい走れる。快調に飛ばして2時間後には鉢伏高原のかねいちやに到着する。
 すると、もうグラウンドにはJVのメンバーが集まり、思い思いに体を動かしている。聞けば6時半から練習だという。靴を履き替え、荷物を整理して、まずは宿舎のロビーへ。早起きのコーチらに挨拶を交わすと、即座にグラウンドに向かう。
 例年通りグラウンド入り口の机の上には「平郡雷太 ファイターズとともに」のプレートが立てかけられている。いつも、シーズンが始まると試合会場のベンチに置かれてているプレートである。
 「平郡さん、勇気を与えて下さい。僕らが高き頂きに挑むことに」に始まる誓いの言葉を黙読していると、ああ、今年も合宿に来たんだ、という実感が湧く。
 そうこうしているうちに、Vのメンバーも次々にグラウンドに降りてくる。JVのメンバーの練習が始まる頃には、大半のメンバーが顔を揃え、グラウンドのあちこちで体を動かしている。彼らの練習も8時前から始まるからだ。
 6時ごろからグラウンドに出て、一体、朝食はどうするのか、と聞くと、練習が終わってから食べさせます、との返事。朝の練習が終わるのはJVが8時、Vは9時半。2班に分けて食事の時間を設けており、Vのメンバーが朝食にありつけるのは10時からだという。
 「まるで相撲部屋ですな」というと、コーチから「そうです。まずは稽古。その後に朝食。それが終わると、昼食の時間までは昼寝をさせます。昼食が終わると、ポジションごとにミーティングの時間を設け、夕方の練習はJVが3時から、Vが4時過ぎからのスタートです」という答えが返ってきた。
 長期の合宿で、時間がたっぷりあるからといって、だらだらと長時間の練習を続けても効果が薄い。逆に、疲労が蓄積され、体重は落ちる、けがはしやすくなるという弊害がある。それよりも、鍛錬と、栄養補給、休息のバランスを心掛けた方が、よほど効果的な練習につながるということらしい。
 これは大相撲の世界で、各部屋が歴史的に続けている鍛錬の方法と同じである。朝起きるとまずは稽古。それが終わるとちゃんこを食って、その後は昼寝。このサイクルで弟子を鍛え、育ててきた相撲界の手法を、そのままフットボールの世界に導入したということらしい。
 そういえば、今年の春、シーズンが始まる前も連日、早朝から練習をスタートさせ、昼間は休養と勉学の時間に充てていたことを思い出す。その結果、ラインのメンバーを中心に各自が体重を増やすことに成功し、見違えるようにたくましくなっていた。その「成功体験」を夏の合宿にも取り入れたということだろう。
 真夏とはいえ、鉢伏高原の朝夕は涼しい。その時間に効率的に練習し、炎天下の昼間はゆっくり昼寝で体を休める。そうすることで栄養分をしっかり体内に取り入れ、体重減や疲労からくるけがを少なくさせる。そういう目的を持ったファイターズの流儀である。
 この手法が効果的なことは、以前、この欄で紹介した武術家の甲野善紀さんからも聞いたことがある。「ライオンが満腹の時に獲物を襲いますか。獲物を襲う前に、準備運動をしますか。空腹だからこそ、即座に体を動かし、目標の獲物に襲いかかる。そのときに一番効率のよい体の使い方ができていると考える方が自然でしょう」。甲野さんはそんな言い方で、スポーツ界にはびこる練習のための練習、惰性で続ける反復練習の弊害を説かれていた。
 合宿に限らず、スポーツ界には、ひたすら長時間の根性練を重視するチームは少なくない。その練習法がチーム力の向上に効果があったかどうかを検証せず、毎年、同じ練習法を墨守しているチームも多い。輝かしい実績を持つ伝統校もそうだし、それに追いつき追い越そうとするチームもそれを真似する。長期間の合宿となれば、さらにその傾向は強くなる。高校、大学を問わず、真剣に上位を目指すチームであればあるほど、そういう風潮は定着していく。
 そういう中で、練習は朝夕の涼しい時間に限定。たっぷり食事を摂った後は睡眠をとって体を休めよう。それが効率的な練習につながり、選手の心身の成長を促す。そう確信すれば、その手法を取り入れることには躊躇(ちゅうちょ)しない。ファイターズの柔軟で合理的な思考と実践の片鱗を見せてもらった夏合宿だった。
 こうした相撲部屋の流儀で鍛えた今年のチームがどんな活躍を見せてくれるか。秋のシーズン開幕まで、もう2週間を切っている。
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2016年08月10日

(15)グラウンドの片隅で

 8月。世間では夏休みの話題が飛び交っているが、新聞記者の予定表はぎっしり詰まっている。仕事の予定は切れ目なく入ってくるし、友人知人との親善、交友も欠かせない。
 スケジュール表を繰ってみれば、1日はPL花火大会の鑑賞に紀州・田辺から大阪・羽曳野まで車で往復。ざっと300キロを走って、花火を鑑賞。せっかくいつものメンバーが揃ったからと、花火の後は2日の未明まで雀卓を囲む。一端、田辺に戻っていつもの仕事に従事し、夕方からは和歌山で「ワインを楽しむ会」。
 希代のワイン通で、収集家としても知られる某社長のお招きで、おいしいワインと会話が楽しめるとあって、酒も飲めないくせにいそいそと出掛ける。カリフォルニアの有名ワインを根来塗りの瓶子でついでもらって飲むという趣向で盛り上がった後、締めくくりは1995年産のロマネ・コンティ。社長が自宅の蔵から持参して下さった特別の一本である。
 なんせ1年に6千本から7千本しか生産されない特別のワインである。世界のワイン通がよだれを流し、大金をはたいて求める最高級品である。自慢じゃないが、こんなに高級なワインは一度も目にしたことがない。もちろん飲んだこともない。開高健や柴田錬三郎のエッセーなどで読んだことはあるが、実物にお目にかかるのは初めてである。
 これを惜しげもなく振る舞ってもらえたのだから、驚いたのなんの。「これは冥土への土産話になりますな」なんていいながら、しげしげと眺め、香りをかいで、おもむろに口に含む。正直言って、味は全く分からなかったが、それでも「神話の世界」そのもののようなロマネ・コンティをいただいたことは事実である。ファイターズとは何の関係もないが、僕にとっては特筆すべきことであり、あえて、紹介させていただいた。
 週末は、マイカーの買い換えに伴う各種手続きで東奔西走。大手ディーラーから定価で購入するような甲斐性はないから、格安の車を手に入れるためには、友人の知恵を借りながら自分で走り回るしかない。合間に、高校生の勉強会をはさんで3日間、東へ西へと走り回って、待望の車を入手した。
 そんなこんなでスケジュールが混み合っていても、ファイターズの練習は見に行きたい。土曜日の午後、少し時間がとれたのを幸い、上ヶ原まで汗をかきかき自転車で駆け上がった。
 練習開始時間には間に合ったが、直前に雷が鳴ったため、しばらく練習は見合わせ。仕方なく武田先生に誘われてメキシコでの戦いの模様を撮影したビデオを鑑賞する。周囲には練習開始時間を今か今かと待ちながらそわそわしている部員がひしめいているから、どうも落ち着かない。
 「練習開始」という声がかかったのを幸い、勢いよくグラウンドに出る。
 さすがに8月。夏の合宿を直前に控えた時期である。グラウンドの熱気は、6月末とは全く異なる。春先はグラウンドの片隅で固まってトレーニングをしていた1年生も各ポジションに散って、上級生と一緒に練習しているから、どこのパートも人であふれている。練習メニューも、合宿を意識して強度が上がっている。
 グラウンドのあちこちを回りながら各パートの練習を見せてもらったが、どこもしっかり声が出ている。集散も速い。一つ一つのメニューの間隔も心なしかスピードアップされている。
 驚いたのは、グラウンドの端っこで、リハビリのトレーニングに励んでいる選手達の緊張度が上がっていること。周囲の動きがよくなっているせいか、グラウンドの練習にメリハリが出てきたことの反映か。事情は分からないが、チーム練習には参加できない悔しさを抑え、今、自分たちがやるべきトレーニングに集中して取り組んでいる姿が印象的だった。
 延々と腹筋を続ける選手、患部をほぐし、バランスボールで体幹を鍛える選手、あるいは足腰の動きを強化するためにどんどん強度を上げてジャンプを繰り返す選手。それぞれが早くけがを治してチーム練習に参加したい、早く試合に出たいという意欲をそのまま行動に表して取り組んでいるのが目に付いた。
 これは、僕がチームの状態を見るための尺度としているのだが、リハビリ中の選手達の動きを見ていると、チームの雰囲気はおおむね見当がつく。グラウンドの選手が声を出し、気合いを入れるのは当たり前。だから、それだけを見ていては、チームの状態の善し悪しはなかなか見抜けない。けれども、練習に加われない選手達の行動を注意して眺めていると、チームの士気の高さが自然に見えてくる。
 同じようにリハビリのメニューに取り組んでいても、早くチーム練習に合流したい、というオーラが感じられる状態と、どうせけがで出遅れているんだからという気分で取り組んでいるのでは、場の空気が違う。
 その尺度で測ると、この夏のチーム状態は上がっている。「よーし、いい感じになってきたぞ。秋にはこの子らがきっと頑張ってくれるに違いない」とほくそ笑んだ。
 こういう場面に出くわすことがあるから、練習を見に行くのが楽しくてならない。今週末は日帰りで東鉢伏に出掛け、合宿中の動きを眺めてこよう。
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2016年08月06日

(14)ありがたい勉強会

 高校の期末試験が終わった直後から、毎週末、西宮市の某所に高校生を集めて「ミーティング」を開いている。受講生は、今秋のスポーツ選抜入試に挑むメンバーである。
 関東の高校からの挑戦者には、ファクスのやりとりしかできないが、大阪圏に住む面々には週に1度、集合してもらって過去問や大学が作った参考問題、そして不肖僕が選んだ「課題文」などを教材に、文章を読むこと、それを基に考えること、考えたことを表現することの訓練をしている。
 週に1度の限られた時間にできることは少ない。しかしそれでも、毎週課題文を読み、考え、表現することには意味がある。普段の高校の授業では、決してお目にかからないようなボリュームがあって、歯ごたえのある文章をじっくり読む。その内容を要約して文章にまとめる。そして、課題文を読んで考えた結果を文章に書き留める。
 この作業を毎週続けていると、一つは「重い内容を含んだ文章」を読むことに抵抗感がなくなる。もう一つは、その文章に触発されて自分の考えをまとめることが「難儀」ではなくなる。そして三つ目。これが大事なことだが、考えたことを表現することに慣れてくる。当然、それなりに自信も付いてくる。
 その証拠に、この夏5回目となる昨晩の授業では、文章の分量は少ないが内容的には難しい課題文を出して要約させ、その後、700字前後の小論文を書けという課題を出したが、参加した全員が所定の時間内に仕上げることができた。小論文の内容もそれぞれしっかりしていた。僕が関学で担当している「文章表現」の授業でも、80点が取れるような小論文を書いた高校生も少なくなかった。
 数えて見れば、こうした夏の勉強会を始めて、今年で19年。始めた当初、僕はまだ朝日新聞社の論説委員をしており、仕事の合間を縫っての「家庭教師」だった。高校生には毎週、大阪・中之島の朝日新聞社に集まってもらい、社内の喫茶室や見学者室、さらには地下にある喫茶店などを転々としながら、勉強会を開いた。受講生は一人。池田高校の秀才、平郡雷太君だけだったが、間もなく箕面高校の池谷陽平君が加わった。それぞれ日程調整が難しく、当初は別々にマンツーマンの勉強会だった。喫茶室でケーキセットを食べながら、話し込んでいたことを思い出す。
 それが翌年の佐岡真弐君の代には5人となり、その後、毎年のように増えていった。対象者が増えてくると、社内の喫茶室では手狭になる。周囲の目も気になる。そこでリクルート担当マネジャーらの協力で西宮市内に会場を用意してもらい、そこに集合して定期的に勉強会を開くことになった。たしか柏木佑介君の代からだったと記憶している。
 そういう勉強会を続けていた頃、僕は縁があって立命館宇治高校で2年間、週に一度、授業を担当することになった。朝日新聞社と立命館が提携して、高校生に文章表現を教えるということになり、論説委員をしていた僕に声がかかったのである。
 大変な仕事だと思ったが、会社から給料をもらっている手前、断ることはできない。それでも授業そのものは自信を持って担当できた。平郡君や佐岡君らを相手に、小論文の書き方をあれこれ手探りで教えてきたことがすべて役立ったからだ。
 そうこうするうちに、今度は立命館大学から「マスコミ志望者のための小論文講座」を期間限定で開講する、ついてはその講座を担当してほしいという声がかかり、これまた週に1度、「社命」によって派遣された。これも、3年間担当したが、このときもファイターズを志望する高校生を相手に勉強会を続けてきた経験が大いに役立った。そのときに教えた学生の何人かは見事に朝日、毎日、読売、NHKなどの入社試験を突破し、いまも記者をしているから、僕の授業も相当水準が高かったのだろう。
 そうした経験もあって、朝日新聞社を定年で退職した後、今も非常勤講師として関西学院大学で文章表現の講座を担当している。最近は生意気にも「カリスマ講師」と自称し、かなり自由にいろいろな手法を使って授業を展開しており、毎年、学期末に実施される学生による「授業に関する調査」のアンケートでは、「全体としてこの授業に満足している」「この授業を履修して、自分にとって新しい知識(技能)や物事の見方が得られた」「この授業を後輩に薦めたい」などという評価項目の平均点(5点満点)はそれぞれ、よいときは5点、一番悪いときでも4.8だから、自分でいうのも何だが、結構、評価されているのではないか。
 それもこれも、元を訪ねれば、高校生を相手に始めた寺子屋授業にたどり着く。「文章を書くのも読むのも苦手」という高校生に、なんとか入試を突破してもらいたい、ファイターズに入って頑張ってもらいたい、そう思って真夏の勉強会を続けてきたことが、結果として僕を指導者として成長させてきたのである。さらに言えば、そうした経験が新聞記者として、あるいは新聞社のコラムニストとしての成長にも資しているのだろう。
 ありがたいことである。
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2016年07月26日

(13)アメフト探検会

 先日、甲東園の駅前で、夏恒例の「アメフト探検会」が催された。KGファイターズの活動に理解を示してくださる関西学院大学の先生方の同好会である。
 年に1度、春学期が終わった頃を見計らって鳥内監督やコーチ達を招き、和やかにフットボール談義をされる場といった方がよい。不肖私もファイターズの「専属コラムニスト」(勝手に僕が思っているだけです)として招待していただいた。
 紀州・田辺の新聞社の仕事を早々に切り上げて西宮に向かう。自宅に車を駐め、急ぎ足で会場の料理屋に向かう。出席された先生方に読んでいただくつもりでリュックに入れた「2015年FIGHTERSの軌跡」と「水鉄砲抄2015」が重い。ともに、僕がこの1年間、ファイターズのホームページと勤め先の新聞に書いたコラムを集成して出版した本である。双方合わせて24冊。それだけ参加者、つまりファイターズの活動に心を寄せ、あれこれと応援して下さる先生が増えているということである。ありがたいことだ。
 この会の長老の一人、文学部の永田先生の挨拶で開会。すぐにビールで乾杯。先生は相撲部の部長をされており、アメフト探検会というのに話題はもっぱら十両で活躍している宇良関のこと。とんとん拍子に出世しているが、それで天狗になることもなく、好感度満点の相撲を取っていることがうれしくてならないという口ぶりで、どんどん話が脱線する。
 その話に絶妙の突っ込みを入れるのが文学部の後輩、鳥内監督。いつも応援してもらっている先生方の集まりとあって、日ごろ、新聞記者のインタビューに対応されているときとは雰囲気がまったく違う。先生方と監督との「掛け合い漫才」で、座が一気に盛り上がる。
 出席されたメンバーの中には「ゼミでは必ず甲子園ボウルのビデオを見せます」とか「ゼミ生を連れて応援に行きます」とかいう先生がおられるし、毎年のように「野原コーチは、僕のゼミでも優秀な教え子」と自慢される先生もおられる。
 理工学部で情報工学を担当されている先生は、ファイターズのために特別のソフトを次々に開発。ビデオを担当するスタッフの仕事を大いに軽減されている。ビデオ作成のスピードと効率アップだけでなく、今度は、練習や試合のビデオを部員がどれだけ熱心に見たかを計測する仕組みまで開発されたそうだ。部員が「自宅でビデオを見ていました」と自己申告しても、それが本当かどうかが、即、数字で分かるという。怠け者の部員には、やっかいな仕組みだ。
 一方で「嫁さんがファイターズのファンなので、僕もつられてファンになりました」という若い先生がいるし「楽しい集まりだと聞いたから」と初めて参加された先生もいる。
 共通しているのは「ファイターズを応援してやろう」「ファイターズは素晴らしいチームだ」ということで、特別に気を配って下さる先生が学部や年齢に関係なく、あちこちに存在すること。そうした先生方が年に一度、教授や助教授という肩書きとは関係なく、ファイターズが好きだ、応援しているよ、といって集まり、監督やコーチと忌憚(きたん)なく意見を交わし、放談する機会を持って下さること。
 僕は、2007年のライスボウルの後、会のリーダーでもある商学部の福井先生と東京で杯を交わした(ほんの1杯だが)のが縁で親しくなり、この会にも招かれるようになったのだが、回を重ねるごとに、先生方がこういう集まりを持って下さることに感謝する気持ちが強くなっている。定年で大学を去られたメンバーも多いが、そうした人も含めて、ファイターズのことを常に気にかけ、見守って下さる先生方がいるというのは、本当に心強い。
 近年、大学における課外活動の意味、役割はますます大きくなっている。それは昨年のプリンストン大学との交流でも確かめられたし、就職活動の場でも実証されている。
 しかしながら、一方で、大学の先生方が課外活動を見る目が厳しくなっているのも現実である。部活動が優先され、授業に出られない部があるとか、試合に出る部員が優先され、それ以外の部員はスポイルされているとかいう話を学生から聞くこともある。僕も非常勤講師として、多少とも学生を教える立場にあるから、ほかの部で活動している教え子たちからそうした話を聞かされることがある。
 そういう状況にあっても、ファイターズはなお先生方に愛されている。それは歴代の部員や指導者が営々と積み重ねてきた実践と実績があってこその話である。優勝回数やその内容だけでなく、日ごろの授業への取り組みや就職活動の実績までをトータルした実践がチームのカラーとなり、それを好ましく思っていただけているのである。現役部員への評価というより、歴代の先輩方に対する評価といった方が正確かもしれない。
 ローマは一日にして成らず。ファイターズも一日にして成らず。現役の諸君も、そういう歴史的な背景をよくわきまえていただきたい。ファイターズの歴史から学ぶこと大切さがここにある。
 「ファイターズの部員はいつも、多くの人に見られている」というのは、鳥内監督が常に言われる言葉である。
 グラウンドでの練習や戦いだけでなく、通学途上の電車の中での振る舞いから授業を受ける態度まで、チームの評価が高くなればなるほど、その行動に責任が伴うという意味である。その意味をよく理解し、これからも先生方に支援していただけるにふさわしいチームの一員として行動していただきたい。それが自身の成長につながることは、多くの先輩が証明している。
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2016年07月14日

(12)「二つの魂」

 朝日新聞で一緒に働いた同僚と後輩が立て続けに読み応えのある本を出版した。
 一人は元朝日新聞社会部員で、論説委員や編集委員を務めた稲垣えみ子さん。今年1月、51歳で早期退職した後、立て続けに「魂の退社」(東洋経済新報社)と「アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと」(朝日新聞出版)を出版した。ともに、新聞記者として生き、悩み、苦しみ、もがき続けてきた軌跡を描きながら、究極の「節電生活」をする中で見つけたある種の「解脱」ぶりを軽快な筆で綴っている。今の時代を鋭く切り取った極上の文明批評といってもよい。その一端は、毎日テレビの「情熱大陸」や朝日放送の「報道ステーション」でも取り上げられたから、ご存じの方も多いだろう。
 彼女とは僕が京都支局のデスクをしていた時代に一緒に働き、大阪の社会部でも一時期、同僚として働いた。僕が夕刊取材班の編集長をしているときには、著名人の死生観をロングインタビューで描き出す「死に方が知りたくて」という連載を担当し、後にパルコ出版から出版された。彼女が30歳になる前である。
 連載の途中、阪神大震災が発生。とてもこのタイトルでは紙面に連載できないと、急きょ「いつかあなたに花束を」にタイトルを変え、北海道・奥尻地震と九州・雲仙岳の噴火、そして日航機墜落事故の犠牲者の遺族などに取材し、悲惨な事故からの「再生の物語」を綴ったのも、懐かしい思い出である。
 もう一人は、川名紀美さんの「井村雅代 不屈の魂」(河出書房新社)。こちらは日本のシンクロナイズドスイミングを世界のトップレベルに引き上げ、その後、コーチとして招かれた中国でも、世界のトップ争いをするチームを育てた井村雅代さんの軌跡を描いたノンフィクション。なぜか、二人の書名に「魂」の文字が入っていたので、今回のタイトルは「二つの魂」とした。
 川名さんは、丹念な取材で、「シンクロの母」とも「シンクロの鬼コーチ」とも呼ばれる井村さんの指導者としての哲学を描き、それを支える人たちにも光を当てることで、現代におけるコーチの役割と指導者、教育者としての責任を見事に描き出している。
 彼女は大阪の学芸部で育った記者だが、僕とは年齢も近く、新聞記者の師匠と仰ぐ人との縁もあって、何かと親しくしてきた。論説委員室の仲間でもあり、社会部でも一時期、一緒に働いたことがある。
 もっぱら、女性や虐げられた人に焦点を当てた取材を得意としてきた記者だが、今度は畑違いのスポーツノンフィクション。人気はあるが、比較的マイナーなスポーツでもあり、取材が大変だったろうなと想像しながら読んだが、これがまた読み応えたっぷり。
 スポーツにおけるコーチの役割とは何かを考えるうえで、いくつものヒントが転がっている本だった。
 いわく、コーチとは「選手を目的地に連れて行く人」。シンクロを教える最終目標は「メダルではない。スポーツを通じて努力することや耐えること、力を合わせることを覚えてよりよい人間になってもらいたい。私の究極の目標はそこなんです」。
 そういう言葉を井村さんから引き出した筆者は、この言葉を裏付けるこんなエピソードを紹介している。
 「ある国際大会のおりに、勝者に贈られる花束が無造作に部屋に放り出されているのを見つけて井村が声を荒げた」
 「お花も生きているんやから、水に入れてあげなさい!」
 「容器がないから」という選手たちの言い訳に、井村の怒りは倍増した。「少しは考えなさいよ」
 「空になったペットボトルの上部を切り取り、即席の花入れにする。試合が終わった後で、その花束にありがとうという言葉を添えて、お世話になったコーチやトレーナーのところに持っていく−−。井村に教えられて、以後、選手たちはそれを実行している」
 なんだか既視感のある話である。
 そう。「スポーツを通じて、努力することや耐えること、力を合わせることを覚えてよりよい人間になってもらいたい」という言葉は、鳥内監督がいつもファイターズの部員に問い続けている「どんな人間になんねん」という言葉にそのまま置き換えられる。
 「花の命を大切に」という話は、2年前の12月、このコラムで紹介した「足下のゴミ一つ拾えない人間に何ができましょうか……」という張り紙のエピソードにつながる。ある1年生部員が「自分たちがフットボール用具の収納室、更衣室として利用する部屋を乱雑にしているようでは、高いモラルを持って戦えない」と、あえてこの文字をA4用紙1枚に書いて、仲間に覚醒をうながした張り紙である。
 花を大切にする。自分たちの使う部屋を美しくする。対象は異なっても、日常生活の中で人間としてのモラルを大切にするところから勝負はスタートする、人間としての成長なしに勝利はない、という意識は共通のものである。
 井村雅代という希代の指導者の軌跡を描いたノンフィクションに、ファイターズのコーチや部員が日ごろから「当たり前」のこととして取り組んでいることと共通する話がいくつも紹介されていることに驚き、同時にファイターズが目指している方向が間違っていないことを確認して、読後、爽快な気分になった。
 川名さん、ありがとう。稲垣もがんばれ。僕もファイターズのホームページと紀伊民報を舞台に、シコシコとコラムを書き続けるぜ、と気持ちを新たにしたのである。
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2016年07月07日

(11)メキシコでの戦い

 白状すると、僕は新聞記者でありながら、海外に出掛けるのが大嫌いである。異国の言葉がしゃべれない、飛行機に乗るのが怖い、狭いところに何時間も閉じ込められるのが耐えられない、という「三重苦」がその理由である。
 朝日新聞社の論説委員をしていたときには、それでも職場の同僚たちと(義務として)極東ロシア、台湾、ベトナムの3カ所に出掛けたが、プライベートでは一度も海外に出たことがない。ヨメさんから怒られ、子どもたちには見放されているが、それでも「三重苦」には勝てない。2年前、友人の作家、黒川博行さんが直木賞を受賞されたとき、「マカオツアーご招待、往復の飛行機とホテル代は全額、黒川持ち」という夢のような案内をいただいたが、これもパス。世間も大学も「スーパーグローバル」とか「GO GLOBAL JAPAN」とかいっているのに、まるで石器時代に生きているような毎日である。
 今回、ファイターズがメキシコ1の名門大学、メキシコ国立自治大学(UNAM)のフットボールチーム“PUMAS”から招待され、交流試合をするにあたっては、チームから非公式に「一緒に行きませんか」と声を掛けられたが、もちろん「辞退します」と返事。選手たちの奮闘振りを現地で見たいのはやまやまだが、ここでも「三重苦」には勝てなかった。
 代わりにというわけでもないが、帰国したチームのご厚意で、試合の模様を編集したDVDを提供していただいた。
 正直言って、テレビ局が中継用に撮ったビデオを見慣れている目から見ると、画像そのものは数段劣る。肝心のボールキャリアが写っていない場面もあるし、画像の質も悪い。それでも繰り返し繰り返し再生すれば、ファイターズの諸君の奮闘振りが伝わってくる。ありがたいことだ。
 例えばディフェンス。DLを率いる52番松本を中心に、柴田、藤木、安田、大野らの第一列が速くて強い当たりで、相手の動きをコントロールする。LBの動きもよい。つい先日までけがのために試合に出ていなかった主将山岸が右、左、前、後ろと、ボールのあるところに必ず顔を出し、松本や山本の的確な動きと相俟って、相手のランプレーを封じていく。最後列の小池、岡本、小椋の背番号も何度も画面に映っていた。相手のプレーに的確に絡んでいたという証拠である。
 1本目のプレーヤーだけではない。次々と交代して入ってくるメンバーの動きもよい。体が大きく、スピードがあり、闘争心をむき出しにして挑んでくる相手を時には力で圧倒し、時には技術で勢いをそいで、効果的な前進を許さない。
 得点こそ13点を奪われたが、そのうち1本は相手守備陣がファイターズのパスをインターセプトし、そのままゴールまで走り切ったTD。残る6点はフィールドゴールの2本であり、守備陣としては1本もTDを与えていない。
 逆に攻撃陣は苦労したようだ。何より得意とするランプレーでビッグゲインが出ない。ランプレーが思うように進まないからパスの成功率も芳しくない。画面を見る限り、OLは相手ラインと対等に戦っているようだったが、それでもRB陣は苦労している。相手の逆を突いた、これは抜けた、と思っても、横合いから予期せぬプレーヤーが飛び込んでくる。
 パスも同様だ。相手守備陣は背が高く、手も長いから、両手を挙げ、振り回すだけでも邪魔になる。どちらかといえば小柄なQB伊豆が投げにくそうにしている場面が何度も現れた。それでも、試合に勝つためにはパスを投げ続けるしかない。右や左に走り回り、ランのフェイクを入れてからの短いパスやショベルパスを織り交ぜ、時には長いパスを投じる。
 そうしてグラウンドを広く使っているうちに第3Qと第4QにWR亀山への長いパスがヒット。それぞれパスを受けてからの独走でTDにつなげる。K西岡のPATも決まってファイターズが逆転した。
 画面を見ている限りでは、もう少しファイターズがプレーの精度を上げていれば、もっと点を取れる場面があったようにも思える。とりわけ0−0で迎えた前半、短いパスとランプレーを交互に繰り出し、相手ゴールに迫ったときの攻撃が惜しまれる。あそこで一気に先取点を挙げていれば、終始、自分たちのペースで試合を支配できた可能性があったが、結果は無得点。その辺の詰めの甘さを今後、どうするか。夏休みの宿題をもらったような気がする。
 そうしたことを含めて、日ごろ親しくしている何人かの選手に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
 「確かに相手の当たりは強かったけど、自分だけが目立とうとする選手が多かった。その辺のほころびを見極めて攻めれば、もう少し点を取れていたのではないか。チャンスを確実にモノにできなかったのが、心残りといえば心残りです」(WR)
 「当たった感じでは立命のDLの方が強かった。メキシコの選手に勝ったといって満足していると、間違いなく立命にいかれます」(OL)
 「自分としては、できは普通です。秋にはもっと動けるようになって、チームを引っ張っていきます」(DL)
 それぞれ、国際交流試合で勝ったことよりも、秋の試合を見据えた発言ばかり。学生数約25万人。規模でも学力もメキシコを代表する大学を相手に、見事な逆転勝利を収めたことよりも、目の前に「本番」を控えた主力選手たちの、今後の戦いに向けた発言の方がはるかに力がこもっていた。
 勝利におごらず、そういう言葉を短い会話の中にさりげなく混ぜることができるようになったことが、今回の交流試合の成果かもしれない。
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2016年06月29日

(10)開かれた組織

 身辺多忙につき、しばらくコラムの更新が滞ってしまった。申し訳ない。
 なんせ、今年の誕生日がくれば72歳になるというのに、今も現役の新聞記者であり、編集の責任者。和歌山県の南部限定の小さな新聞社だが、地域の占有率は6割から7割。全国紙を圧倒する読者に支えられている新聞だから、それなりの覚悟を持って働かなければならない。週に3本のコラムと1本の社説を書き、若い記者を育て、時には経営にも口出しする。当然、気の休まる時がない。
 加えて週末には、母校の非常勤講師として「文章表現」の講座も担当している。昨年まではひとコマ20人のクラスだったが、今春からはふたコマに増え、学生も40人になった。授業の進め方も、スライドやパワーポイントを使う今時の手法ではなく、昔ながらの寺子屋方式。毎回、課題を出し、原稿用紙2枚、800字の文章を書かせる。
 僕は帰宅後、それを添削し、講評を書き、点数を付ける。わずか40人と思われるかもしれないが、学生たちが本気で書いた文章である。添削し、講評を書く方も本気で受け止めなければならない。当然、それに費やす時間もエネルギーも半端ではない。
 けれども、母校の後輩たちが少しでも文章を書く力を身に付けてくれれば、感受性を養い、思考力を育てる助けになれば、と思うと自宅から上ヶ原まで徒歩30分の坂道も苦にならない。毎週、授業の始まる20分も30分も前から教室に足を運ぶ。早めに来て、弁当を食べたり、お茶を飲んだりしている受講生との雑談が楽しくてならない。やっぱり大学の講師というより寺子屋のお師匠さんが似合っているのだろう。
 そういう日常にあっても、友人からお遊びの誘いがあれば、喜んで出掛けていく。年齢を重ねると、新しい友人との交際は億劫になるが、その分、古くからの気の置けない仲間とのお遊びは楽しい。家族から白い目で見られても、徹夜でふらふらになっても遊び続ける。
 加えて、6月はチームの主力がメキシコに出掛ける。このコラムのチェックやネットへのアップを担当してくれている小野ディレクターや石割デレクター補佐もそれに同行して留守になる。ここは早めの夏休みにしましょう、と悪魔がささやく。
 そういう次第で更新が滞ってしまった。今週からは気分を一新してまた書き続けます。
 本題に入る。開かれた組織ということである。
 これまでも折に触れて書いてきたが、ファイターズほど外に向かって開かれた組織は珍しい。どの競技、種目を問わず、少なくとも全国のトップレベルで活動する組織は、基本的に勝利至上主義。当然、他チームの情報を入手することには懸命だが、自身の情報を公開することはほとんどない。とりわけアメフットのような戦略と戦術を駆使して勝負する競技においては、まずは「保秘」が最優先の課題になる。
 ところがファイターズに関しては、その常識が当てはまらない。同じ関西学生リーグに属するチームとでも、合同練習をするし、シーズンオフに地方の大学が泊まりがけで練習に参加することも歓迎する。
 シーズンオフには毎年、小野ディレクターや大村コーチらが試合のビデオを公開し、勝負の綾となったプレーの解説や、その戦術を取り入れた背景などを説明する講座も開いている。
 学内から他の競技団体の部員がまとまって練習の見学に来ても、快く内情を披露するし、他競技の高校生が団体で見学に来ても、ていねいに応対する。練習の準備から進め方まで、参考になることはすべて持ち帰って下さい、そしてチームを強くして下さいというのだ。
 どうして、こうしたオープンマインドなチームができたのか。
 僕が出した答えは二つある。一つはフットボールという競技の魅力を広めるために、互いに切磋琢磨する環境を保証しよう、そのためには長い歴史を持ち、フットボールに関するいろんな知識を蓄えているファイターズがその知識を公開し、全体の底上げを図ろうという意図。もう一つは関西学院大学体育会の中でも、極めて優れた組織運営をしているノウハウを他の体育会メンバーにも公開することで、関西学院の課外活動のレベルアップを図ろうという目的。この二つがあって、他に類をみない「開かれた組織」が運営されているのだろう。
 こうした「開かれた組織」を裏付けるのが毎年、朝日カルチャーセンターで開かれる小野ディレクターによる公開講座「フットボールの本当の魅力」。今年は8月26日午後7時から、阪急川西能勢口駅前の川西アステ6階アステホールで開かれる。今回はより広く一般の関学生にも参加してもらおうと、講師の特別な配慮により、関西学院の学生(学生証の提示が必要)を対象に「特別割引価格」が用意されている。
 詳細は、下記、朝日カルチャーセンターのホームページを参考にして下さい。
https://www.asahiculture.jp/kawanishi/course/75384e9d-5946-b400-248f-5750e569c730
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2016年06月07日

(9)登竜門

 登竜門という言葉がある。辞書には「中国・黄河上流の急流。ここを登り切る鯉は化して竜となるという言い伝えがあり、元来は出世の糸口をつかむの意」というような説明がある。「難しい関門とか運命を決めるような大切な試験のたとえ」とも説明している。
 ファイターズにおいては毎年、春のシーズン最後に行われるJV戦がそれに相当するだろう。1年間、みっちり体力を養い、学年を一つ重ねて飛躍を期している2年生や3年生。今春入学して2カ月余。ようやくファイターズの水に慣れ、チーム練習にも参加させてもらえるようになったフレッシュマン。昨秋の関西リーグでは出番のなかったそうした面々にとっては、ここで力を発揮し、鯉が竜になる手掛かりをつかむ大事な試合である。逆に、ここで力を発揮することができず、選手としての活動に見切りを付け、新しくスタッフとして転出していった先輩たちも少なくない。
 5日、上ヶ原の第3フィールドで行われたサイドワインダーとの戦いがそのような試合だった。
 先発メンバーを見ると、オフェンスでは左のラインに松永と川辺(ともに箕面自由)が並び、WRにはこれまた期待の阿部(池田)。今春、入学したばかりの新人が3人も名前を連ねている。主要な交代メンバーでは背番号の若い順にK安藤、WR平尾、DB小川、山本、畑中、RB斎藤、DB吉野、LB田中、藤田優、DL寺岡、OL長谷川、森、WR前田、勝部、DL本田、TE藤田統、DL藤本の名前が見える。先日の関大戦や近大戦に出場していたメンバーもいるが、この日が初めてというメンバーの方が多い。
 スポーツ選抜入試を突破して入学したメンバーの顔は分かるが、高等部や啓明学院から来た選手はまだ名前と顔が一致しない。それでも「今年のフレッシュマンはいいですよ」という話を折に触れて聞き、自分の目でも確かめてきただけに、彼らの活躍が楽しみでならない。
 もちろん2年生になって、ようやく出場機会を得た選手たちからも目を離せない。高校野球界で鳴らしたWR小田、QBからDBに転向した西原、DLからTEに転向したばかりの荒木。僕の授業の受講生であるDB徳田、DL筒井、LB倉西の動きもチェックしなければならない。
 おまけに相手は社会人。チーム練習の機会こそ学生が勝っているが、彼らには経験と実績、それに鍛え上げた体がある。見ただけでも気後れしそうな巨体を誇る選手もいるし、何よりチームを率いるエースQBが14年に卒業したばかりの前田龍二君だ。エースQB斎藤圭君のカバー要員として機敏な動きを見せていた選手であり、シーズン後半には立命館や関大を想定したスカウトオフェンスのリーダーとしても活躍した。おまけに彼からパスを受けるメーンターゲットが今春卒業したばかりのWR木村圭祐君である。JVのメンバーにとっては「胸を借りる」のに格好の相手である。
 試合はファイターズのキックで始まる。相手陣20ヤードから始まったサイドワインダーズの攻撃をこの試合から復帰したばかりのDL松本が完全にコントロールし、一歩も前に進ませない。3プレー目、たまらずに投じたパスをこれまた今季初登場の主将、山岸が余裕でインターセプト、そのまま30ヤードを走り切ってあっという間にTD。K泉山のキックも決まって7−0。
 けがや手術のため昨シーズン終了直後から長く戦列を離れていた二人だが、さすがに下級生の頃から守備の要として活躍してきた選手である。プレーのスピードはあるし、破壊力も抜群。相手の動きを読む目も全くブランクを感じさせない。秋の活躍は100%保証できるというできばえだった。
 しかし、彼らがベンチに引き上げたあとは両軍ともなかなか攻撃が続かない。せっかく攻撃が進んでも反則で帳消しにしたり、レシーバーが空いているのにパスが乱れたり。ようやく2Q10分42秒、QB西野が16ヤードを走り込んでTD。この日が初出場のK小川のキックも決まって14−0。
 後半になると、炎天下の戦いで疲れたのか、相手の反応が徐々に遅くなってくる。それに乗じて3Q8分43秒、西野からTE荒木へのパスがヒットしTD。最後にK小川が30ヤードのフィールドゴールを決め、24−0でファイターズが勝った。
 さて、注目していた鯉たちは龍門の急流を突破し、首尾よく竜になれたかどうか。この日の公式記録には次のような数字が並んでいる。ラッシングではそれぞれ2年生のQB西野が6回52ヤード、RB中村行が6回45ヤード、RB富永が7回33ヤード。そして1年生の斎藤が3回16ヤード。
 パスレシーブでは1年生の阿部が4回75ヤード。ともに2年生の小田が3回46ヤード、荒木が3回24ヤード。インターセプトは最初に紹介した山岸とゴール前で相手パスをもぎ取った1年生LB藤田優の2人。
 もちろん、わずか1回の試合で評価するのは難しいし、守備陣や攻撃ラインの活躍振りは、こうした記録にはほとんど現れない。けれども、この日の試合を見ただけで、秋には必ず登場し、活躍してくれそうな選手、竜になりそうな選手が攻守ともに何人も見つかった。大きな収穫だった。
 付記
 この試合で、終始学生に押されていた相手チームだが、その中にあってQB前田がWR木村にミドルパスを何本か通した。背番号11から10へ。パスが通るたびに、思わず二人に拍手を送った。ファイターズ・スカウトチームの中心になってチームを支えてくれた卒業生が社会人になっても活躍してくれているのがことのほかうれしかった。とくに付記しておきたい。
posted by コラム「スタンドから」 at 22:58| Comment(1) | in 2016 season

2016年05月25日

(8) 残り34秒からの思惑

 春の関大戦は、毎年のようにきわどい勝負になる。ここ10年をファイターズ側から振り返っても、2006年から順に16−10、28−10、3−0、11−10、18−0、31−7、30−34、21−20、38−14。昨年は、最終のスコアこそ23−3だったが、前半は6−3。互いに秋の試合を想定して、決定的な手の内は見せず、双方ともに基本的なプレーだけで戦っているように見えるが、毎年、中身の濃い戦いを見せてくれる。
 今年も例外ではなかった。22日午後2時、晴れ渡ったエキスポフラッシュフィールドでキックオフ。その直前にカリフォルニア大学バークレー校の華やかなマーチングバンドのドリルがあり、大いに盛り上がったフィールドで、双方ともに一歩も引かない戦いを繰り広げた。互いに好敵手と認め、気力、体力、知力を存分にぶつけ合うからだろう。前半、双方ともに急所で相手の攻撃の芽を摘み取り、0−0で終わった展開が激しい攻防を証明している。
 試合が動き出したのは第3Q。自陣14ヤードから始まった攻撃で関大がランと短いパスを組合わせて2度ダウンを更新。ファイターズ守備陣の目が中央に引き寄せられたところで、相手QBが長いパス。それが見事に決まってTD。それまでの膠着状態が嘘のような65ヤードのTDパスとなった。
 しかし、相手のトライフォーポイントが決まらず得点は0−6。
 その直後のファイターズの攻撃。伊豆から交代したQB光藤が歯切れのよい攻撃を指揮する。まずはWR前田への短いパスとRB橋本の14ヤードランでハーフライン近くまで陣地を進める。初めて対戦するQBに相手守備陣が「勝手が違うぞ」と戸惑っている様子がスタンドにも伝わってくる。その隙をついてチームが選択したのがQBキープ。光藤が鮮やかなステップで1、2列目を抜き去り、一気に55ヤードを走り切ってTD。K西岡のキックも決まって7−6と逆転。
 試合が動き出すと、相手の攻撃陣にもリズムが出てくる。関大は自陣26ヤードから始まった攻撃をパスとQBのスクランブルを組合わせて立て続けにダウンを更新。あっという間に関学陣34ヤードまで攻め込んでくる。
 ここは守備陣が奮起してなんとか攻撃を食い止めたが、相手のパントが絶妙で、ファイターズの攻撃は自陣5ヤードから。まずはRB野々垣のランで5ヤードを稼ぎ、最悪でもパントを蹴れる位置まで陣地を回復。その直後のプレーがすごかった。
 2年生RB山口がオフタックルを抜けた途端、抜群の加速力で相手守備陣を突破して独走する。スピードのある相手DB2人が追いすがるが、ファイターズWRの的確なブロックと山口自身の切れのよいカットで振り切り90ヤードのTD。90ヤードをあっという間に走り切ったスピード、トップスピードで駆け抜けながら瞬時にカットを切れる能力。これぞファイターズの最終兵器、と呼ぶにふさわしい走りを見せてくれた。
 光藤の独走TDに続く山口の独走TD。ともに2年生になったばかりの二人の思い切りのよいプレーに守備陣も奮起する。相手がランとパスを組合わせてゴール前まで攻め込んできたところでDB小池が鮮やかなインターセプト。そのまま47ヤードを走りハーフライン付近まで陣地を回復、攻撃陣を楽にする。
 続く攻撃シリーズは、光藤が同じ2年生WR松井にパスを通し、仕上げは西岡のFG。17−6として、ようやく勝利が見えてくるところまで持ち込んだ。
 この前後からファイターズは攻守ともに交代メンバーを続々起用。つい先日のJV戦に出場していた面々が次々に登場する。よく見れば、今春入部し、まだ上級生の練習に加わったばかりの1年生も出ている。僕が確認できただけでも、背番号の若い順にDB小川(高槻)、DL寺岡、LB大竹(以上高等部)、OL川辺、松永(以上箕面自由)が物怖じしないプレーをしていた。ほかにWR阿部(池田)、OL長谷川(啓明学院)の名前もメンバー表に掲載されていたから、どこかで出場していたのかもしれない。
 驚いたのは、試合終了間際。関大がインターセプトからTDを決め、17−13と追い上げた後のファイターズの選択である。相手が攻撃権の続行を狙ったオンサイドキックをファイターズが抑えたところで、残り時間は34秒。次のプレーでニーダウンすれば試合終了という場面だったが、なんとファイターズベンチが選択したのは攻撃の続行。残された2度のタイムアウトを立て続けにとって時計を止め、とうとう3プレーをやりきった。
 万一、ファンブルでも起きて、攻撃権を相手に渡したらどうなるのか。独走されたら逆転の目もあるのに、なんと危険な選択であることよ、と思ったが、その場に出場しているメンバーを見て納得がいった。
 「普段、出場機会の少ない選手に、関大の強力なメンバーの当たりや動きを体験させるための仕掛けに違いない」「普段の練習は味方の選手達。血相変えてかかってくるライバルの当たりとは質も違うし強さも違う。せっかく強い相手と戦うのだから、たとえ1回でも2回でも本物の当たりを体験させたい」。そう考えたのに違いない。
 試合終了後、帰り支度をしている鳥内監督に聞くと、その通りの答えが返ってきた。
 それにしても貪欲なことである。
 「あらゆる機会を捉えて、選手に成長のきっかけをつかませたい」「目先の勝ち負けにこだわって、新たな戦力の育つ機会を失ってはもったいない」。常にそういうことを考え、実行する監督やコーチの本音を「残り34秒からの2度のタイムアウト」に見ることができて、僕はライバルとの試合に勝った以上にうれしかった。
posted by コラム「スタンドから」 at 11:36| Comment(1) | in 2016 season